ヴェロさんの秘密
昼下がりの龍民族の村は、ユージェスドラゴンと結んだ契約が発端で大騒動になっていることなど露知らず、静かでのんびりとしていました。この雰囲気を利用して誰にも気づかれずにヘルムさんの家まで行きたいのですが、メンタルもコミュ力もつよつよなエリシアさんは周りも気にせず小走りするのです。
なので私は、適当な障害物を利用して向けられる視線を遮りつつ、フーリエちゃんとは別ルートで向かうことにしました。ゲームで培われた探索技能がここで活かされた。
「あの、何をして……」
「!!!」
「あ、待て!」
声を掛けられた瞬間、最大限の瞬発力を発揮させて逃げました。今までの私なら固まってその場から動けなかったことでしょう。しかし私も学びました。相手に主導権を握られる前に逃げてしまえばいいと。
幸いにも瞬発力だけは人並みにありますので。近くに障害物があれば一瞬で逃げ込めます。ちょうど隣に不在の民家があったので、そこを経由しながらヘルムさんの家へ辿り着けました。
「お待たせ、しました、はぁはぁ……」
「どんな道を辿ったらそんなに息切れするの」
「そんな道を通ってきたので」
「どうせ人と会わない道を選んだんでしょ」
「さすがフーリエちゃん! 正解です!」
「なんも嬉しくないな」
「ヒィン……」
仲の良い人といると途端に饒舌になって調子乗るのはコミュ障あるある。そんな雑談を普通に交わしてくれるフーリエちゃんが好き。
そうこうしているとエリシアさんが村のおばあさんを連れてきました。どうやらこの人が鍵の管理人のようです。鍵を開けながらおばあさんが話します。
「ヘルムちゃんにもお友達ができたなんてねぇ。ここにいた頃は大人しくて、族長の期待に応えようと勉強と修行ばかりだったから」
「そんな人だったんですかヘルムさん」
「そうよ。掟に忠実に従い、厳しい修行にも弱音を吐かず、みんなの期待を背負っていた。だから美人なメイドさんを連れてきて、しかもお友達までいて皆驚いてたのよ。心なしか雰囲気も明るい気もしてね、おばさんは安心したわ」
あのヘルムさんが大人しかったなんて意外です。陽キャではないですが活発な人という印象はありました。人は見かけによらない、そんな風に私もなりたいような別にいいような。
中に入って早速リビングにある写真を調べます。木枠の写真立て中に収められた物は、写真というより絵のようでした。机に向かって何かの作業をしている女性の姿が、黒鉛を使って描かれています。そして左下に“ ヴェロ・ノーザン”の署名。
「あの、この絵の方って、誰ですか」
「あぁそれは、ヘルムちゃんのお父さんが物置から見つけたとか言って置いた物と聞いているわ。遥か遠い代の祖母だそうよ」
「つまり、この人が、ヘルムさんの先祖……?」
短い髪に、ハッキリした大きな目と整った鼻筋。横顔からでも美人だと強く印象付ける顔立ちです。
背筋を伸ばして椅子に座っており、背景にあるボードには何かが書かれていますが、画質が悪くて読めません。
「署名のヴェロって、あのヴェロさんですか?」
「そもそもなぜヘルムさんは、この絵に気付かなかったのでしょう。ご先祖の名前を出したときにこの絵を見せてきてもおかしくないのに」
「それはヘルムちゃんが独り立ちした後に飾られたからじゃないかしら。ヘルムちゃんが去った後に両親は引っ越してね。今日ヘルムちゃんが久々に帰ってきたのよ。おかえりを言う暇もなく慌ただしく帰っちゃったけど」
なるほど。それならば不思議ではありませんね。切羽詰まった事態ですし、写真立てひとつの変化に気付かなくても無理はありません。
「両親は共に龍民族だったんだよね? なぜ離れたか分かる?」
「縛られるのが億劫になったとこぼしていたわ。まあ人それぞれ、中にはそういう人もいるわよね」
「もう少し何かないか探してみましょうか。ありがとうございます、おかあさん!」
「いやだあそんな歳じゃないわよ」
「そんなそんな、お若いですよ」
「あらそう? お世辞でも嬉しいわぁ」
…………ホントにエリシアさんってコミュ強だなぁ。コミュ障を克服しても、コミュ強にはなれる自信が無いです。
おばあさんが退出して捜索続行です。ヘルムさんに代わって忘れ物を取りにきたという体で通してあるので、怪しまれる心配はありません。
「引き出しもゴミ箱も何もなさそうだね」
躊躇いもなく他人の家の引き出しやゴミ箱を漁る姿はRPGの主人公のよう。フーリエちゃん主人公のゲーム、やってみたい。
「ま、あの部屋以外に考えられないよね。そもそも開錠できるか」
「外から入れませんか?」
「あそこまで厳重にしてるからどうだろう。ま、物は試しか」
外に出て先祖の部屋がある方に回り込んでみます。見上げると内側は塞がれていない様子。
フーリエちゃんが横目で私の方を見つめます。意図を察した私は杖を取り出して窓の方へ向けます。今の私にとっては鍵開けの魔法はちょちょいのちょいで呪文もいらないらしいですが、様式美として呪文を唱えます。やっぱり魔法使いといったら呪文ですもん!
「Inam」
しかし何かに跳ね返される感触があるのみで鍵に干渉できません。
「私がやる。…………? 145かなこれは。屈折は65か55、じゃない。50とは珍しい……くいくいっと。開いた」
フーリエちゃんが謎の独り言を呟きながらも見事に鍵開けに成功してみせました。さすが天才です。
箒で飛んで中へ入ると、そこはホコリ臭くて薄暗い部屋でした。典型的な放置された部屋という雰囲気です。
「しかしこれ、よくよく考えれば2000年以上前の空気を吸っていることになるんですよね。自分でも何言ってるか分からなくなりそうです」
「開けたこの瞬間に換気されただろうから、もうじき約2000年前の空気は無くなるけどね。さてどこから手を付けるか」
部屋には床に散らばった紙類と、何かを支えていたであろう棒が組み合わさった台、布が被せられたキャンバス、そして箱がいくつかありました。まるでTRPGの探索パートみたい。SAN値は減りませんよね……?
ひとまず床の踏み場を確保する意味でも紙類を集め、それから目を通すことにします。
「これって、やっぱり」
紙には回路図とプログラムコードのような記述がずらりと並んでいます。ヘルムさんが持ってきた本にも同じような文字列がありました。
いや、これは“ような”ではなく完全にプログラムコードです。言語は全く違いますが、法則性や単語が比奈姉の参考書で見たものと非常に似ています。しかしワープホール経でプログラムの概念が伝わり、それをこの部屋の主が理解したとて書き込む機械がありません。
…………! そういえばフーリエちゃんが言っていた魔法陣の説明がプログラミングと似ていました! つまりこの世界では別の形で、私の元いた世界でのプログラミングと似た概念が存在しているのではないでしょうか。そう考えればワープホール抜きにして考えても比較的筋が通ります。
「これ、もしかして」
「何かありましたか?」
フーリエちゃんがキャンバスの布をめくったまま固まっていました。脇から覗いてみるとそこには、ヴェロさんそっくりの人体図が描かれていました。




