霧の向こうに隠された真実
シムクィソ村に戻り、遅めの昼食を頂きながら作戦会議です。
ちなみにメニューは、どれも朝採れの野菜と狩った動物の肉を使ったサンドイッチ。しかも配膳と片づけはヴェロさんがやってくれるサービスぶり。こんな贅沢をただの旅人が受けて良いのでしょうか? もっともフーリエちゃんはそれが当たり前の環境だったのでしょうけど。
「さてとこちらはどう動いたもんかねぇ」
「また龍民族の村に行くことになりそうですね」
「生贄の少女、何となく勘づいてはいるんだよね」
「「えっ」」
ごく自然にフーリエちゃんから衝撃の発言が飛び出しました。そしてフーリエちゃんが挙げた名前もまた、私が予想だにしてなかった名前でした。
「ヴェロだよ。ドラゴンの異変が起き始めた時期とヴェロを見つけた時期と場所。失われた過去の記憶と失われた名前。これらの情報を統合して生贄の少女ハヴェロだと推察する。ヴェロが捧げられるはずだったのが、何らかにすり替えられた。そして時は過ぎて現在。ヴェロが現れてドラゴンが契約と異なる生贄が捧げられていたことに気付き、怒りで暴れだしたと」
「で、ですが彼女は機械人形ですよ!? 人間だったヴェロさんが機械人形として生まれ変わったと言うのですか!?」
「その点が私の推察における最大の穴なんだよ。けいくら魔法とか古代の失われた超技術の類でも死者を蘇らせることはできない。でも感じるんだよ。彼女から人間の持つ魔力を……」
「もしかして、ワープホール関わっていたり」
「ありえない、と断言できないのが何とも……」
この世界では考えられないような技術や事象。時間を超えて現代に送り込まれてくるという、空間上に発生する謎の穴。それがワープホールです。
実際にコルテでの事件では、ワープホールから落ちた基盤が真相を紐解くカギとなっていました。2000年前の龍民族の村の付近にワープホールがあったとしたら? 私も知らない超技術が漂流してきたとしたら?
本来ならば根拠に乏しいにも程がある空想のような仮定なのですが、それが真になってしまうのがワープホールなのです。未知の技術も知識も、人間の探求心で解明できてしまう。既にエリシアさんのマシンガンによって証明済みです。
「あとはヘルムとの心理戦になるかな。食べ終わって昼寝したら龍民族の所へ戻ろう。あの部屋を調べないことには始まらない」
「なんだかんだ率先してわたしたちを引っ張ってくれますよねフーリエさんは」
エリシアさんがそうからかうと、フーリエちゃんは当然だという表情で返答しました。
「コルテの時は自分の為。今回はリラの為。リラと約束を交わした以上は、いくら面倒でも破るのは己の意思に反するから」
「約束って婚約ですか」
「なんでそうなる。リラもちょっと期待した顔しないで」
「そちらが望むなら、私は大歓迎ですが……?」
「反応に困るのやめて。てかエリシアは酒飲んでばかりで、少しは手掛かり探すとかしてよ」
ムッと眉をひそめるフーリエちゃん。しかしエリシアさんも人差し指を立ててメトロノームのように振ると、得意げに口角を上げてニヤリと笑いました。
「わたしだって酒飲んでただけじゃないですよ。おふたりはヴェロさんの視線に気づいてましたか?」
「視線?」
「ずっと固まったように写真の方を見ていたんですよ。ヘルムさんも本の解説に夢中で気づいてなかったみたいですが」
そういえばヴェロさんはずっと無言だった気がします。しかしヴェロさんは機械人形であり、こちらから問いかけないと反応を返さないとしても不自然ではありません。しかしエリシアさんの言う通り視線の先が気になりますね……微かな手掛かりでもノーヒントな現状では貴重な情報です。
「ヴェロに聞いてみようか。最も、あの家には今日初めて入ったらしいから知ってるか怪しいけど」
食事の手を緩めることなく喋り続けるフーリエちゃん。元貴族らしい上品さは無いですが、よっぽどお気に召したのが丸わかりでホントかわいいですねえ。
やがて全員が昼食を食べ終わり、ヴェロさんが片付けにやってきました。しかし無表情さに拍車をかけるように強張り、硬い雰囲気をまとっていました。
失礼致します、と一礼。ゆっくりと顔を上げ、リップノイズの後に淀みない丁寧な報告の言葉が紡がれていきました。
「突然のご報告となること、お許し下さい。先程ヘルム様より、ユージェスドラゴンのリーダーが明日の夜明けに制裁を下すと伝達があったと報告が御座いました」
数秒、数十秒、あるいは数分か、時の流れが止まりました。誰もがヴェロさんの言葉の飲み込みと理解に処理が追いついていませんでした。
椅子を引く音響くと同時に「行こう」とフーリエちゃんの声。
「これから龍民族の村へ戻る。私達のことは気にしないで自分のすべき仕事をしていて。君の従者はヘルムだ」
「かしこまりました」
何事も無かったような変わらない丁寧で上品な所作に、少しだけ不気味さを感じずにはいられませんでした。それは彼女があまりに無表情だからなのか。機械人形という特殊な存在だからなのか。あるいは極限まで同じ人間と感じていながら、途端に非人間であることを認識したからなのか。結論は出ませんでした。




