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限界コミュ障オタクですが、異世界で旅に出ます!  作者: 冬葉ミト
第3章 魔法使いの聖地に来ましたが、大大大事件の予感です!
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比奈姉を追って、さあ次なる未知の旅へ!!

 拘置所を出た後、頭の中を支配するのは無でした。

 メガネのレンズ越しに見えるのは、地面と交互に現れる自分の足先。鼓膜を震わすのは地面を叩く足音。鼻につくのは空気の匂い。舌に感じるのは唾の味。触覚に伝わるのは指と指の触れ合う感覚……五感で感じた情報が流れては消えていきます。

 空間という場所を漠然と歩いているような静寂でもありました。それは悲壮感のせいか、無力感のせいか、あるいは両方か……

 そんな静寂を小さく突き破ってきたのはエリシアさんでした。



「リラさん。わたしは信じるものを信じ続けていいのでしょうか」



 伏し目がちに私に尋ねてきました。モノクルの奥に見える瞳は僅かに揺れています。

 私は目線を地面に落として、自分に言い聞かせるように答えました。



「裏切られたと思うまで、信じていいと思います。向こうから裏切らない限り、自分から信じるのを辞めるのはもったいないです……というより、これは私がそう思っていたいって願望でもありますけど……」

「リラさんはわたしを裏切りませんよね……?」

「あ、当たり前です! なんで、こんな私がエリシアさんを裏切る必要が、あるんですか……」

「その言葉が聞けて良かったです」



 エリシアさんはほっとした様子で息を吐きました。私には人を裏切る勇気は持っていません。信じることですら、少し怖いのに……

 オウム返しのように私も同じ質問をエリシアさんに返しました。試すような真似はしたくなかったのですが、私も同じように何でもいいから“安心感”がほしかったのです。



「エリシアさんは、私を裏切らない、ですよね」

「当然ですよ。リラさんを裏切る必要がないですもの」

「良かった、です……」



 エリシアさんの言葉で少し心が軽くなりました。

 けれども、フーリエちゃんのことだけは、心が鉛に包まれたように重く釈然としないのでした。



 ※※※※※※



「ただいま戻りました」

「お帰り。リラ、エリシア」

「ただいまですフーリエさん。ちょっと今日は真面目に、酒飲んで気分を晴らさせてください」

「深酒しないでよ……リラ、面会はどうだった」



 ベッドの上で読んでいた本を閉じながらフーリエちゃんは尋ねてきました。

 私は答えながら、椅子をベッドの横に置いて座ります。



「どうだった、と言われても…………やっぱり犯行の動機はアキノリさんの自殺とか、魔法使いが優遇される国への不満でした」

「そっか。アサクラも真っ当にやっていれば認められただろうに」

「そうですね…………」



 永遠にも思える沈黙が流れました。それはほんの数秒間でしたが、無限に引き延ばされような感覚の中で、「お酒買ってきます」というエリシアさんの声が風のように流れて消えました。

 口を開いて、声帯を震わせかけては口を閉ざすのを何度繰り返したでしょうか。表情を伺いながら、意を決してフーリエちゃんに疑問を投げかけました。



「フーリエちゃんは、私を、信じていますか……?」

「え、どうしたの急に」

「いや、その、ほらフーリエちゃんは身分を隠してるじゃないですか。私のこと疑ってないのかなって……」



 フーリエちゃんが遠くに感じたから、なんて曖昧で主観的な疑惑を口には出せませんでした。なにより、信じてもらう立場である私が、フーリエちゃんを疑っているなんてことを認めたくないのです。

 フーリエちゃんは目線を落とすと、横目で私の方を見ながら口を開きました。それはどこか懐疑的な目で、心がざわめくのを感じました。



「人間なんて外面はいくらでも取り繕える。内心で何を考えてるか分からない。才色兼備、聖人君子が腹の中で反乱を企てているなんて貴族社会では珍しくなかった。リラだって父親――父親とは言いたくないけど――の息が掛かった人物かもしれない。超絶人見知りを装って私を接触させ、油断した隙に連れ戻すつもりでしょ?」

「そっ……!? そんなこと、ないです! 私はフーリエちゃんのがどこの貴族なのか知らないし、出身国すら知りません! 本当に、何も……っ!」

「冗談だよ。隙ならいくらでもあったのに、私を捕まえないってことは本当に私の事を知らないんでしょ? 万が一リラが追手だったとしても構わないさ。放浪が逃走劇になって、私が最後まで逃げおおせるだけだよ」



 フーリエちゃんはいたずらっぽく笑いました。本当に心臓が飛び出るかと思いました……フーリエちゃんに悪く思われていたら、冗談抜きでにこの異世界で生きていくのが困難になります……

 まぁそういうところも、好きになってしまうんですけどね。本当にフーリエちゃんはズルい魔女っ娘です。

 …………顔、赤くなっちゃうじゃないですか。ほんと好き。かわいい。



「私、嬉しかったんですよ。リラを盾に使っていいのは私だけだって言ってくれたの。まだ仲間と思ってくれてるんだって」

「いやどうしてよ。前も今も後も、リラは仲間でしょ」

「だって雰囲気が違かったから……目の色が違うというか」

「そうかなぁ? 私は私の損得勘定で動いてるつもりだよ。得すると思ったら手っ取り早くやり遂げる。それが今の私の生き様」



 胸を張って少し語気を強めて語るフーリエちゃんかわいい。張っても出てこない胸もまた良きなんですねぇ…………



「そういえば、脇腹をド突いたあの技は誰から教わったの?」

「箒のやつですか? あれは元々、フーリエちゃんみたいにカッコよく箒を出したいなと思って閃いたんです。それがたまたまアサクラさんに人質にされてた時で、攻撃も出来るって同時に思い付いたんですよ。フーリエちゃんは後ろで、私は横からだから差別化できてますし」

「リラも成長したね」

「えへへ…………褒められちゃった………」



 あぁっ! 推しに褒められるなんて何たる幸せ!!好き!!!!

 やっぱりフーリエちゃんはフーリエちゃんです!! かわいい!!!! 優しい!!! すき!!! それしか言えない!!!!



「聞いてください!! めっちゃ良いワイン手に入れました!! イエイラマイスターの80年物! 激レアですよ皆さんで飲みましょう!!」



 壊れんばかりの音を立ててドアが開かれたのはその瞬間でした。

 エリシアさんが顔を上気させながら、酒瓶を5本抱えて帰ってきました。



「1人で飲んでなよ」

「いや1本は半分飲みました」

「尚更いらないんだけど」



 エリシアさんは、ポンッとコルクを空けると直飲み。既に半分飲んでいたのでこれで1本丸々飲んだことになります。酒豪しゅごい……

 その飲みっぷりにフーリエちゃんは苦笑い。私も釣られて小さく笑い声を漏らしました。



「さ、事件は解決したから長に会って報酬貰いに行くよ」



 フーリエちゃんはベッドから飛び降りると、窓際へ駆け寄って私を手招きしてきました。なんとなく察しましたとも。箒を呼び出してみろと、そういうことですね!?

 でも正直、なぜ成功したか分からないんですよね……まあ閃いたときの感覚は覚えているので、やれるだけやってみましょう!



(大事なのは想像力。箒を引き寄せるように……………………来たっ!)



 箒を掴む感覚が走ると、それを一気に引っ張るイメージで目的の場所へと移動させます。

 すると私の箒は見事に窓を通り抜け、室内までやって来ます。それを右手で掴み取り渾身のドヤ顔でフィニッシュ。私、カッコよすぎ……?



「ささっ、乗ってください!」

「いや外に止めておけばいいじゃん。中に引き入れたら二度手間じゃん」

「勢い余って、つい」

「何でもいいけどさ。エリシアはダメみたいだね」



 フーリエちゃんの目線の先には、酔っ払った人のイラストを忠実に再現したかのような、目が虚ろで涎を垂らすエリシアさん。でも長に要求する対価は聞いておかないとです。



「エリシアさん! 長に何をお願いするんですか?」

「ぽしゃけ…………最上級の……いっぱいいっぱい…………」

「ホントにそれでいいんですか……?」



 もう少し欲張ってもいいんじゃないかと思いますが、どちらにせよエリシアさんなら喜びそうなのでヨシとしましょう。


 箒を飛ばして着いたのは旧コルテ城の裏口。人目につかない場所をと要望したところ、この場所を指定されたそうです。

 扉から垂れ下がる鈴を鳴らすと、すぐさま扉が開かれて長が姿を現しました。



「よく来たンネ。エリシア氏はどうしたンネ?」

「体調がすぐれないらしく」

「それは残念ンネが、仕方ない。ではどうぞンネ」



 長に促され入った先は、構造的に城の地下にあたるようです。

 いくつもの薄暗い部屋と分岐の多い通路を通り、時には梯子を上りながら進んでいきます。迷宮の意味で使われるダンジョンの語源となったのも頷けます。

 やがて明るい部屋に出ると、忍者屋敷にありそうな壁に偽装した回転扉の先に、大きな廊下が伸びていました。

 両端に金色のフサフサが付いた毛深いレッドカーペットが敷かれ、天井には豪華絢爛なシャンデリア。壁には文様なのか家紋なのか、はたまた魔法に関する何かなのかよく分かりませんが、とにかく美しい意匠があしらわれています。

 ゴシック様式? バロック様式?とにかく中世から近世のヨーロッパのイメージそのままな光景です。



「この一画は立ち入り禁止ンネから貴重な体験だと喜んでほしいンネ」

「フーリエちゃんもこんな感じのお城に住んでいたんですか?」

「城には住んでないけど宮殿には住んでたよ。無駄に大きくて無駄に使用人を抱えて無駄に豪華絢爛。私の性には合わなかったね」

「とはいえフーリエ氏の家系は高位ンネ。王城に出入りするのは日常茶飯事だったのではないかンネ?」

「さぁ? それはどうでしょうね」

「ああっわざとらしい敬語かわいい……!」



 それとなく気品に溢れるフーリエちゃんに限界化しながら歩いていると、目の前にアーチ状の扉が現れました。



Inam es(開け)



 長が杖も向けずにそう唱えると、ゆっくりと重厚な扉が開かれました。その向こうにはまたもや見たことのある顔ぶれが出迎えてくださいました。



「協力者2名を連れてきたンネ」

「幾日ぶりだね、リラ!」

「今回も詠み通りだったわね」

「ヘェッ!? うぇ、あ、はい……豊穣の魔女様に、星詠みの魔女、様……」

「だからそう畏まらないで。キミ達は功労者なんだから胸張って」



 いやいやいやいやコルタヌ六芒星のうち2名+長がいる中で胸を張れなんて無理無理無理無理無理無理無理無理。軍導の魔女がいない分いくらかマシですけど、どう考えたってドヤ顔できる雰囲気じゃないですから!!!!!

 星詠みの魔女、アルシオーネさんに至ってはキョドる私をみてほくそ笑んでますし。



「では改めて。この度の爆破事件において、フーリエ・マセラティ氏とモトヤマ・リラ氏、そして不在ではあるがエリシア・ラーダ氏には心より感謝を申し上げるンネ。よって此方から申し上げた通り、報酬として何でも願いをひとつ叶えるンネ。フーリエ氏は身元の秘匿、リラ氏は姉の捜索で宜しいかったンネ?」



 語尾こそ独特なままですが、長のかしこまった態度に自然と猫背が伸びます。フーリエちゃんも直立して「左様で御座います」と答えました。うぅっ何このかわいい魔女っ娘は……っ!



「フーリエ氏の身元秘匿については、如何なる人物であれフーリエ殿の身元について問われた際に一切の情報を提示しないと共に、虚偽の情報を提供するという条件で宜しいンネ?」

「長のご厚意に感謝致します」

「いいンネいいンネ楽にするンネ。さてリラ氏の姉の身元についてだが、残念ながら既に出国してしまったみたいンネ……そうなると我々の権限では捜索ができない。謝っても許されないのは承知の上、でも謝罪させてほしい、この通り」

「あ、頭を、上げてください……! し、仕方ないですっ、事情が、あるんですから……そんな他の国まで行って、探せなんて、口が裂けても言えないです……」



 それでも、こみ上げる想いがありました。ここまで来て、目の前まで迫って、また離れていく。世界に再開を拒まれているとさえ思える程に、追うほどに離れる。どうして…………? なんでなの…………?



「リラ氏の恩赦に感謝する。ただリラ氏の姉が向かった行先は分かっているンネ。アルシオーネ」

「はい。星を詠んだ結果、蒸気都市スタンレーに向かってるわ。今日中に出発すれば間に合う」

「魔法と血で繋がっているなら必ず会える。自分の信じるものを疑わないことンネ。こんなことを言う立場ではないのは承知ンネが……」



 皆の視線が一斉に集まっているような気がしました。でも私は臆することなく口を開きます。



「感謝、申し上げます……っ!」



 見ず知らずの私のために国の代表が尽くしてくれた。紆余曲折あれど、感謝の言葉くらい言えないのでは比奈姉に合わせる顔がありません。



「あとはエリシア氏の報酬ンネ。何か言っていたンネカ?」

「高級なお酒を沢山、と」

「承知したンネ。すぐ手配するンネ。さて、これでキミ達は自由の身ンネ。それからエリシア氏への報酬を渡しておくンネ。そなた達の旅路に始祖の祝福があらんことを。強くあれ、万能であれ、美しくあれ、夢であれ」

「いってらっしゃい。買ってくれた寝具、大切に使ってね!」

「星は何時でも貴女達を見守っている。忘れないことね」



 見送られて、私達は城を出ました。紛れもない、魔法が与えてくれた勇気を抱えながら。そしてそれは、魔法らしく曖昧なものでしたが。

 フーリエちゃんの横顔を堪能しながら裏口を出ると、先ほどまで大広間にいたはずの長が皮の袋を持って待っていました。



「これがお酒ンネ。ここに貯蔵していた貴重な品々を選んだので、ぜひたっぷりと味わってほしいンネ。それと最後に言い忘れたことがあったンネ。フーリエ氏、お母様に宜しくと伝えてくれると嬉しいンネ」

「…………長の頼み事ならば」

「助かる。それから、これはアルシオーネが言っていたのだが……」



 長は一度視線を落とすと、今度は見据えて神妙な面持ちで口を切りました。



「コルテの星は、そう遠くない未来に消える運命にあるそうンネ。この国は変わらなければならない、そう薄々感じながらも魔法というアイデンティティに執着し、結果としてこのような事件が起きてしまった。魔法使いの聖地として確固たる地位を保ちながら、魔法に頼らない変化が求められているンネ。キミ達も魔法使いンネ。もしコルテに革命が起きた時……その時は手を貸してくれないかンネ」



 長は手を差し伸べました。しかしフーリエちゃんが彼女の手を取ることはありませんでした。



「……私達は放浪者。一国の為に身を捧げる権利は無いし、使命も無い」

「ふふっ、流石ンネ。本当に、ね……」



 長は天を仰ぎながらどこか懐かしむ素振りでした。私には何の事か分かりませんが、きっと個人的な事情によるものなのでしょう。深堀りする権利はありません。



「引き留めて申し訳ないンネ。ではまたいつか」

「し、失礼します……!」



 表口に出ると、なんとエリシアさんが待ち構えていました。場所は言っていないはずなのに?



「待ってしたよもう! どうして言ってくれなかったんですか!」

「だって酔っぱらってたじゃん。てかどうして分かったの?」

「匂いです! フーリエさんの匂いがここから漂ってたのです!」



 極めて真面目に、しかしドヤ顔でそう答えました。フーリエちゃんドン引きですが、そんな姿も正直萌えてしまいます……!



「はぁ、もういいよ。ほら報酬のお酒」

「うっひょ~! 高級なのがたくさん……! 大事に飲まないと! フーリエさん大好きです!」

「ちょっ、抱き着くな公衆の面前で!」

「フーリエちゃんかわいい……なでなで……」

「どさくさに紛れて撫でるな!」



 あぁ、この雰囲気こそが私達なのだな、と思いました。まだ出会って半年と経っていませんが、それでも過ごしてきた時間は紛れもない事実なのです。

 魔法が生んだ出会いは、きっとこれからも続いていくことでしょう。そして比奈姉も加わってくれたなら……



「さぁ行くよ。 次の目的地は蒸気都市スタンレー。トンボ返りしたリラのお姉さんを追わないといけないんだから、さっさと行くよ。遠いけど旅は始まったばかりだからね」

「「はい!!!」」



 箒で滑空していく3人。

 魔法で紡がれた歴史と想いを胸に、まだ見ぬ世界へ飛んでいくのでした。

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