冷たく薫る花の先に
どうせ死ぬなら、綺麗に死にたいと思った。
一面の雪の中、私はその場に身体を投げ出している。うつ伏せになった体全体に、冴えた冷たさが伝わってくる。
「……はあ」
ひどく寒い。それでも起き上がる気にはなれず、私は降り積もった雪に己の身を任せている。
人間はいつか死ぬ。だったら、今から自分がどう死ぬか考えたって、別にいいはずだ。
友人に尋ねたら、死ぬんだったらやっぱり家族や友達に囲まれて幸せに逝きたい、という答えが返ってきた。普通か。いや、いいんだけど。
私はそういう未来を夢見られない。誰かと一緒に生きることなんて想像もつかないし、そのための努力をする気も湧いてこない。
じゃあ積極的に死にたいかと言えば、そういうわけでもない。痛いのは嫌だし、苦しいのも嫌だ。それに死んでしまうと、家族やその周りに迷惑をかける。
できれば、消えてしまうのが一番いい。ひっそりと、誰にも知られず、この世界にいたことさえなくなるように。
だけどそれは無理な話だ。一度この世に生まれてしまった以上は、どうしても生きることから逃れられなくなる。そして生きる以上はいつか死ぬ憂き目に遭う。
なら、せめて綺麗に死にたい。例えば今みたいに、しんしんと降り続ける雪に包まれて、このまま何もかも覆い隠して――
「ミカ、何やってんの?」
雪まみれの私の肩を友人が揺さぶった。
「転んだの? 大丈夫?」
「……氷像になろうとしてた」
気遣って声を掛けてくる友人に、私は大真面目に答えた。
「何言ってんの……? 風邪引いちゃうよ?」
「……そうだね」
ああ、現実に引き戻される。私は起き上がって、体に付いた大量の雪を払った。
「寒い」
「そりゃそうでしょ。どうしたの、急に?」
「なんとなく」
「ええ……まあ雪に飛び込みたくなる気持ちはわかるけどさー」
そういうんじゃないんだよな。と、ここで言っても仕方ない。
仕方なく帰ろうとし――私はふと思うことがあって、友人の顔をのぞき込んだ。
「何? どうしたの?」
一度この世に生まれてしまった以上は、逃れられなくなる。それは生きることだけでなく、自分の周りにいる人間からも。
「……私、もし自分の葬式を開くことになっても、あなたは呼ばない」
「は? え、何で? そもそも葬式って何よ?」
「葬式とは葬儀とも言い、人の死を弔うために行われる祭儀であり、行なう人間の死生観や宗教観が反映され」
「いや、そんな検索情報いいから。というか呼ばないって、何? 私、嫌われてるの? 葬儀にも呼びたくないほど?」
「……いや。何か見られたくないなあ、って思って」
私が答えると、友人は目をぱちくりとさせた後、呆れ顔で言った。
「何か、猫みたい」
「猫?」
「ほら、よく言うじゃない。死に際になるといなくなるって」
「……私は猫だったんだ」
「何でそうなるの。いいから、そろそろ帰りましょ」
「でも雪を好む猫はいないから、やっぱり私は人間」
「そうねー。……寒さで知能下がってない?」
「でもち○ーるは欲しい」
「自分の家でお茶でも飲んで勝手にあったまって。もう先に行くからね」
そう言いながら、友人はこちらを何回も振り返りつつ数歩先を進む。
私はその後をぼんやりと付いていく。鼻先に残る雪の感触につられ、空を見上げる。
「あー……綺麗だなあ……くしゅんっ」