よりみち5 フーリエちゃんの魔法教室 実践編!後編
「とはいえ経験がまだ浅いから宝の持ち腐れだけど」
「デスヨネー……」
フーリエちゃんの一言で、自分の世界に入り込んでいた脳内が現実に引き戻されました。うん、そうだよね。才能は使わなきゃ意味ないよね。私はそんなに偉くないもん。
そしてフーリエちゃんのマシンガントークはまだ続きます。
「それと、私は自覚がある程度には理詰めだから、魔力を与えた時にリラもそうなるのかなと思ってたんだ。でも全然影響が無いようだね」
「え、魔力ってそこまで影響出るんですか……?」
「それを承知で受け入れたんじゃないの……??」
フーリエちゃんは首を傾げていますが私は初耳ですそんなヤベー情報。全ッ然聞いてませんよ裁判所にも問答無用で来てもらいますよ? いいですね?
…………もちろん冗談ですって。
「魔物なのに普通の動物の姿をしているのも、植物なのに人食い種が存在するもの、魔力が悪い方向に影響したせい。植物すら受けるんだから、人間にも影響することはあるよ」
「ということはつまり、私の一部にはフーリエちゃんが入ってる……ってコト!?」
「ひと口ちょうだいでも同じこと言いそう」
「その場合はフーリエちゃんのだえゲフンゲフン」
危うく一線を超えそうになりましたがギリギリセーフ。
「え、じゃあわたし危なくないですか? 魔力で動く箒乗ってますけど」
エリシアさんが魔力発動機付きの空飛ぶ箒を掲げて尋ねました。
「それは大丈夫。全て動力に消費されるからね」
「なら安心です!」
「酒癖の悪さも魔力のせいだったらまだ納得できるんだけどねぇ。とまあ長々話したけど、リラの直感の鋭さは好都合。次は属性魔法にホーミングを付与してみようか」
「わかりました!|Gilaemf Deqazukk《火球よ追従せよ》!」
頭を切り替え、もう1匹いたウサギに向かって放ちます。
呪文の通り火球は逃げるウサギを追いかけ、今度は捉えることに成功。ウサギは焼け焦げて倒れました。属性を付与してのホーミングもバッチリのようです。やっぱり私は隠れチートだった可能性が……?
「じゃあ次の魔法は、最初に手本を見せる」
するとフーリエちゃんは腰を落とした瞬間に20メートルほど瞬間移動し、移動した先で魔力弾を放ちました。
「これは魔法というより、魔法を使った戦闘技術だね。ダッシュするようなイメージで素早く移動して相手の懐に入り、一発当てる。さてこれをどんな直感でこなすのかな?」
フーリエちゃんは明らかに煽るような二ヤけた表情で私を試してきました。そうなれば意地でも成功させたいのが性というもの。
杖を構え、腰を低く下ろしてダッシュ!追い風を魔法で発生させて何倍ものスピードへ加速。残像が流れていく視界の中でフーリエちゃんを発見し急ブレーキ。
…………絶対違う。催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃない気がします。姿を消している? それにしても時間が短すぎるから、やっぱり見たまま短距離での瞬間移動?
と、色々考えているうちにフーリエちゃんが私のことを見下ろしていました。普段は私が見下ろす側ゆえ、逆の立場になると屈辱感と見上げた可愛さが同時に享受できて良いですねぇ……
「速度が全然違うね。追い風なんかじゃないよ、もっと直接的」
「えぇ~…………まさか身体強化?」
「正解。一瞬だけ加速を最大まで引き上げるように、魔力が与える身体への影響を制御させた」
「結局超スピードだった」
蓋を開けてみれば単純で脳筋な方法ですが、フーリエちゃんの言い方から使い方はかなり理屈ぽいです。
「身体強化ってどう使うんですか?」
そう尋ねた瞬間、フーリエちゃんの目つきが突き刺すように鋭くなりました。思わず座り込んだまますくんでしまいます。
「興味本位ならやらない方がいい。身体に直接影響を与える魔法は、人間の身体構造と精神構造を深く理解していなければ危険すぎる。さっきも言ったように、人間が許容量を超える魔力を浴びたらどうなるかわからない」
「……分かりました」
私はフーリエちゃんの言葉を素直に受け取りました。
今のフーリエちゃんは仲間ではなく先生。自然の摂理を超越した存在を扱うのですから、忠告に従わなければどうなるか、想像は容易につきます。
「リラは直感が鋭すぎる。故に危険な魔法も、危険性を理解せずに扱えてしまう可能性がある。幸いにも数は少なくて、リラが“体で覚えている”魔法にそんなものは無い。私はリラに“与えていない”からね……それすらも直感で察していると思うけど」
「……綺麗な側面ばかり見てませんから」
「なら、良いんだ」
その後も練習は続き、最終的には新しい2つの魔法と魔力の応用を習得しました。
最初に教わったホーミング魔法【Gilaemf 】
風の刃を十字にして放つ【|Bqirr Vemf Zkuca《交差風刃》】
空中に魔力を固めて足場や壁を作る方法。攻撃を魔力の膜で包んで無力化する方法。
一発だけなら比較的難しくないのですが、実戦を想定した使い方となると、まだまだ未熟です。
天才のフーリエちゃんに素質があり、直感と感覚に優れていると褒められましたが、使いこなせるかは別問題。ならば努力あるのみです!
様々なシチュエーションを想定して、いろんな動きをしてみます。運動能力が低くても、それを補う魔法の使い方があるはず。
「リラさん、それだと射線に入ってしまいます。もっと角度をつけないと」
「もう一度、やってみます……」
エリシアさんの指導も受けながら、時間を忘れて練習しました。全てはこの世界で生き残るため、憧れた魔法使いの姿に近づくため、比奈姉のためフーリエちゃんのため、そしてエリシアさんのため。
この旅が楽しくて素敵なものばかりではないと、私の勘、いいえ経験が訴えているから。それでも前に進むために、今やるべきは己の魔法をレベルアップさせることなのです。
「まだまだぁ…………!! はあああああああ!!!!」
時間も忘れて、息も絶え絶えで体が悲鳴を上げていても続けたいと本能が叫ぶ。こんなに本気になって、しかも超インドア派な自分が使ったことのない筋肉まで動かして特訓をしている。自分に自分で驚きながらも、完璧を求めて練習を続けます。
もう少しで、届きそうな、領域へ…………
「…………ッ!!! また失敗…………」
「いや十分すぎるよ。もう日も暮れるから今日は休もう」
「まだ満足してないです……やらせてください。はぁ、はぁ……比奈姉に会うためにも、フーリエちゃんとエリシアさんのために……」
「魔力が切れたらどうなるか、聞いてなかった?」
「…………!」
「答えて」
フーリエちゃんのオッドアイが薄暗がりの中で突き刺すように輝いていました。それはいつもの飄々とした表情とは真逆の、厳しく険しい目つきでした。
「魔力は、二度と、回復しない…………」
「そう。だから休んで。補給剤あるでしょ」
淡々と言い放ち、テントの設営に移っていきました。
しばらく呆気にとられていました。でもすぐに、それはフーリエちゃんが本気で心配しているからだと理解できました。私は視野が狭まっていたようです。
「……やっぱりフーリエちゃんは」
だるい体を起こし、夕日の逆光で影になったフーリエちゃんをぼんやり眺めながら補給剤を流し込みました。
「――やさしいです」
フーリエちゃんに心配させた後悔と、こんな私を思いやって協力してくれるエリシアさんに深く感謝しながら、いきなりの覚醒に賭けないでコツコツと学んで技術を高めていこう、そう思い直したのでした。




