信じるもの、信じられるもの
埠頭でアサクラさんが逮捕された翌日。私とエリシアさんとで面会のために拘置所へ行きました。
結局、フーリエちゃんの推理通りの結末でした。魔法使いの金融業者からお金を借りていたアサクラさんの父が、厳しい取り立てに耐え兼ねて自殺。
相手が魔法使いだったこともあり、アサクラさんは魔法使いの聖地と名高いコルテの国そのものを相手取り、犯行に及んだと供述しています。
内容だけ聞けば、それは極端に肥大した恨みであり動機として珍しくないでしょう。
しかし私もエリシアさんも釈然としないのです。前夜祭、レースで見た光景とアサクラさんの笑顔が脳裏に焼き付いて離れません。
人は見かけによらない。確かにそうかもしれませんが、でも、どうしても何かの間違いではないかという疑念が拭えないのです。
拘置所に着いて面会を伝えると、すんなりと面会室へ通されました。
ガラスで区切られた先に、質素なグレーのシャツ姿のアサクラさんが、初めて会った時と変わらない表情で座っていました。
「わざわざ会いに来てくれたの? お人よしね」
「わたしは、アサクラさんがどうしてあんな事件を起こしたのか、その真意を知りたいんです」
「言ったでしょ。父親を殺した魔法使いへの復讐だって」
「で、でも、アサクラさんは、肩代わりして返済しようと頑張ってたじゃないですか。町工場の人達と競い合って……」
「前々から計画は練っていたけど、貴女達と初めて会った時までは、まだ真っ当な方法で革命を起こせると思ってたわよ」
一息溜め息をついて、どこでもない虚空を見上げながら彼女は続けます。
「前夜祭でレースをするって話を聞いたときはチャンスと思ったわ。でも結局は観客も少なくて、一緒に戦った人も改革なんて興味なかった。金稼ぎの手段としか思ってなくて、要は言葉を喋るインコと同じ。魔鉱石発動機に見せ物以上の価値は無かった。だからやった。ねえ、貴女は魔法使いなのよね。六芒星からも聞いてるだろうけど、この国についてどう思う?」
「え、えっと、そうですね……」
突然の問いかけに、頭が言葉の引き出しを漁って散らかしました。
そんな目が泳ぎまくる私の様子を見かねてか、アサクラさんがゆっくりでいいと言ってくれたので、言葉通り考えをまとめてから口を開きました。
「素敵な国だと思います。六芒星の存在も、魔法使いの国って感じでアリだと思います。ただ私は魔法が好きで、魔法に憧れて魔法使いになった人間だからそう思うのかもしれません。六芒星の魔女からも、魔法使いが優遇されすぎているという話を聞きましたし、実際に国に住んでいる人達からすれば問題点だらけの国なのかなとも少し思いました」
「じゃあ逆に言えば、六芒星からそんな話を聞いてなかったら、素敵な国って認識で終わってたわけね?」
「はい、そうだと思います……」
「ふうん、ならそこは思惑通りだったわけね」
どういうことですか、とエリシアさんが問うとアサクラさんはガラスの奥で冷笑を浮かべました。
「生誕祭の時期にわざわざ国を悪く言う人はいないもの。楽しければなんだって良い、それが神話演武という宗教儀式だとしてもね。仮に声を上げても、もはや観光資源となった祭りの中では掻き消えてしまう。そんな雰囲気を利用すればバレにくいだろうし、自らの立場に酔いしれてる偉い魔女様に気づかれにくいと考えたの。せっかくだから、この国の真の姿について話してあげる」
後ろに立つ看守を一瞥してアサクラさんは語り始めました。聞かせる対象はガラスの向こうだけではない、と主張しているかのようでした。
「コルテの最初は、本当に魔法使いだけの国だったそうよ。それがいつしか普通の人も受け入れるようになって、人口が増えて領土も広がった。
一方で魔法使いの事しか考えていない法律や制度が、普通の人からの反発を招いて何度か暴動が起こった。その度に魔法使い側は“コルテは魔法使いの国であり、魔法は我が国のアイデンティティだ”と理論を振りかざして沈静化したそうよ。
そして今から60年か70年前だったかしら。コルテは非魔法使いを迫害し始めたの。
技術や科学が発展して、非魔法使いに立場を奪われることを恐れた魔法使いが、破壊行為や役人を買収して不法な取り締まりをさせたりというのが横行した。特に標的にされたのが機械技師……そう、最年長のアメさんも迫害を経験したそうよ。移民が多かったウインマリン地区に機械技師を移住させて今に至るの。
それに対して当時の六芒星は隠ぺい工作を働いた。魔法使いはそんな下劣な民族ではないとね。最後は非魔法使いによる大規模な反乱によって六芒星を失脚させたけど、純血の魔法使いが統治する構造は変わらなかった。……水をくれるかしら」
彼女は看守から渡された水を飲み干して続けます。
「反乱後の六芒星は改革のひとつとしてコルテを観光地化した。これにより魔法使いも非魔法使いも平等に商売もできるとね。けれどまたも六芒星は判断を間違えた。コルテは魔法使いの聖地、そう観光客が求めるのは魔法なの。だから非魔法使いも商売できるなんてウソ。魔法を求めて魔法使いが経営する店に人が集まって、それ以外は興味無し。
結果的に得したのは従来の魔法使い。非魔法使いは観光客の為に汗水垂らしているのに、全く還元されない。まぁ観光客向けに景観が整備されて楽になった部分もあるけど。
でもその為の負担も国民が背負っている。結局は自分達に都合の良いことばかり押し付けてくる魔法使いに鬱憤が溜まって、今のような溝が出来上がったのよ。それは今まで続いて、はぁ……」
彼女は嘆息を挟みました。そして瞳に悲哀の色を一層強く浮き上がらせていました。
「魔法使いと非魔法使いが互いに差別しあう歪んだ構図が完成した。
そんな中で父は魔法使いと非魔法使いが同じ景色を見られるようにと魔石発動機を開発したの。素晴らしいでしょ? でも最後は話した通りよ。
金貸しが非魔法使いを迫害する魔法使いの組織だったの。元々の差別的思想と父の開発理念に反発してバカ高い金利をふっかけたり嫌がらせを繰り返した結果、父は死んだ。で、私は犯行に及んだってワケ。どう、失望した? ホントにクソッタレよね…………クソがッ!!!」
彼女は机に大きく拳をぶつけました。憎悪、激憤、悲壮、苦悶。激しく昂らせる感情を抑えるように手錠の鎖が突っ張って音を立てました。
胸が痛む話でした。本当なら彼女に全てを同情したいほどですが、罪は罪であり、擁護は決してできません。それを踏まえて、私は自分の思いを率直に伝えようと口を開こうとしました。緊張か恐怖からか、唇が震えているのが自覚できます。
「…………確かにコルテのやり方は間違っているかもしれません。でもそれは“人”の問題であって、魔法そのものが悪いわけではないと思います。私は姉とフーリエちゃんから、魔法で夢と希望を与えてもらいました。魔法が私の原点であり、今の私の存在意義でもあるんです。だから“魔法使いの聖地”という名に失望したとしても魔法の力を信じ続けます。アサクラさんも、そうだったのではないですか」
ガラスの向こうで目を丸くされました。正直、自分でも驚いています。でも、これはハッキリと伝えなきゃいけないことなんです。そうでなければ、私の意思さえ自分で否定することになるから。
私は、たとえこの先、魔法を貶されて虐げられたとしても比奈姉とフーリエちゃんが与えてくれた力は絶対に手放しません。もう二度と大切な物を失いたくないから。
「……そうね。わたしも魔法に憧れていたのかもね。そうじゃなきゃ、あんな研究してないもの。でもね、ひとつ教えてあげる。世の中は残酷で理不尽、信じていたものほど簡単に裏切られるのよ」
「昨夜ずっと聞いて回ってたんです。アサクラさん自身のことも、発明のことも。トックリさんも、アメさんも、そしてマクヴェイルさんも、世界を変えてくれるって口を揃えて言っていました」
食い気味に放ったエリシアさんの言葉に、アサクラさんの瞳孔が開くのが見えました。
マクヴェイルさんへの調査の時に言っていた“準備”とはそのことだったのでしょう。彼女が、アサクラさんを信じていた人達まで恨まないように。
「確かにアサクラさんが言うように技術そのものにしか興味なくて、アサクラさんは親の遺した物で食ってるだけの人と言う人もいました。でも!………… ちゃんと信じている人はいましたよ。アサクラさんのことを正しく見てくれている人はいるんです。わたしもリラさんもそうです。あの時の光景はまさしく魔法そのものだった、そうですよね」
エリシアさんの言葉にしっかりとうなづきました。
何度でも肯定します。あの光景はまさしく魔法そのものだったのです。魔法を初めて見た時と同じ興奮が、高揚が確かにあったのです。
「だからせめて、信じてくれている人を悪く思わないでください。きっとアサクラさんの思いを受け継いでくれる人が、アサクラさんの望む世界へと変えてくれますから」
「時間だ。退室するように」
看守から面会終了を告げられました。
アサクラさんはただ一言「ごめんさない」と小さく呟いて面会室出ていきました。ドアの向こうへ消えていく直前に見えた横顔には、小さく光る雫がありました。




