スタンレー観光そのにっ!
時は流れお昼時。蒸気都市ならではのグルメを求めて散策です。
旅人ならば訪れた土地の料理を口にすべき、というのは建前で実際はエリシアさんが酒に合う料理を食べたいという要望からでした。
曰く、「スタンレーには労働者が多い、つまり味の濃い料理が多いはずです。そしてそれはお酒に合う料理ってこと! 疲れた身体にガツンとクる一皿を頂きましょう!」ってことだそうです。いつでもどこでも、行動原理は酒なのですね……
「わたしのカンによれば工業区に店がある気がします。裏路地にひっそり構える店はおいしいって法則があるんです!」
「工業区行くの嫌なんだけど。もっと空気悪い場所なんか行きたくないよ」
「フーリエさん。何かを得るには何かを我慢しなければいけないんです」
「エリシアはまず酒を我慢しようか」
「おいしいかも~」
「言ってる傍から飲んでるよ……」
死にたくなければついてこい、なんて酔っ払いのセリフを吐きながらエリシアさんはトコトコと工業区へ足を向けます。飲みまくってなお千鳥足にならないのは体幹がしっかりしている証拠なのか。もっともマシンガンを撃てるくらいですから、それなりに鍛えられているのでしょう。
工業区へもロープウェイを使って向かいます。各区域ごとに2本のロープウェイが掛けられているようで、改めてスタンレーの技術力の高さに驚きます。
「あ、あぁぁぁぁ……っぁぁ……」
「下りでも怖いんですね」
「どっちでも下に支えないし……」
再び訪れるフーリエちゃんへの試練。うずくまって肩をぶるぶる、カワイイネ…………
「私はイマイチ共感できませんね……だって上から吊り下げられてるじゃないですか」
「浮遊感が怖いんだよ。下には何もないって分かってるじゃん」
「じゃあなんで箒は大丈夫なんですか?」
「自分で制御できるじゃん」
「野宿で使ってる吊り下げ式のテントは?」
「あれは4本で安定感あるし……」
「そういう問題ですか……」
恐怖を感じる基準がよく分かりませんが、少なくとも支えが四方に無いとダメらしいです。でも確かに、支えがあっても怖いなら上階の部屋も怖いということになるので本人的には筋が通っているんでしょう。
「フーリエちゃん」
「な、何……」
「やっぱなんでもないです」
「邪悪な笑みを浮かべているように見えるのは気のせい?」
決してフーリエちゃんを日本に連れて行って、富士山が見える遊園地のジェットコースターに乗せたいとか思ってませんよ? 絶叫して涙目になってよわよわになったフーリエちゃんを拝みたいとか思ってませんよ?? 本当ですよ???
10分ほど下って工業区の25番街に着きました。まぁ区の名前から想像がつく通りの場所です。
パイプが縦横無尽、上上下下左右左右と走り、地面に敷かれたレールの上をトロッコが通り過ぎていきます。機械の音に、人の声、足音が混ざってコンマ1秒たりとも止まることはありません。私達のような旅人が訪れるような場所ではないのは明白です。
「本当にこんな場所にあるの」
「匂いを辿れば分かります」
「油と埃の臭いしかしないんだけど」
まるで犬のように鼻を突きだして匂いを探るエリシアさん。不信を抱きながら後をついていき、やがて足が止まったのはプレハブ小屋のような佇まいの店でした。
換気扇の音がうるさく響いて、とても綺麗とは言えない外観。普通の旅人なら入らないであろう店です。
「本気でここにするの?」
「分かってないですね。こういう店ほど隠れた名店だったりするのです!」
あまり気乗りはしませんが、とりあえず入店。「っしゃせー」と気の抜けた挨拶が飛んできます。接客1人に厨房2人の少数で回しているようで、家族経営あるいは少数精鋭か。
メニューは少なく、メインは豚バラ炒めとチキンステーキとミートパイのみ。サイドメニューにチーズ巻きとサラダがあり、他に数種類のパンとスープとドリンク。これで全部。
労働者向けなのかシンプルでお値段も安いです。具体的には某有名イタリアンチェーン並です。
私はミートパイを選び、フーリエちゃんはチキンステーキとフォカッチャにオニオンスープとサラダ。エリシアさんはミートパイとチーズ巻きに、やっぱりビールを2杯。
そして驚くことに、注文した全ての品が5分少々で届けられたのです。なるほど、安い早い旨いってことですね。なら必然的に味への期待が高まります!
「いただきます」
まずはミートパイ。生地は明らかに出来合いの味がしますが、中の具材からはこだわりが感じられます。お肉はミンチと細切れの間くらいのサイズにカットされており、ぽろぽろ落ちることなく、かつ食感も楽しめます。ケッチャプの酸味が強めのデミグラスソース味は玉ねぎと人参の甘味をしっかり引き立てています。
量も多めで昼食には十分。私には高級な料理よりも庶民向けの味が舌に合います。なんたってホットドックを一か月間食べ続けても飽きないような味覚ですから。
「意外と……おいしい。これはこれで好みの味かも。特にオニオンスープが素材の味が活かされてていいね」
「チーズが濃厚でお酒が進む……! ビールもキンキンに冷えてて体にしみ込んでくる……っ! 犯罪的ウマさ……!」
「過酷な労働でもしてたの?」
エリシアさんの説は正しかったようです。店は見かけによらず。観光だからと背伸びしなくても美味しい食事はできると身に染みて実感した昼食でした。
「「「ごちそうさまでした!」」」
「あっしたー」
雑な挨拶に少し懐かしさを感じながら、店を後にしました。




