第九話
ローマの黎明は冷え込みます。
夜間にとどまるじっとりとした暖気が抜け、朝がやってくるのです。
その日のラテラノ大聖堂でも、兵士達は冷え込む空気に震えながら警備をしていました。
と、そんな時間帯に人の喧騒が大聖堂の正門に集まってきます。
なんと、数多の物乞いが津波の様に押し寄せてくるではありませんか。
警備の兵士達はそれを押しとどめます。
「なんだお前たちは!」
「へい、本日はなんでも教皇聖下が難しい裁判を終わらせる祝着に、物乞いに施しをしてくださると聞き及んで参りやした」
物乞い達が一斉に頷きます。
兵士達はそんな話を始めて聞きます。
目を白黒させて、まだまだ増える物乞い達を追い返します。
しかし表の兵士達では対応しきれず、ラテラノ大聖堂の中からも兵士達が外に様子を見に来ました。
その隙をついて、八人の人影がラテラノ大聖堂に忍び込みます。
アレクサンドリーヌと従者達。
そしてクロードです。
「ありゃあんたの仕込みか?」
「そうだ。雑兵共はあれで引きつけられよう」
クロードだけは超人というわけではないので、アレクサンドリーヌの従者に手を引かれての侵入です。
そしてクロードは初めて足を踏み入れる壮麗なる大聖堂に息を呑みました。
廊下は磨き抜かれた大理石。
高い天井には数多の精緻な天使の彫刻が彫られ、金銀の燭台が並んでいます。
その燭台で燃える蜜蝋の芳香たるや、馥郁と陶酔しそうになってしまいます。
神様が住むならばこんな場所だろうかと思ってしまいます。
「すげぇ」
「惚けておる場合ではないぞ。雑兵ではない、本当の守護者達のお出ましじゃ」
美しいまでの廊下の向こうから、七人の修道女が現れます。
鮮やかな身ごなしで、手に持っていた帯をしゅるりと宙に遊ばせました。
するとどうしたことでしょう。
帯が生き物のように延びてきて、クロード達を拘束しようとするではありませんか。
これぞ教会の青天派武術における、マルタ式布縛術です。
かつて竜を縛り上げた聖女の名を冠する武術に武力はありません。
しかし邪悪な者を縛り上げる力があるのです。
「笑止!」
しかしそれを、アレクサンドリーヌは蛇腹剣を伸ばして一閃。
ばらばらに切り裂いてしまいました!
ついでに修道女の頃もをずたずたに引き裂いてあられもない格好にします。
「きゃっ!」
「いやっ!」
これは貞淑を旨とする修道女の動きを無効かするためのもので、断じて視聴者サービスではありません。
断じて視聴者サービスではありません。
でも恥じらいながら胸を隠してうずくまる女の子って、いいよね。
そうして次々に扉を突破してゆくと、最奥につながる広間に辿り着きます。
西から通じる広間で、そこには老修道女が立っていました。
アレクサンドリーヌ達の緊張感が張り詰めます。
「クロード、あの奥に教皇共がおる。わらわはあの老婆の動きを一度だけ止める。その隙に走れ」
「そんなに強ぇのかあのおばあちゃん」
「教皇に続く門東西南北を守護する四人の達人のひとりだ。柔の武術で数多の悪魔教徒を屈服させてきた青天派長老」
「シスター・クレアと申します」
老婆が粛々と挨拶をする。
「相談は終わりましたね。では父と子と聖霊の御名において、あなた方を捕縛します」
ぱっと、クレアの両袖から帯が飛び出してきます。
片方に五条ずつ、十条の帯がマルタ式布縛術でルシファーの使徒達に襲い掛かってくるではありませんか!
しかもその一条ずつの練度が、これまでの修道女達の比ではありません。
アレクサンドリーヌが蛇腹剣を振るっても、三人の従者が囚われてしまいました。
返す刃でアレクサンドリーヌがクレア本人を狙います。
しかしその刃が、柔らかな何かに弾かれてしまいました。
クレアの長い髪が、ひとまとまりになってアレクサンドリーヌの蛇腹剣を押し返したのです。
これぞアグネス式操髪術。
かつて辱めを受けた聖女アグネスが、神の力により長い髪で身を守ったことに由来する武術です。
「ならばこれでどうだ!」
アレクサンドリーヌが蛇腹剣を操作すると、竜巻くようにクレアを取り囲みます。
ぐるりと蛇腹の刃を通したワイヤーがクレアを縛り上あげますが、髪に守られて刃が届きません。
しかし動きを止めました。
「今だ!」
その声にクロードが弾かれるように走り出しました。
クレアを超えて、奥の扉へと消えてゆきます。
それを見届けたクレアは、蛇腹刃をつなぐワイヤーから右手だけを抜いて動かせるようにしてます。
そして十字を切りました。
するとなんとしたことでしょう。
十字を切ったクレアから凄まじいエネルギーがほとばしり、彼女を縛り上げていた蛇腹刃のワイヤーを吹き飛ばしました。
強い聖職者ならだいたいできる、十字切って出すエネルギー波ですが、クレアの今の技は一味違いました。
彼女の使ったのはマルガレタ式十字衝波といい、聖女マルガレタが牢につながれている時、修行相手として神様に遣わしてもらった竜を吹き飛ばした時に編み出したと伝えられる技でした。
つまり竜属性に追加ダメージが入り、悪しき竜にも例えられるルシファーに類する武術に有利が取れるのです。
蛇腹剣がなんか竜っぽいので良く効きました。
しかし、クロードが走り去った後に使ったのだから、どうやらクレアはわざとクロードを行かせた見て、アレクサンドリーヌは怪訝な顔をします。
それにクレアは十字を切りました。
これはエネルギー波出すとかじゃなく、普通に修道女的な仕草でした。
「あの男性が眼鏡を作製した者なのでしょう。ならばその審判はわたくしではなく、今まさに裁判を取り仕切っておられる教皇聖下に委ねるべきと存じました」
「よかろう。ならば囚われておるわらわの従者三人を解放して、わらわは帰るとしようか」
「いいえ、あなた方の審判はわたくしが致しましょう。神妙に縛に着きなさい、傲慢の罪人達よ」
アレクサンドリーヌとクレアの戦いは熾烈を極めました。




