夜の海風の中で
さざ波の音が、頬を撫でる潮風が、私の心の奥底にある微かな緊張を呼び覚まそうとしていた。
夜も深みを増してきたウインマリン地区。ここにアサクラを呼び出して、例の事件について追及する。
色々と経験してきた私でも、爆破事件の主犯と対峙するのは初めて。調査局に全部丸投げしてもよかったのだけど、今のコルタヌ六芒星では場合によっては対処しきれないと思った。
とにかく魔法に頼りすぎなところ、六芒星内で不仲が生じていること。今回の事件は完全にそれらに付け込まれている。単純に考えるだけでも危うい。
「ねえリラ。月見える?」
何の気なしに、前で箒を操るリラに尋ねた。リラはぎこちなく、言葉を詰まらせながら答えた。
「えっと、そう、ですね。細い三日月が、浮かんでます……」
「うーん……」
出会った当初を思い出す超絶人見知り声。最近は治ってきたぽいのに、今日の昼からこんな調子。風邪みたくぶり返すものなのだろうか?
私は腕を組んで考えこむ。重力操作で相手の動きを封じるのが手っ取り早いのだが、月の大きさによっては重力を大きくできない。相手がどれくらい耐えられるかにもよるけど……まぁ現地合わせでどうにかするってことにしよう。
見上げれば、長方形に切り取られた星空が見える。試しに見える範囲での星を詠んでみた。本職ほどではないけど、それなりには占星術を心得てるつもり。
「結構手ごわいかもなぁ」
「やっぱり、アサクラさんが……?」
「軽く星を詠んでみた感じそうだね。実は星詠みの魔女の予言は聞いててさ、その日の夜は危ないって」
「えっ……そうでしたか……凄いです」
「どうもさっきから無味乾燥な返答しかしてなくない? 初めて会った時はちゃんと感情が乗ってたのに、今のリラは感情を失った引きこもりみたいだよ」
「ひぇっ、そ、そんなことは……ただ緊張してるだけですよ」
後ろをちらと見る横顔は、明らかに怯えの表情だった。主犯と対峙するのが怖いのか、同情していたアサクラに裏切られて哀しんでいるのか、それとも別の原因か……。私も悪魔ではないので、あまり追及しないことにした。
やっぱりエリシアを連れてくればよかったとも思ったけど、彼女の心境を考えると言いづらいのは確か。アサクラとは意気投合してたらしいし、そんな人に直接裏切られるかもしれない恐怖心は理解できる。
結局は戦闘になれば私が戦うしかない。これも自らの身の秘匿の為と考えれば行動できるものの、もしそうでなければガン無視して強行出国も辞さないよ全く。
やがて波の音が大きく耳に入るようになり、埠頭が近づいているのを感じた。そもそも彼女は来ているだろうか、ちゃんと騙せているだろうか。前提としてそこが気がかりだった。
箒は潮風を受け、海に突き当たって埠頭へ出た。右を向いて少し先に人がいる。
「箒で空を飛ぶには良い夜だね」
「……っ! あなた達ね……」
箒を降りてスタスタと近づいた。
作業用の地味なズボンと上着を着たアサクラは、怒りに満ちた顔を一瞬向けたが、金貸しでないと認めると表情を戻す。
私は帽子の端を指で弾いて「どうも」と挨拶した。実はこの仕草やってみたかったんだよね。何か後ろで小さく歓喜の声をあげられているけど気にしない。もう慣れた。
もしかして金貸しと会うつもり? と声を掛けると彼女は眉をひそめた。
「どうしてそれを……!」
「だって呼び出したの私だもん。例の神話演武会場の爆破事件、色々と君に話を聞きたくてさ。呼び出すついでに確認しておきたいことがあったから、名前を騙らせてもらったよ」
「………………っ、最低ね。人の弱みに漬け込んで脅すなんて。これだから魔法使いは気に入らないのよ」
アサクラの言葉に胸が少し締め付けられる。でも仕方ない、こうした方が彼女の犯行動機の裏付けが取れる。実際にこうやって来ているのだから、彼女に恨みの念があるのは確実だろう。
波が引いていく音と共に私は口を開いた。
「君の父は、本当は病気ではなく借金絡みのトラブルでの自殺だった。お金を借りた先が魔法使いで、君は父が自殺した原因になった魔法使いという職業を恨み、そして魔法使いの聖地であるコルテという国にまで相手に反逆を企てた。ざっくりとこんな感じでしょ?」
「なによ急にわたしを犯人扱いして。その時わたしは家にいたのよ。聞き取り調査でも立証されたわ」
「そうだろうね。だって家にいる必要無いもん。振動で暴発するニトロの爆液を忍び込ませて、演出による揺れで爆発するように仕向けた。ニトロが生息しているのはアバンスの森、私達に魔鉱石を取りに行かせた場所だね。そして渡した魔鉱石の中にはニトロの爆液が抽出できる物が入っていた」
「えっ、あのアポナントカ……?」
「そう。アポ・オイロックはニトロの派生種だから爆液の成分も含まれてる。ついでにニトロはこの辺じゃアバンスの森にしかいないそうだね。んで君は『アポ・オイロックは偶然取ってきた物でしょ?』と反論する」
「…………っ!」
推理が立っていれば反論は容易に想像がつく。さっさと終わらせる為にも、相手の勢いを削ぐ為にも、まくし立てて結論までもっていく。
相手に隙を与えず主導権を握らせない。力業感が拭えないこの話術は、調査に向かっているときのエリシアから学んだ。
「私達に取らせに行ったのだから森に魔鉱石があるのを知っているし、数も把握してるはず。あそこは元から9個しか生えてこなくて残り1個を取ろうとしたらアポ・オイロックから採取せざるを得なくなる。そう仕向けて爆液成分入りの魔鉱石を手に入れて爆液を抽出したんでしょ? 次はどうやって爆液を仕込んだかについてだね」
「あのう、生えてくるって、どういうことですか……?」
「 貴女、魔法使いなのにそんなことも分からないの?」
「あ、うぅ……」
リラがおずおずと手を上げると、私が口を開く前にアサクラが割って入った。
相手に話を持ってかれたじゃないか、とリラの方を見たら怯えた目を返されて少し罪悪感が沸いた。いつもなら「その目最高!」って興奮するのに、今日のリラは少し変。元から変だけど。
アサクラはまるで説教するかのように魔鉱石について解説する。
「魔鉱石は、転がってる普通の石が地中にある魔力を吸い上げて成長してでき……」
「ただし一日に吸い上げられる魔力量は決まっていて、アバンスの森では魔鉱石9個分だった。魔力を全部石に持ってかれると魔力のバランスが崩れるから、自然が制御してるということだよ。まぁリラは私に教えられて魔法使いになったから、魔法学校で習う部分は知らないよね」
無理やり割り込んで主導権を戻す。
「ともかく、爆液を仕込んだ手順だけど、タトラ商会に忍び込んで搬入前の木箱に入れたんでしょ? 商会と君の家は近いから、どんな物が入って出ていくか観察できるだろうしね。そしてこれは商会と運営側の責任でもあるんだけど、会場に到着した際の検品を行わないと知っていたから、商会に忍び込んだんでしょ。そっちの方がリスクは少ないし」
一呼吸入れて、続きを喋る。潮風が吹いてきた。
「タトラ商会の購入履歴を見たら君の名前もあった。商会の建物は倉庫で入口から裏口まで見渡せる。頻繁に出入りしてる君なら、どこに何があるのか把握できるはずだよ。侵入した方法は、まぁ適当にガチャガチャってやったんでしょ? 手先器用そうだし。釘の打ち直しも造作ないことだと思うよ。しかしまぁ何で会場に到着してから中身を確認しないんだろうね。始祖の前では嘘は通用しないって、思いっきり利用されちゃってるじゃん。宗教上の思想と仕事の責任は別でしょ?」
大袈裟に呆れる素振りして、アサクラの反応を伺う。彼女は私を鋭く見据え、右足をコツコツと打ち鳴らして不満と嫌悪を露わにしていた。それこそ反論させろと訴えるように。まぁさせないけど。
ふわりと母譲りの金髪が揺れてローブがバタつく。ついでに知らない間にリラが私のローブを掴んでいた。私は母上ではない。
「という訳で一度仕込んでしまえば君は家から出る必要がない。のんびり技術書を読んでる間に舞台は大惨事。ポストに投函した犯行声明文が六芒星の元へ届いて大騒ぎの大混乱。同時に溜まりに溜まった非魔法使いからの鬱憤も大噴火してコルタヌ六芒星は解体される……そんな流れのつもりだったんでしょ? あ、そうそう君の魔力の付着についてだね。あの基盤出してくれる?」
「あ、はい」
おずおずと差し出される手から袋に入った焦げ焦げの基盤を受け取り、アサクラの目の前に掲げる。
私は瞳孔が開くのを見逃さなかった。元から視力は良い方だけどバフかけて夜目が効くようにして正解だった。
「しめやかに爆発四散してサヨナラしたと思った? 調査局が血眼になって復元したんだって、魔法を使わずに。これは自然には存在しない魔力に変換する物でしょ? これを通せば、アサクラの魔力が”暗号化“されて特定できなくなる。逆に言えば、付着した誰のものでもない魔力を変換させれば、アサクラの魔力になる」
「まさか一度壊れた物で試そうってワケ?」
「さすがに魔法でも時間までは戻せないよ」
嘲笑するアサクラのズボンに目を向ける。手首を振って杖を出し、手を突っ込んだ左ポケットに向けた。腕の隙間から浮かんできた物体は、四角い小さな板。それを手元に引き寄せて、彼女にひらひらと見せつける。
一瞬怯えと驚愕が混ざった目をしたが、すぐに眉を潜めて警戒色を強めた。どうやら図星なのは確定らしい。私は、もう諦めたら? と口角を上げた。
「どうせ金貸しを殺すつもりだったんでしょ? 私が名前を騙って呼び出したのは基盤を持ってこさせる為だったのさ。決定的な証拠を確実に得るにはこの方法が手っ取り早くて簡単だし」
「くっ…………!」
「おっと臨戦態勢? できれば話し合いで解決したかったのになぁ。面倒臭いし」
「…………わたしは、変えるッ! この腐った国をッ!」
完全に戦闘体制に入ってしまった。
穏便に済ませたかったけど仕方ない。こうなるのも予想の内だし、やるしかないか。




