限界コミュ障オタク、便利屋で働く
私が箒をぶつけてしまった相手は、幸いにも無傷でした。全力の土下座により私の罪は許されました。
「本当にすいませんでしたお詫びとか賠償とかあの分かんないですけど要求されたらその従うしかないのかなって思ってますので」
「ま、まず落ち着いて? あたしもケガはなかったんだからさ。それにキミ達のほうこそ観光客みたいだけど、なんでこんなところに?」
「宿を探してハシゴしてたら迷ってしまってね。箒で飛んで戻ろうとしたらぶつかってしまったという訳」
「あーねぇ……この辺は労働者向けの安かろう悪かろうの所しかないから」
滑らかな銀髪ショートにハンチング帽を被ったその人は、頬をかきながら同情の表情を浮かべました。
しかしすぐに何かを思いついた様子で、私達に提案を持ちかけました。
「よかったらウチで泊まりなよ。宿泊費はタダでいい」
「やった! 行きましょうフーリエさん!」
「ちょっと待て。タダより安いものは無い。少しは裏を疑いなよ」
「ふふっ、お察しの通り条件がある。宿泊費の代わりに、あたしらがやってる便利屋を手伝ってほしいんだ。朝昼晩の3食付きで完全個室、洗顔用品なども完備だけど、どう?」
にこやかに、かつ若干の威圧感を滲ませながら提案に対し、私が返す答えはひとつです。
「ならこの場合はリラが――」
「3人で連泊、お願いします!」
「私を巻き込むな!?」
「3名様ご案内~」
フーリエちゃんの不服をよそに、今回の宿と職場が決まりました。便利屋ならば行かない手はないでしょう?
案内されたのは、大通りから一本挟んだ、少し小さい通りの交差点の角に面した建物でした。
3階建てで【クラウンの掲示板】と看板が掲げられています。
「ただいまー。フィル姉、お客様連れてきたよー」
「あら、いらっしゃいませ」
フィル姉と呼ばれたその人は、これまた滑らかで綺麗な金髪をストレートに肩まで伸ばした、雰囲気がとてもお嬢様な人でした。
「便利屋【クラウンの掲示板】へようこそ。わたくしが店主のフィルトネ・クラウンロイツと申します。どうぞ宜しくお願い致しますわ」
「カーテシーでしたっけ。本物を初めて見ました」
エリシアさんがこそっと耳打ちしました。私も創作上では見たことありますが、実際に目にするのは初めてです。
スカートの端をつまんで持ち上げ、右脚を前に出して腰を低くする。平民には享受できない上品さが放たれています。
「そしてあたしは妹のメフィルト・クラウンロイツ。メフィって呼んで」
メフィさんはフィルトネさんと違って距離感が近いです。丁寧な姉と元気な妹、よくある対比ですね。
「私はフーリエ・マセラティ。3人で旅をしている」
「私は、モトヤマ・リラです……」
「エリシア・ラーダと申します!」
「フーリエ様にエリシア様ですね。失礼ですが、モトヤマ・リラ様は東洋のご出身でいらっしゃいますか?」
「え、あ、はい」
「畏まりました。ではリラ様とお呼びさせて頂きますわ」
やはり東洋と呼ばれる日本と似た地域があるようです。今のところ共通点は、名前の順が性名であることしか掴めてませんが、それだけでもほんの少し安心感があるというもの。
長机に案内され、品の良い香りをまとった紅茶が運ばれてきました。
「クラウンロイツってセンチュリー公爵家と縁深い侯爵家?」
「その通りでございます。母がララパルト・センチュリー女伯爵であり、父がボヴェアル・クラウンロイツ侯爵となります」
なんと貴族の人でした。なるほど、それならばフィルトネさんの丁寧すぎる接客にも納得できます。普通の店員がカーテシーするなんてコンセプトカフェでしか見たことないですし。
「でもなんでそんな貴族がこんなところで便利屋やってるのさ」
フーリエちゃんの疑問はもっともです。世を忍ぶ仮の姿ならまだしも、堂々と名前を明かして経営しているのは変です。
それとも、ラノベでよく見る貧乏貴族なんでしょうか? 貴族の階級とかよく分かってないので、このおふたりがどのくらいの立場なのか分からないですが。
「あたし達は貴族のしがらみやらイロイロなアレコレに辟易して、自由を求め便利屋を開業したんだ。かなり揉めたけど、最後は好きにしろって言われて、言葉の通り好きにしてる」
「他の貴族から目を付けられないの? スタンレーにはセンチュリー家とクラウンロイツ家しかいないけど、名声を考えたら泥を被せたどころじゃないでしょ」
「知らないよ。放棄したのは向こうだし。それにセンチュリー公爵家はそんなくらいで信用と権威が傷つくほどヤワじゃないよ。クラウンロイツ侯爵家はセンチュリー公爵家の傘下のようなものだし、後ろ盾がある限りは同じ地位を維持し続けるよ」
「絶対的な地位の者は、それだけ小さな綻びに足をとられやすい」
「あ、もしかして、あのマセラティ家の人間?」
「無関係。でも知り合いに貴族の内部事情に詳しい人はいる」
コトリ、とカップをソーサーに置く音。白を切るフーリエちゃんと懐疑の目を向けるメフィさん。横たわる沈黙。これが貴族による腹の探り合いなのでしょうか。優雅な幕の中に透けて見える棘。すごく…………こわいです…………
そんな雰囲気をベールで覆うかのように取り繕ってくれたのはフィルトネさんでした。
「まぁまぁそのくらいにしましょう。妹が失礼致しました。ご要件をお伺いしても?」
「あぁフィル姉、実はそうじゃないんだ。この3人には仕事を手伝って貰う代わりに部屋を貸してあげるの。ほら、依頼が立て込んでいるし、彼女らも宿が無くて困ってたし」
「なるほど……確かに様々な才能をお持ちのようにお見受け致します。しかし本当によろしいのですか? わたくしとしては、許諾されるならもちろん大歓迎ではございますが」
「や、やります!」
私はフィルトネさんの言葉尻を捉えて、食い気味に返答しました。
「元はメフィさんに箒をぶつけてしまったのが悪いですし、それに、姉を探していて、便利屋なら姉の情報も、入るんじゃないかって」
「そうですね。便利屋といえば人探しの依頼が大量に舞い込んできますもの。リラ様のお姉様の情報が手に入る可能性は十分にございますわ」
やっぱり読みは当たっていました。
この国には冒険者ギルドがありませんし、そうなれば大きな国の中でアテもなくさ迷いながら探すしかなくなります。
しかし便利屋という、いかにも情報が集まりそうな場所に常駐できるなら、比奈姉が見つかる確率は雲泥の差です。今度こそ比奈姉の尻尾を掴んでやるのです!
「はぁ、分かったよ。一緒にいる」
「そういうところが好きなんですからねっ!!」
「うごっ……避けられなかった」
そしてフーリエちゃんも溜め息をつきながらも許諾してくれました!
フーリエちゃんは何だかんだ言いながらも仲間思いで優しいのです!!何回でも何百回でも何千回でも、1年後でも10年後でも1億と2000年後でも言い続けます!!!
あぁふわふわ……ぬいぐるみのよう…………良い匂い………………
「尊死すりゅ……………………」
「ああリラさんが失神した!」
「この人でなしが……」




