第9話(1182年) 回想「初恋の計」
『陰謀――密かに練る悪い計画』。
陰湿ないじめのようだ。だが、いじめは協力しない者も標的にすることを、俺は身をもって知っていた。もうそんなのはゴメンだ。転生後はいじめ側につくと決めたんだ。
だが、覚悟したからといって、簡単に悪知恵が浮かぶものでもない。思い悩んでいるうちに、鎌倉中にある噂が広まっていった。安達藤九郎盛長は頼朝に取り入るために、敵将の首ではなく、自らの妻を貢物にした臆病者で、頼朝様は奸臣にそそのかされた被害者という内容だ。きっと政子様が仕掛けたのだろう。噂で藤九郎を鎌倉から追放する気だ。
スキャンダルはいつの時代でも広まりやすい。比企藤四郎などは武士の恥だというような目で安達藤九郎を見ていた。このままでは藤九郎は屈辱に耐えきれなくなるかもしれない。時間はなかった。
結局、俺は何も思いつかなかった。謀を考えること自体が嫌なのだからしょうがない。頼朝様に土下座して小役人として一生を送れないか頼んでみようか。そんなことを考えているときに、江間義時が、自邸にやってきた。
嫌だな。催促の使者だ。どうしよう。
式台まで迎えに行くと、義時は俺の顔を見て察したのだろう。
「何もしてないのですか?」
呆れたような顔をされたので、俺はムッとして皮肉を言った。
「人を陥れることなんて考えたこともなかったからね。江間殿は大した知恵者だよ。俺だったら姉を騙すなんてことはできない」
「本当のことを言えば姉上は悲しみます。喜ばせるために騙すことは善です。そのように、頼朝様から学びました」
「騙すことが善なわけがない!」
「旗揚げの前、頼朝様は御家人全員に『そなただけが頼りだ』と手を握っておっしゃいました。御家人は皆、自分だけが頼りにされていると思い、発奮しました。私の兄の宗時も頼朝様のために喜んで戦いました――そして、石橋山で死んだ。梶原殿、私は兄の墓前で、真実を言ったほうが良いですか?」
その問いかけに、俺は言い返すことはできなかった。
義時の口調が少しだけ柔らかくなる。
「少し言い過ぎました。無礼のお詫びに一言だけ助言を。姉上は頼朝様を誰よりも大切に思っているが故、権威や名声が傷つくことが何より嫌いです。梶原殿、謀は決して悪だけではありません」
人を喜ばすための謀。義時がそう示唆してくれたことにより、気持ちが楽になり、謀を考えることができるようになった。
そして、数日後、俺は誰も傷つけないような美談を作って、鎌倉中に噂を流した。
『頼朝様と藤九朗の妻・丹後内侍は、幼いころ兄妹のように仲が良く、結婚の約束をしていた。しかし、頼朝様が政子様と出会って結婚したため、丹後内侍との約束を破ってしまった。だが、頼朝様は妹のように大事にしており、病気になった彼女の元へ通っている。藤九朗も、そのことを理解して妻を優しく見守っている』
その効果は徐々に現れた。まず政子様が矛を収めた。どうやら、彼女の嫉妬心の強さは情の多さから来ているようで、少しでも丹後内侍に同情すると、怒れなくなるらしい。そして何より夫のいい話が大好きなのだ。
世間には思ったほど噂は広がらなかった。人々は醜聞に比べ、美談は好きじゃないらしい。だが、新事実が出たということで、前の噂はじょじょに消えていった。
俺は初めての謀が上手く行ったことの安堵と同時に、今までに味わったことのない快感を覚えた――。
◇◇◇◇
一カ月後、再び大倉御所に呼ばれた俺は頼朝様に手を握られていた。頼朝様は俺の手のひらを親指でほぐしながら言った。
「よくやった。これで、そなたは余の腹心だ」
「……はい。ありがとうございます」
「褒美として余の秘密をそなただけに話そう――余は上総介広常を殺したい」
心臓が跳ねた。頼朝様が笑みを浮かべる。手のひらの反応から、俺の心を読み取ったのか? 怖い御方だ。そして、この秘密を他の者にも話しているのだろう。
大倉御所からの帰り道。立ち止まって手のひらを見る。
江間義時の助言で開かれた出世への扉。だが、手のひらに残った感触が、俺を素直には喜ばせなかった。これから何が待ち受けているのか? もしかしたら、小役人の人生のほうが良かったと思うようになるかもしれない。
俺は顔を上げ、再び歩き始めた――。




