第15話(1200年3月) 陸丸と牛車②
◇◇梶原平三景時視点◇◇
京都守護兵の追撃を振り切った俺は、室平重広たち参河兵と合流したが、城長茂の姿はなかった。小山勢は倒したが、肝心の小山朝政が逃げてしまい、それを追いかけて北へ向かったというのだ。脇から嫌な汗が流れる。
「北は大内裏の方向じゃないか。重広、すぐに追いかけるぞ。間違って上皇に無礼を働いたら、院宣をもらうどころじゃなくなる」
「オイラたちは遅れていくよ」
爆発の破片が当たったのか、陸丸は牛車の車軸を触っていた。
「ゆっくりで構わん。お前は充分に活躍したからな。この戦いの英雄だ。マセガキなんて言って悪かった」
「牛車の中に積んでいた鉄砲は、全部、吹き飛んじゃったけどね」
「陸丸くん、すごーい!!」
牛車からの黄色い声に、陸丸は得意げな顔をしていた。
◇◇大江広元視点◇◇
平安京・六条大路の中心には大きな焦げ跡ができていた。
「硫黄の匂い。やはり雷では無い――」
粉々になった牛車の破片をつまんでつぶやく。その横で不死身の十郎が爆風で引き飛ばされた兵を数えていた。
「結構やられたのう。じゃが、まだ兵数は負けておらん。別当殿、追ってみるかね――ん?」
遠くから騎馬隊が土煙を上げながらやってくるのが見える。
「あれは、京都守護所の方向じゃが、援軍かのう?」
「恐らくは敵です」
広元がそう言うと、不死身の十郎が素早く兵たちに迎撃態勢を取らせた。
騎馬隊が近づいてくる。そのうちの一頭に縛られた中原掃部頭寂忍が乗せられていた。
奇妙な面をつけた男が言う。
「あれえ、広元じゃないか。ちょうどいい。兄貴の命が惜しければ兵を退くんだ」
不死身の十郎が判断を仰ぐように見てきた。
「兄上は恨まないでしょう」
「見捨てるのはこれで何人目? 相変わらず人助けが嫌いなんだね。ふふふ、安心したよ。クズ野郎でいてくれて」
「助けるに値する命など一つしかありません」
「己だけって言いたいの? すぐ殺したいところだけけど、楽しみに取っておくよ。さあ、みんな逃げるよ!」
賊将は騎馬隊を反転させると、左の小路に入っていった。不死身の十郎が追うように命じる。私は静かに筮竹を取り出すと、兄の運命を占った。
◇◇梶原平三景時視点◇◇
平安京中央を走る朱雀大路を北へ進むと大内裏のある宮城(平安宮)にぶつかる。俺たちは朱雀門を抜けると、応天門のあたりで、城長茂が宮城の警備兵である北面の武士ともみ合っていた。小山朝政は別の北面の武士に取り押さえられている。
俺はハットのツバを持ち上げて叫んだ。
「越後守、やめろ! 宮城で暴れるんじゃない!」
「がじわらざまー。ほんどうに生きてだー」
城長茂は大きな体を震わせて号泣した。
馬鹿な子ほど、かわいいというのは真理だな。
だが、俺の後ろにいる兵の多さを見て、北面の武士がざわつくのがわかった。
北面の武士の侍大将が言った。
「賊ども! 兵馬が宮城に入ることは許しておらぬ!」
「いや、待ってくれ。俺たちは京都守護の兵だ。賊とは、そこにいる小山朝政のこと。引き渡してもらえば、素直に引き下がる」
小山朝政は大きくかぶりを振る。
「私は下野と播磨の守護だぞ。あいつらこそ賊だ!」
北面の武士はどっちを信じれば良いかわからず、躊躇した。
すると奥から浅紫の衣冠束帯をした公家が現れた。
「北面の武士よ、何を騒いでおじゃる。兵を追い払え」
室平重広が出てきた公家を見て言った。
「なんだあの白塗りの狸みたいなやつは。衣も土で汚れているし」
「馬鹿、衣の色を見ろ。浅紫は二位のみが許される。つまり大臣だ」
白塗り狸は朝廷の実質的な支配者である内大臣・土御門通親に違いない。
俺は兵に膝まずくよう命じると、うやうやしく言った
「宮城の外では賊による乱が起こっております。我々は京都守護職・中原掃部頭寂忍の命を受け、賊を追って参りました」
「おう、そうでおじゃるか。麿も先ほどまで京都守護殿と会っておった。守護殿の家人であれば信用してよいでおじゃる。小山とやらを引き渡してやれ」
よし、騙せた! そう思ったとき、後ろからガラガラという音とともに、陸丸の浮ついた声が聞こえてきた。
「オイラの姫たち、天皇が住む宮城だよ。参河ではこんな建物見たことないでしょ」
「そんなこと言って、陸丸くんもでしょ」
「いや、オイラは貴族だから、見飽きてるよ」
「まーた、ほんと、戯言が好きなんだからー」
女に囲まれてキャッキャしやがって。宮城はデートコースじゃねえぞ!
「あっ、お館様見っけ! 話は終わったの?」
せっかくいい流れだったのに、白塗り狸がプルプルと震えているじゃないか。
「どうか、無礼をお許しください。控えろ、陸丸。このお方は――」
「もう嘘はよい……あの牛車は麿が先ほど奪われたものだ。賊はそちたちのほうでおじゃる! 北面の武士、賊を討て!」
マジかよ……。
俺の中で、陸丸は再び英雄からマセガキに降格した。




