第六話
アレクサンドリーヌの従者に連れられて、戦いの喧騒を背にクロード達は神殿を脱出しました。
それから、マリーの村に辿り着きました。
マリーは本当に帰してくれるんだ、と思いました。
道中「御苦労、お前達はもう用済みだ」とめっちゃ始末されるんじゃないかと不安がっていました。
「我々は誇り高きルシファー様の使徒。そのような恥知らずな真似をするはずがなかろう」
従者がふんぞり返ります。
「さて、次はお前の村だな」
従者がクロードを見据えます。
その瞳には、アレクサンドリーヌ達がどうなったかと心配する光がありありと見て取れます。
「……ここから俺の村は遠くない。もういいよ」
「しかし私はアレクサンドリーヌ様から、貴様らの帰路を命じられた」
「そのアレクサンドリーヌが死んでしまっていたら、約束も何もないだろう。それに、俺は村でしなければならんことがある。まだ帰れない」
「……」
「行け。お前が一番大切なもののために」
「かたじけない」
従者が、唇を引き結んで凄い速さで来た道を戻っていきました。
そしてクロードが改めてマリーに向き直りました。
「マリーちゃん、ありがとう。あの片眼鏡は、よくできていた。作る者として、満足だったよ」
「そんな、私も……クロードさんと一緒に、眼鏡作るの、楽しかったです」
「でもまさか悪魔教の奴だったとはな……」
「はい。教会の人達にバレると、私達も処断されてしまうでしょうか?」
「さぁな」
でも、とクロードがぽつりと言葉を続けます。
「俺、アレクサンドリーヌが片眼鏡をかけて視力が戻って……嬉しそうな顔したのを見てさ、なんか……よかった、って思ったんだ」
クリスティナに、リーディングストーンを作った時にも胸に去来した確固たる思いです。
設備と仲間を得て、より完成度の高いものを作り上げることができて、そしてアレクサンドリーヌの満足を目の当たりにして、はっきりと明言できるようになりました。
「だからどうしても、教会の人達に問答無用で断罪されてしまうことをしたとは、思えねぇんだ」
「……そのせいで、アレクサンドリーヌさんの視力が戻ったせいで教会の人達がたくさん斬られてしまっても?」
クロードが、黙り込みます。
「……クロードさん、ごめんなさい。今のは、私自身の疑問でした。私も、同じ気持ちだったんです。視力が悪くなった人を、私が助けたんだって思うと……胸が、温かい気持ちで満たされました。この気持ちは、とてもとても、大切で素晴らしいものだと、思うんです」
「ああ、俺も同じ気持ちだ」
クロードが、まだ全部を飲み込めていない気持ちで苦笑します。
「マリーちゃん、疲れただろう。ゆっくり休むといい。ただ、その間でいいんだ。君の工房を貸してくれないか?」
「え? それは構いませんが、どうして?」
「俺のインスピレーションが爆発しそうなんだ。眼鏡を、眼鏡を作りたい。作らないと、頭が爆発してしまいそうなんだ」
アレクサンドリーヌの片眼鏡の製作にあたり、すっかりマリーから技術を叩きこまれたクロードは、ガラスをなんとか扱えるようになっていました。
しかし自分の村では設備が足りないので、ここで頭に浮かんでいる数々の眼鏡を形にしようという魂胆です。
「そんな、でしたら、私も手伝いますよ」
「だが……」
「まだまだクロードさんでは、レンズの研磨が甘いですから。そんな甘い仕事を、私の工房でされては困ります」
職人の顔でマリーが微笑むので、クロードは後頭部をかきかき、はにかんだ。
「すまない、頼むよ」
こうして、クロードはオーバル型、スクエア型、ラウンド型、フルリム、ナイロール、アンダーリムと数々の眼鏡を狂ったように作り上げました。
この話は九世紀の西フランク王国での出来事です。
歴史上に明確に眼鏡が出現するより、四世紀くらい先取りです。
全ては、己の心に萌えた想いを燃やした結果です。
人は、いつだって情熱に突き動かされてすさまじい成果をだすものです。
クロードは出来上がった眼鏡ひとつひとつを、クリスティナやマリーにかけた時の想像をしてヘヴンし続けました。
ていうかマリーにかけました。
かけるたびにアヘりました。
マリーは職人としてクロードの姿勢の真摯さとかを尊敬していましたが、そこばかりは正直ドン引きしました。
「随分と手伝ってもらったな。この借りは、また遊びに来た時に返すよ」
「はい、いつでも歓迎します」
こうしていくつもの眼鏡を作ってから、クロードは村に帰りました。
自分の家はガンスルーして、森の修道院へ一直線です。
何日も家を留守にしていたクロードがやってきて、クリスティナはびっくりです。
「まぁクロード、いったいどこに行っていたの?」
「クリスティナ、何も言わずにこの眼鏡をかけてくれ」
「まぁ、すごい数」
マリーの村で作った数々の眼鏡で、クリスティナの眼鏡ショーが幕を開けました。
クリスティナが眼鏡をかけ替えるたびに、クロードの気持ち悪い悲鳴が森に響きました。




