隠された真実、ノーヒントの謎解き
「どういうこと? ここまで私達を動かしといて、そんなこと言う?」
「誰にも話すなを族長から釘を刺されたんだ。なんなら君らに協力を求めたことに対して否定的な意見を頂戴したよ。龍民族の伝統と歴史に傷が付く事態になると」
「出た出た無能な統治者の常套句」
フーリエちゃんは今までにないほどの大きな溜め息をついて、頭をテーブルに突っ伏すと、歯に衣着せぬ痛烈な意見を放ちました。
「伝統とか歴史とか、窮地に立たされて尚そういうこと言っちゃうのは、いらない過去まで引きずって捕らわれてる証拠。自分で拭えないヘマをやらかしてる時点で伝統も歴史もないの。私の父親もそんな人間だったよ」
「……族長に直接会えるよう、仲介しようか?」
「結構。もうこっちの出る幕は無いってことでしょ」
「ち、違うよ。族長はそう言うけど、僕からは協力が必要なんだ」
なだめるようにしてヘルムさんはフーリエちゃんを引き止めます。とはいえフーリエちゃんの意見も一理あります。お願いされて来たのに否定的な態度を取られては、不満を露わにして咎められる筋合いはありません。
私も同じ気持ちはありますが、比奈姉の手掛かりが絡んでる以上は引き下がるのも躊躇します。ちらと横目を向けると、フーリエちゃんはそれを察してくれたのか「で?」と次の言葉を催促しました。
「例の名前の無い生贄の少女。これについて族長も分からないんだ。それを突き止めないと、僕で取り決めたドラゴンを鎮める計画も、今回の件の真相も完全に明らかにできない」
「原本にも書かれてなかったの?」
「そうなんだよ。僕が持っている物と内容は同じ」
「そうかぁ……今までの話を聞いて、私個人としては手を引く気満々だけど、どうしても手が引けない人もいるんだよね」
そう言ってフーリエちゃんは私を見やりました。私はその意図を理解し、こくりとうなづきました。
「そ、そうです。私は姉を探すために、姉が残したという手紙を貰わなければなりません。例えどんな行方が待っていようと、3年間も行方不明だった比奈姉の手掛かりを掴めるならば、私は協力します。その、戦力にはならないと思いますけど……」
私は確固たる信念を示すように、可能な限りヘルムさんと目を合わせて話しました。何回か視線はブレましたが、私としては立派にできた方です。
「ありがとう。こんな無茶苦茶な要求を呑んでくれて、本当に感謝する」
深々と頭を下げ、主人に倣ってかヴェロさんまでお辞儀をしました。そして反射的に、いえいえとお辞儀を返す私。引きこもりだったくせに変に日本人の癖が出てる……
「んじゃあドラゴンが暴れだしたのは何時ごろからなの。その時期に何かを拾ったとかはあった?」
「確か、2週間くらい前。丁度ヴェロを見つけた頃」
「見つけたのは、最初に会った森だったよね」
「正確にはもっとシムクィソ村寄りだけど、その森で間違いない」
「なるほどね……ヘルム、龍民族とドラゴンとの関りについて教えて。別にユージェスドラゴンに絞らなくてもいい」
「分かった。それならここにあるけど、大きさがあるから手伝いをお願いしたい。ヴェロは追加の紅茶を淹れてお茶菓子も用意してくれるかな」
「かしこまりました」
「じゃあ、わ、私が手伝いますっ……」
「おぉリラさんがですが。頑張ってください」
私だって好きで重度のコミュ障をやってるワケじゃないのです。このくらいはやらないと、人間として大事な何かが欠落しそうで嫌ですから……
ヘルムさんに連れられて2階へ上がります。
「そ、それにしても、誰も住んでないみたく、綺麗で静かですね」
「そうだよ。今は誰も住んでいない。僕の両親も龍民族だったけど、僕が独り立ちしたのを機に引っ越した。村の人達が、僕がいつでも帰ってこれるようにと掃除してくれてるみたい」
「そ、そうなんですね。優しい方々、なんですね」
しどろもどろな会話をしながら2階の一室に来ました。重厚な質感のテーブルと椅子が置いてあり、壁にはガラス戸の付いた大きな収納棚があります。床はふわふわのカーペット。フーリエちゃんの髪の毛には敵いませんが。
「持っていくのは3つ。僕が大きいのを持つよ」
「い、いや、私が魔法で全部運びます!」
「大丈夫? 結構重いよ?」
「大丈夫、です!」
根拠のない自信。ですがこれくらいできなきゃ魔法使いなんて名乗れません!
まずヘルムさんが取り出したのは巨大な本です。厚みは六法全書、面積はデスクトップパソコンのモニターくらい。明らかに人間が持つことを想定していないサイズです。
杖を構え、指先に神経を集中させて唱えます。魔法使いしてると最も実感する瞬間。
「Buqqx!」
すると重さを一切感じずに、いとも簡単に浮かびました。これが魔法なんです! ドヤ。
続いて渡されたのは辞書サイズのケースでした。これは余裕。最後は厚みも面積も六法全書な本。クソデカ本もまたファンタジーですが、目の当たりにすると興奮よりも困惑が先にきますね。
全てを回収して部屋を出ます。3つの物が宙に浮いてついてきます。風船みたいでちょっとかわいい。
ふと廊下の突き当りの部屋が目に留まりました。ドアノブが重厚で鈍い輝きを放っており、硬く閉ざされていることを主張しています。
「あぁその部屋は僕のご先祖が使っていた部屋らしいんだけど、詳しいことは分からないんだよね。プレートの文字も読めないし、謎なのが鍵穴が無いんだよ」
「ご先祖って、どのくらい前なんですか?」
「こっちも2000年くらい前」
「は、はぁ………………」
軽く言ってますが2000年ってなんですか2000年て。やっぱりファンタジーの世界って大昔の年代の存在が、当たり前のように傍にいるんですね。隣の古代遺跡さんみたいな感覚ですか。
「ご先祖に関しては、何かの研究をしていたことしか分からないんだ。それにしたってあそこまで厳重に閉める理由が分からないんだけど」
不思議だよねと言いたげに肩をくすめるヘルムさん。日本人の私の感覚からすれば2000年前のご先祖なんて、天皇でもなければほとんどの人が知る由ないと思いますが。しかもしれっとこの家が築2000年を超えていることが判明しました。リフォームを繰り返していそうですが、それにしたって……
そんな語彙力を失いかけた感想を抱いていると、階下から賑やかな声が聞こえてきました。リビングには膝枕しているエリシアさんと、それを引きはがそうとするフーリエちゃんの姿が。くっ……羨ましい……ッ!
「私を枕にするな!」
「だってずっと堅苦しい雰囲気で気を張り詰めすぎて疲れたんですもん!」
「待たせたね。これが見てほしい物だ」
「デッッッッッッカイですね」
当然のことながらヴェロさんの持つ巨大な本は床に直置きです。脳がバグりそう。
「なんでこんなに大きいの」 と至極当然な質問をフーリエちゃんが投げました。
「どうも昔から龍民族は時代によって分類をしないらしいんだ。限界まで紙を重ねたら次に書き込むみたい。あと絵は原寸大で描こうとしがち。今の龍民族もよく分かってないけど何となく受け継いでる風習みたいなものさ」
「そんな風習今すぐ投げ捨てたらどうかな」
フーリエちゃんがキレッキレです。ショボーンの顔文字のごとく落ち込んでるエリシアさんの表情から察するに、きっと激しい何かをされた鬱憤があるのでしょう。
「では抜粋しながら話すよ」
ヘルムさんは巨大な本に手を付けました。ページを開くとそこには、本の大きさなど忘れてしまうほどの内容が書かれていました。




