第13話(1200年3月) 泡立つ肌
◇◇中原掃部頭寂忍視点◇◇
京都守護所の居間には大きな鳥かごがある。中にいるのは桃色のオウムだ。この鳥は餌を求めるときに、いつも同じ言葉をかけてくる。
「テテサマ、イヤダ! イヤダ!」
「餌が欲しいのなら、『嫌だ』はないでしょう」と、客は笑うのだが、理由を説明することはない。将軍と天皇を嫌う言葉だからだ。
オウムは頼朝公の次女・乙姫様のものだ。乙姫様は優しい娘だった。兄弟思いで、いつも病気がちな姉を気遣い、粗暴な兄を笑って許し、弟に歌を教えていた。乳母夫の私のことも中原の父様と呼んで慕ってくれた。
乙姫様の様子がおかしくなったのは11歳のときだ。天皇に入内することが決まっていた大姫様が病死したのだ。初恋の相手を父に殺されたことによって、幼女のまま心が止まってしまった大姫様は、最後まで入内を嫌がって死んだ。姉の死を悲しんでいる乙姫様のそばで頼朝公は言った。「乙姫を入内させよう」と。
乙姫様は大姫様が乗り移ったかのように、入内を嫌がった。私にも泣きながら何度も訴えてきた。オウムが言葉を覚えるほどに。そして、乙姫様は――毒を飲んだ。それから病床で過ごすようになり、13歳の夏に亡くなった。頼朝公の死の半年後だ。
オウムの言葉は私を自戒させる。軍師と呼ばれ「敵を知り己を知り」と偉そうに語るおぬしは、乙姫様を深く知ろうとしなかった。だから少女の覚悟を見抜けなかったのだ、と。
「上皇だけではない。四歳の天皇のことも深く知る必要がある。そうですね? 乙姫様」
木の実をついばむオウムの頭を指で撫でようとしたとき、密偵頭が息を切らせて現れた。話を聞くと城長茂にこちらの監視が気づかれ、騒ぎはじめたという。
オウムの餌箱から木の実を一つつまむ。
「熟してはおらぬが――落ちてしまったなら、食すしかあるまい」
中庭に出て侍大将を呼び、日常の仕事と変わらぬ口調で城長茂の捕縛命令を出した。居間に戻ると、弟が碁盤の前に座っていた。
「兄上、私も行ってよろしいでしょうか?」
「危うきに近寄るのは感心せぬな。取るに足らない敵だが、もしも、というときがある。我らは公家上がり。命のやり取りは武士に任せておけ」
「占いは城長茂の死を暗示しています――不死身の十郎も側についておれば危険はないかと」
庭の奥から背の曲がった武士が現れた。頭はところどころ禿げており、下側の歯すべてが抜けている。異様な面体である。
この男の名は金子十郎家忠。保元・平治の乱からの勇者だ。ある戦いでは21本の弓矢を受けてもひるまず、アゴを和田小太郎義盛の強弓で砕かれてようやく戦いを止めたという。それから「不死身」の二つ名がついた。
「――肌が不自然に青白い。陰陽術をかけたのか? 弟よ。そなたは間違っている。落ちぶれたとはいえ、義平十七傑に術などかけて良いものではない」
「陰陽術は私にとっては太刀と同じ。手放せませぬ」
「鞘の無い太刀だ。なぜ、陰陽道が衰えていったか? 厄災や祟りは起こせても、鎮められなかったからだ。それゆえ、中原家は陰陽道を捨て、明法道を選んだのだ。術は乱をおこし、法は乱を鎮める」
「肝に銘じ、控えます」
言葉は素直だが、弟は決して自分の意思は曲げない。昔からそうだった。
「今日は日差しが強い。傘を持っていけ」
弟はかすかに笑うと、馬に乗って出て行った。
庭を見ると、先ほどの密偵頭が膝まずいたまま命令を待っていた。
「城長茂はなぜ気づいた。終わったことだ。そなたたちの失敗を責めはせぬ」
「見知らぬ男が、京都守護の武士だと叫びまして――」
密偵頭の話を聞くうちに、自身の肌が泡立つのを感じた。頭を回転させる。
城長茂でも密偵でもないだと? 誰だ? 何を狙っている?
その問いに答えるように、館の外から馬のいななきが聞こえた――。
◇◇城長茂の郎党視点◇◇
城様が潜伏していた公家屋敷では、何者かの叫び声によって、逃げようとする者、徹底抗戦を叫ぶ者、覚悟して自刃しようとする者など、誰もがパニックになっていた。
肝心の城様がどうしていいかわからず、大きな体をウロウロさせていたのも皆の不安を一層かきたてた。
奇しくも恐慌状態が収まるキッカケを作ったのは、公家屋敷の主の「話が違うじゃないか!」の一声だった。これにより、城様と私たちは公家屋敷の主と雑色たちを殺戮し、変な話だが、血を見ることで逆に落ち着きを取り戻した。
だが、危機なことは変わっていない。太刀はあれども、弓矢と鎧が無ければ、屋敷にこもって防戦もできない。できるのは斬り込むことだけだ。
城様は覚悟を決めた。いや、何も思い浮かばず、自暴自棄になった。
「小山朝政を地獄への道連れにするぞ!」と叫んで公家屋敷を飛び出し、包囲を敷きつつあった京都守護兵に突撃した。
◇◇梶原平三景時視点◇◇
俺は頭の中で、公家屋敷から京都守護所の距離と時間を計算した。参河兵には騎馬が無いことを考えると守護兵に比べ、到着は四半刻以上遅れる。
朱雀大路に出たころ、左京側から多くの町人が走り出ていた。貴族の牛車まで慌てて逃げているのも見える。町人の一人を捕まえて問いただすと、鎧を着た兵が直垂の武者たちを六条方面に追いかけているという。
「ツイている。小山朝政の宿舎は公家屋敷より手前だ。越後守を助けられるかもしれない」
小山朝政の宿舎となっている屋敷の近くでは、すでに乱戦になっていた。小山朝政を守る兵は200。公家屋敷から追ってきた兵600に挟み撃ちにされ、城長茂の兵は半数の100にまで減らされていた。
参河兵の侍大将・室平重広が、「無理だな。300では助けられぬ」とつぶやいた。
「小山勢の背後に回って突き崩せ。挟み返すんだ。小山を倒した後、城長茂を連れて逃げろ!」
「無茶だ! 小山勢以外の兵が黙って見ているわけがない! 逃げ切れるものか」
「追ってきたほうの兵は俺が引き付ける! 急げ!」
室平重広は「なぜ某がこんな目に……」とボヤいた後、参河兵と攻めかかった。今度は小山勢が慌てふためき混乱した。
「お館様! この上に乗って撃つといい」
陸丸が派手な装飾の牛車二台を引っ張ってきた。逃げている貴族から奪ったのだろう。女の尻ばかり追っかけているマセガキだと思っていたが、機転が利くじゃないか。
牛車の屋根の上に登ると膝立ちになり、600の兵に向かって銃を撃った。相手は密集しているので狙わずとも当たる。陸丸が次々に渡してくれる銃を撃ち続けた。周りは銃煙で満ち、遠くからは牛車が燃えているように見えるだろう。
始めは何が起こったかわからない顔をしていた敵だったが、30人ほど倒すと、さすがにこちらに向かってくる兵が出てきた。今度は狙いを定めて銃を撃つ。
「お館様、腕を上げたね! バンバン当たってる!」
気分がいい。敵の引き付けも成功したし、逃げ時を考えるかな――そう思った時、敵兵の後ろに、馬に乗った銀髪の男と、朱塗りの大傘を持つ従者が見えた。
――政所別当・大江広元。俺を土壇場で見捨てた男。俺が殺すべき十三元老の一人。
俺は肌が泡立ち、血が激しく流れるのを感じた――。




