横の繋がりって広いんですね
フィルトネさんが開けると、工具箱を持った小太りの中年男性が。
タレ目気味の細い目は柔和な印象で、微笑でもほうれい線がクッキリ現れる口元がそれをより強調します。エプロン姿と筋肉質な腕から見るに鍛冶職人とかでしょうか?
「いらっしゃいませ、【クラウンの掲示板】にお越しいただき、誠に感謝申し上げますわ。わたくしは店主のフィルトネ・クラインロイツ、どうぞよろしくお願いいたします」
「お、おぉこれはどうもご丁寧に。ぼくはトック。エシリアっていう子がスタンレーにいると聞いて探しているんだけど」
「あら、エリシア様ならこちらに」
すると彼は、応談用のソファに座っていた私達を見開かせてもなお細い目でみとめると、丁寧なお辞儀をして尋ねに来た理由を説明し始めました。
「これはどうも、初めまして。ぼくはコルテで機械技師をやっていてスタンレーに用があったついでに、アサクラからエリシアという人に会って来てほしいと頼まれたんだ。もしかしたら機械が不調かもしれないからと」
「もしかしてトックリさんですか? ちょうどアサクラさんからの手紙が届いたところで、あなたのことにも触れていたんです」
「あ、そうだったんだ! それなら話が早い。ぼくはアサクラとは父の代からの付き合いで、一緒に魔鉱石発動機の開発をしてたんだ。確か練習の時も来てたよね?」
「あ、あの時の」
思い出しました。アサクラさんと初めて顔を合わせた夜。魔鉱石発動機付き箒によるレースの練習でアサクラさんが対戦を申し込んでいた相手で、生誕祭に併せて開催された大会では、決勝でアサクラさんが打ち破った相手でもあります。
「どうもアサクラが色々とお世話になったようで。譲ったという魔鉱石発動機、あれからどうだい?」
「問題ありません。あまり距離も飛んでないですし」
ポンっとエリシアさんの箒を出して中で浮かべました。後付けした頑丈な魔鉱石発動機カバーにより重量が増した物体を持ち歩くのは無理があるので、普段は私が預かって必要な時に出しています。
彼はカバーを外して穂の付け根に搭載された機械を凝視しました。柔和な目付きから職人の目付きに変わり、コンマ数ミリの差ですら視覚で捉えているようでした。クラウンロイツ姉妹ですらその様子を黙って見守っていました。
「特に問題は無いね。もともと壊れにくい型だし、キッチリ整備してくれたんだろうね。それにしてもマクヴェイルさんの箒はいつ見てもカッコいいよねぇ」
「マクヴェイルって、ベルサイド劇団の小道具を手掛けていらっしゃる方ですか!?」
「そう。彼のアトリエはコルテにあるからね」
「なんと羨ましい……最も手頃な大量生産モデルでも半年待ちの超人気商品ですのよ!」
フィルトネさんが恍惚とした表情で箒に施された装飾やキャラクターラインを指でなぞります。コルテでも聞きましたが、その界隈ではかなりの大物のようです。貴族でも羨む箒、私もエリシアさんが羨ましくなってきました。
「うっし! 異常は無し。これまでの乗り方なら整備いらずで3年は動かせるはず。大切に乗ってもらえてアサクラも喜ぶだろうね」
「ありがとうございます!」
「さっきから名前が出てるアサクラって、コルテの爆破事件の犯人?」
メフィさんが怪訝な表情で口を割ってきました。
「そうです。彼女とは事件前から知り合いでした。情熱的な人です」
「まさかテロリストの知人でもあったとはね。距離が近い分、予期せぬ繋がりを持った人間も現れやすいのかな。あぁいや勘違いしないで。君達のことを危険分子と思ってる訳じゃない。単に驚いただけさ」
「まぁ、仕方ないです」
私達はアサクラさんの本当の姿を知っているとはいえ、罪は罪。関わりを持たない人間からすれば非道で極悪な罪人でしかありません。
テロリストを擁護する同じ類の人間と思われても仕方ありません。
「ところでトックリさんの用っていうのはなんですか?」
「若い頃にお世話になった人の元へ行こうと思っててね。ただ今は引っ越したのか、以前の場所には家が無くて」
「なんていう名前なんですか?」
「ブリストル。製鉄から機械の組み立てまで全部やる凄い人」
「ブリストルなら46番街にいるぞ」
聞いたことあるような無いような声が鼓膜を震わせました、声の方向を向けば、窓枠から飛び降りた小柄な少女が。えーと、名前は…………
「ルーテシア。入る時は扉から入ってくれ。しかも今は来客がいらしてるんだ」
「盗み聞きはしてない。安心して」
「そういうことじゃなくて……」
思い出しました。迷い猫探しの時に、急に現れて銃を突きつけられた人です。そしてメフィさんへの感情も大きい。
「君、ブリストル師匠を知ってるのか」
「ん。たまに行ってる。前は工業区29番街に工場を構えていた」
「そうだよ、間違いない。よければ案内してもらってもいいかな」
「構わない。行こう」
「あとリラの姉も見かけた。同じ場所だ」
「……っ! 私もついて行っていいですか」
「構わない。ただ今もその場所にいる確約はできない」
「大丈夫です」
ルーテシアさんから比奈姉の名前が出るとは予想外です。クラウンロイツ姉妹から聞いたのでしょうか。
「メフィは」
「待ってるよ。家での仕事がある」
「わたしの出番もなさそうですね」
「えっ」
エリシアさんが来ない? それはつまり知らない人らと行動しろと? 初対面で銃を突き付けてきた人と、今日初めて顔を知合わせた人と? 無理死ぬ。
「フーリエちゃん付き合ってください!」
「嫌」
「恥ずかしい黒歴史を暴露していいんですか!? 真っ黒な表紙に十字架を描いたノートとか、包帯を腕に巻き付けて自分が他とは違う異端者と振舞ったり、宗教用語を意味も無く使いたがったり!」
「そんな過去は無い! 聞いてるこっちが恥ずかしくなるよ」
「神様仏様フーリエ様!どうか救いの手を!!」
もう自尊心とかプライドとか、その他人間として大事なものを捨て去ってフーリエちゃんに泣きすがる私。だってこの手しかないんですもん。
「私はそんな崇高な存在じゃない! ってか仏様って誰……」
「じゃあママ」
「病院にブチ込むよ??」
「まぁまぁ付き合ってあげなよ。仲間なんでしょ?」
あぁ私の肩を持ってくれるなんて、メフィさんはまさしく救世主……!! 神様はこっちだったかもしれません。
「分かったよ行くよ全く……」
「大好き!!!」
「お願いだから静かにしてくれ……」




