繋がった点と点、その延長線
描かれていたヴェロさんの全身図はとても無機質でした。彼女が機械人形であることを証明するように、表情に喜怒哀楽はなく、手足や背筋が寸分の狂いなく真っすぐに伸びています。
そして右下には“ヘルミー・ジャザリー”と署名がありました。
「点と点がひとつ繋がった」
「あの写真立てに描かれていた人――ヘルムさんの先祖がヴェロさんを作ったのですね。そしてここは約2000年間も解放されたことの無い空間。ともすれば生贄の少女についての情報も、ヴェロさんの記憶を取り戻す方法も見つかる可能性がグッと高まってきましたね」
「ヴェロが生贄だったかどうかに関わらず、残された時間ではここをから探す他無さそうだね」
当時を知るのはヴェロさんのみ。ヴェロさんの記憶が戻れば、名前の無い生贄の少女について謎が明かされるかもしれない。そしてヘルムさんからの要求は満たされ、根本の問題であるユージェズドラゴンとのいざこざが解消されるはずです。それが今できる最善で最短の方法でした。
「もっと調べてみましょう。段々と真相に近づいてる予感がします」
「私はちょっと休憩」
そう言ってフーリエちゃんは近くの木箱に腰を下ろして寝息と立てました。寝顔かわいい。
エリシアさんはその寝顔を間近で眺めながら、腰に手を当てて難儀を示しました。
「しかしここまで徹底的に証拠を隠すとは。相当闇が深い案件なんですかね。身内で全てを解決させる気満々ですよコレは……ずいぶんと閉鎖的な社会なんですね龍民族って。その割に大きな役割を背負っているから余計に隠蔽工作が村ぐるみで行われてしまうんでしょうね。フーリエさん、過去に時間を戻せる魔法ありませんか?」
問いかけますがフーリエちゃんはとっくのとっくに夢の中。その様子にエリシアさんの紅い左目がモノクル越しにキラリと輝きました。
「かわいい……抱きしめたい襲いたい……!!」
前者は肯定しますが後者は肯定しかねます。抱きしめてみたいと思えど、まだ襲いたいとまでは思ったことありません。
さてここまで隠蔽されている以上、こちらも隅々まで物色しなければ無作法というもの。
「あ、そういえば、龍民族は龍王軍とも関係があるんでしょうか?」
すっかり忘れかけていましたが、約300年前にヨリトという冒険者パーティが世界を支配していた龍王軍を殲滅した話がありました。いかにもファンタジーの定番といった歴史で、実在していたことに驚きです。
「当時の龍民族は勢力が縮小していて、おまけに龍王も名前だけで種族は別だったそうなのでほとんど関係はないですね。そもそも勇者ヨリトがめっぽう強くて、あまり援護を必要としなかったそうです」
「チートかクソスキルで無双か、実は最強でしたパターンか…………」
「リラさんは何を言ってるんです?」
元の世界で色々見てきた私としては、既視感しかないんですよね……ヨリトってのも、いかにも日本から転生しましたって名前ですし。いや私も大概か。
ま、ともかく今は目の前のことに集中しなければなりません。タイムリミットがあまりにも無いので全集中で作業を進めます。
書類は1ページずつ目を通し、開けられる場所は全て開けていきます。途中でフーリエちゃんも合流しましたが、部屋は狭いのに漁る物が大量にあるので、貧弱な足腰が悲鳴をあげています。
やがて日は暮れて夜中。全てを漁り終わり、私達の苦労が報われたのか収穫はしっかりありました。
とあるメモ用紙。そこに『進め、汝は如何にも美しい』という文言がありました。端にあるメモ書きには、これを聞かせることでヴェロさんの記憶のバックアップが解放される旨が書いてありました。
そしてこの部屋の主、ヘルミーさんがヴェロさんへ宛てたと思われる手紙も。
「この呪文? でヴェロさんの記憶を戻して当時を思い出してもらう。生贄の少女とヴェロさんを作った人と関係があるなら、ヴェロさんも何かしらは知ってるはずでしょう!」
「一気に近道できますね。あとは解読できない文書に追加情報があれば万々歳です」
「ヘルムさんの家の物ですから持ち帰って大丈夫でしょうしね。早く帰って報告しなければ」
魔法陣を展開して村に戻る、はずでしたが。
「あ、そうだ。夜中まで使えないように保護してたんだった」
「それでは時間設定ギリギリじゃないですか!」
「いや夜明け前より少し速い時間帯に設定したから大丈夫」
「そうは言ってもヴェロさんの記憶を取り戻したりとか、いろいろと準備が必要じゃないですか」
「間に合うよ。それにどうせ…………一緒さ」
「何が一緒なんですか」
「なんでもない」
フーリエちゃんの意味ありげな言葉が引っ掛かりますが、使えないものは仕方ないと、逆にフーリエちゃんに無理やり寝かされてしまいました。
含みのあるような言動。そして手紙に書かれていた一文。その真意を知りたいですが、私も疲れて眠気が限界。結局そのまま寝落ちして夜明け前を迎えました。
まだ月が浮かんでいる時間帯。急げば間に合いそうですが、なぜ急ぐことを前提とした時間にしたのか。フーリエちゃんの意図がやはり理解できません。どうか間に合うようにと心の中で祈りながら魔法陣でシムクィソ村に帰還。
しかし――既に遅かったようです。
「なん、ですか、これは……」
上空にドラゴンが滞空しているのです。
月と星々の光、反対側から顔を出す朝日に照らされながらも、その光源は見えません。
牙や爪、鱗の凹凸などの細かい特徴すらハッキリと見えてしまうほどの巨躯を浮かび上がらせ、放たれる魔力は質量を持った強風のよう。その影響か、何軒かの家が破壊されていました。
そしてドラゴンを前に紅のマントを羽織ったヘルムさんが対峙していました。
「ヴェロさん! これは……」
「皆様ご無事でしたか。危険ですから避難を」
「それより! ヴェロさん、記憶を取り戻す方法が、分かりました。だから、教えてください。2000年前の、事を」
ドラゴンの大きさと放たれる魔力に気圧されて言葉が途切れ途切れになってしまいます。
最初に遭遇したドラゴンよりひと回り大きく、魔力の波動は質量を持った激しい風となり、契約の証から感じた魔力より何倍も濃くて強いです。内臓まで揺さぶられているようで、気を抜けば失神してしまうでしょう。静止している状態でこれほどなのですから、軍隊が束になっても太刀打ちできないのも当然です。
「3人とも! 今すぐ離れて! 今は僕とユージェスドラゴンとの場だから」
「短時間なら、大丈夫。Vilt Dnid」
フーリエちゃんが聞き取れない詠唱で魔力壁を展開しました。
そしてエリシアさんが叫びながら、龍民族の村から持ち帰った物品を投げ置き、『進め、汝は如何にも美しい』と書かれた紙を掲げました。
「ヘルムさんが探していたもの、見つけましたから! これでヴェロさんの記憶が戻ります!」
それを見たヘルムさんは眉が大きく上がると同時に、勝利を確信したように口角を上げます。一方のドラゴンは私達のことなど存在してないように、ヘルムさんだけに視線が注がれています。
「罪を償わぬ、罰を受けぬとは言うまいな?」
「この件は我が責任を持って償う。妥協案の承諾、誠に感謝する」
「よかろう」
ドラゴンの声は荘厳で凄烈でした。声色を表す表現になり得ない単語ですが、それでしか表しようがないドラゴンの凄烈さです。
ドラゴンが大きく口を開けると共に、ヘルムさんがこちらに頭だけを向けました。その表情は口こそ笑っているものの、目に光はありませんでした。
「――っ、まさか!」
「みんなありがとう。後はヴェロが全て汲み取って、話してくれるはずさ」
「ヘルムさん!! …………っ、どうして……」
駆けだそうとしましたがフーリエちゃんに制止されました。フーリエちゃんは、最初から知っていたのですか……?
「本人がそれでいいと言っているんだ。苦手なら目と耳を塞ぐことを推奨する」
「アタイはこれでいいのさ。『進め、汝は如何にも美しい』!!」
ヴェロさんが記憶を取り戻すのと、ヘルムさんがドラゴンの生贄となったのは同時でした。次に目を開けたときには既にドラゴンは飛び立っていて、太陽が顔を覗き始めた空の中に去って行きました。シムクィソ村には森のざわめきだけが残りました。
「全て、思い出しました」
静寂の中でヴェロさんがゆっくりと、口を開きました。
「生贄の少女は、わたくしです」




