神秘の泉? ベタですが面白そうですね!
昼食を食べ終え昼寝を挟んだ私達。まだ高い位置にある太陽に目を細めながら、次の行き先を決めあぐねていました。
「工業都市に観光要素を求めるのがお門違いなのは分かりますが、それにしても面白そうな場所が無いですねぇ」
「猫も見つからないし」
「あ、門番に聞いてみると分かるかも! ほら、外から来た人におすすめの場所とか聞かれることが多そうですし!」
フーリエちゃんは露骨に顔をしかめました。またロープウェイに乗る羽目になることを嫌がっているのでしょう。
あ、ふと思いつきました。ロープウェイの中で箒に乗れば安心なのでは? 大きさも十分ですし。
それをフーリエちゃんに提案してみると、ぽんっと手を叩いて「その手があったか」と表情が一気に明るくなりました。はぁぁぁ……かわいい……この顔を見るために私は生まれてきたのかもしれません…………天使だ…………
しかし残念ながら25番街より下まではロープウェイが開通しておらず、フーリエちゃんはしたり顔で、ふよふよと箒に横乗りして門まで向かいました。
「ちょっちお聞きしたいのですが、この辺で面白い場所ってありませんかね?」
「面白い場所か。それなら居住区の東の外れにある泉だな。あそこには精霊が現れると言われていて、俺は神秘の泉と呼んでいる」
「なるほど、じゃ行ってきます!」
相変わらずエリシアさんは誰それ構わずフランクにコミュニケーションを取ります。私には到底無理です。
情報をもとに向かうと、小さな森のようになっている場所がありました。それも徐々に植物が増えていくワケでもなく、人工物で囲まれた中に突然現れるのです。つまりここが神秘の泉に繋がる道なのでしょう。
中へ入ると空気感が一変しました。ひんやりしていて、とても澄んだ空気は視界がより明瞭になったと錯覚するほど。
木々の葉は深く濃い緑色で、枝葉のさわめきに合わせて木漏れ日の表情が変化します。スチームパンクな世界とは真逆の幻想的な姿です。それゆえに、この森が異界への入り口のようにポツンと存在しているのが余計に不思議でなりません。
「ところで神秘の泉って安直すぎる名前だと思いません?」
「どうでもいいよそんなの……」
そして精霊が現れると噂の泉は、少し歩いた先にありました。
ぽっかりと口を開けて太陽の日を浴び、水面がてらてらと光り輝いています。水は底が見えるほどに透き通っていて、多種多様な模様の蝶が水辺で舞っています。ファンタジーという概念が景色として、そこにありました。
「はぁ……すごい……綺麗…………」
「煙たい場所にこんな所があったなんて」
空想の中でしか見えなかった光景に、おもわず感嘆のため息が出ます。
「この水でお酒を造ったら、さぞ美味しいモノが出来上がるでしょうねっ」
「それしか考えられないのかこのアル中は……」
「でも本当に精霊がいても不思議じゃないですよね」
『いるわよ』
どこからともなく女性の声が響きました。それも脳内に直接語りかけてくるような。
「誰ですか! 面を見せなさい!」
『そんな物騒にならなくていいでしょ。野蛮人なの?』
「タタ村人です」
『どうでもいいわ』
声のトーンは子供っぽく、ややこちらを見下したようなツンデレとかメスガキに該当しそうな口調です。
と、草葉の陰からぴょんと1匹の白い狐が現れました。純白の毛並みの中で、吸い込まれそうな黒い目がこちらを凝視しています。
『アタシがこの泉の精霊よ。狐の衣を借りてあなた達と話しているの』
「感じたことのない魔力を狐から感じる。言ってることは本当だと思う」
「本当だ、なんか違う気がします」
フーリエちゃんの言う通り、狐から感じるオーラが違います。例えるなら、神社で鳥居をくぐった時に感じる空気感の違いのような。
『だから言ってるでしょ、正真正銘の精霊様だって。ま、人間の世界では見えてるモノが違いすぎて分からないのでしょうけど』
精霊はとことん嘲笑ってきます。薄い本なら後で“理解らせ”展開がありそう。
精霊はさらに続けます。
『アタシらは概念なの。実体を持たず、こうして衣を借りないと人間と接触できず、人間もアタシらを認識できない。それでもアタシらからは人間も他の動物や植物も、人間が見ているような景色が見える。ほら、地上から月は見えても月から地上は見えないでしょ? そんな感じよ。要は尺度の違いで、アタシらを認識するには尺度を合わせなきゃいけないの。その手段が動物の中に入る、衣を借りることなの』
「長いので5行にまとめてください」
『人間と精霊では
尺度が違うから
認識できる範囲が違う
だから人間が精霊を認識するには
精霊が動物の衣を借りるの』
「にはしだせ……暗号ですね」
『縦読みじゃないから! この酔っ払い!』
エリシアさんの容赦ないボケが炸裂、精霊は激おこ。しかし借りている狐の表情は一切変わらないのがシュール。
そして今度はフーリエちゃんに体を持ち上げられる始末。これが“理解らせ” ですか。
『な、なんなのよ!』
「ふわふわ。野生なのに綺麗」
『洗ってきたもの当然よ』
いくら綺麗でも野生動物を直で触るのは感染症の危険性がありそうなものですが、大丈夫なんでしょうか……? もっともファンタジーな世界でそんなことを考えるのは無粋かもですが。
『ところでそこのメガネの人間』
「ひゃ、はい?」
『あなた、違う世界の匂いがするわ』
これまでにない突き上げが心臓を襲いました。この精霊は私が別の世界から来たことを知っているのでしょうか……?
「え、えと、何でですか」
『雰囲気とか魔力とか諸々』
「ざ、雑ですね……」
『言葉で表しようがない違いなの。仕方ないでしょ』
恐る恐るフーリエちゃんとエリシアさんの様子をうかがうと、精霊に同意するような目つきでした。しかしそれはどちらかというと、私のコミュ障ぶりや限界オタク加減の意味合いに感じました。
これが良いのか悪いのかはさておき、言葉通り異世界から来たという意味では捉えられていないようで少し安心しました。
この世界では異世界人に寛容なのか、そもそも異世界から来たという概念が伝わるのか分かりません。いくらこの世界がファンタジーだとしても、そこにいる人々にとってはファンタジーではないノンフィクションなのです。逆に私の存在がファンタジーとなるのです。
さらに、そこに宗教や個人の思想が絡めば、私はどうあがいても異端者にしかなりません。
フーリエちゃんとエリシアさんはもちろん信頼していますが、それによる影響で迷惑をかけたくありませんから。
「どうしたのリラ、険しい顔して」
「あ、いえ、なんでも……」
『それで、どうしてここに来たの。はぁ本題に入るまで長かったわ』
「この国で面白いな場所を聞いたら、ここをおすすめされた」
『面白い? ま、人間からしたらそうでしょうけど』
フーリエちゃんから下ろされた精霊はぷいと背を向けてしまいました。正面から見ると分かりませんでしたが、尻尾は1本ではなく、小さいのが5本生えた6本でした。
『面白いなんて感想は人間のエゴでしかないわ』
「エゴ?」
『そうよ。ここら辺はみんな森だった。そこを人間が開拓して国を造ったのはいいけど、景観として使っていた草木まで徹底的に枯らしたのよ。コウギョウカ? の為だとか言って根っこ1本すら枯らしていった。そしてある日、人間がこの泉を見つけたの。そしたらなんて言ったと思う? ここは美しくて精霊がいるかもしれないから保護しよう、ですって。逆よ逆! 元々ここはアタシらの土地よ! まるでアタシらが迷い込んだ羊みたいじゃない! 都合が良すぎるエゴよエゴ!』
精霊が人型の姿なら手足をバタバタさせているのが容易に想像できるような、そんな悲痛な声でした。異世界でも私がいた世界のような論争があるんですね……
「他の精霊はどうなんですか?」
『さぁ? アタシはアタシ以外の精霊を知らないわ。言ったように精霊は概念。人間がいると信じればいるし、いないと思えばいない。いなくなったところで環境が大きく変わることもないのだけど』
「えと、じゃあなんのために存在しているのですか」
『だから言ってるでしょ概念だって。定義が曖昧なものが具現化したのがアタシ。それ以上でもそれ以下でもないわ』
まとめると、精霊の本質は概念であり、人間による“精霊が存在していると信じる力”により具現化される。しかし具現化されても人間の観測範囲では精霊を捉えることができないので、動物などの“衣”をまとう必要がある。
まるでおとぎ話、いやおとぎ話そのものです
『さ、そろそろ帰りなさい。もうじき魔力が濃くなるわ。人間にとっては害になる濃さよ。早く行きなさい』
精霊は器用に尻尾を出口にフリフリ。動物って無条件にかわいいからズルいですよね。フーリエちゃんと一緒。
「それじゃ帰るよ」
「道中くれぐれも気をつけるのよ」
精霊は律儀に、姿が見えなくなるまで見送っていました。
口調や声といい、なんだかツンデレみたいな精霊でしたね。




