わだかまりに包まれながら
フーリエちゃんと別れてエリシアさんとマクヴェイルさんに聞き込みを行うことになりました。
マクヴェイルさんはアサクラさんの父の友人であり、友人の自殺をきっかけに犯行に及んだ可能性があります。もっともフーリエちゃんの中では、アサクラさんが犯人と決まっているようですが……
しかし、前夜祭の催しとして行われた魔石発動機を搭載して箒によるレース。その光景が目に焼き付いて離れないのです。
魔法が使えない不便や劣等感を払拭し、誰もが魔法と同じ力を使える世界を目指していた。その願いが本物の魔法と遜色ない光景を描き、私達に興奮と感動を与えてくれました。そんな人がテロ行為をするなんて、どうしても思えません。
主観が過ぎる、私が単純すぎると言われれば反論はできません。しかしエリシアさんも同じ心持ちのようで、特にエリシアさんはアサクラさんと仲が良い様子でした。だから余計にそう思ってしまうのです。
同じ感情を共有した仲間が落ち込んでいるのに、見捨てるような真似はできません。フーリエちゃんに対しては後ろ髪を引かれる思いですが、いつまでも弱気なままフーリエちゃんの陰に隠れてはいられませんから。
私も成長しないと…………
「着きました」
「そう、ですね」
海に面するマクヴェイルさんの店。今日は港が休みのようで、波の音がより鮮明に聞こえてきます。
その波音が緊張感を余計に引き立たせます。もしもアサクラさんが犯人だったら……悪い予感に身震いします。
「こんにちは。マクヴェイルさんいますか」
「いらっしゃい。どうも大変なことになってるみたいだね」
「実は例の事件について直々に調査の協力を頼まれまして、それでまぁ、その、申し上げにくいのですけど……」
「申し上げにくいってことは、僕が容疑者なのかな? もちろん僕じゃないと主張するけど、主張するからには取り調べに応じる。でもその前に、なぜ僕が容疑者に浮かんだのか理由を聞かせてくれるかな?」
マクヴェイルさんは演技のような素振りを見せず、素直な態度で応えます。しかし、アキノリさんの死について口にすると明らかな動揺が見られました。
「アキノリさんの自殺は本当なのですか」
「……あぁ、本当だ。工房で首を吊って死んだ。原因も借金絡みで間違いない」
「お金を借りた業者が魔法使いで、さらにこの国には魔法使いとそうでない人との溝が深いと聞きます。その事情を踏まえるとマクヴェイルさんが魔法使いによって友人が自殺に追い込まれ、国を相手に犯行に及ぶ動機ができてしまうのです」
「確かに、僕はあの借金取りを恨んでいる」
マウクヴェイルさんは目を伏せました。しかしすぐに視線を戻し、まっすぐこちらに向けます。
「でも既に解散してしまったし、復讐するとしても、彼の愛していた魔法を悪用はしたくない」
その言葉と目から嘘を吐いているようには思えませんでした。しかしこれはれっきとした調査、主観だけで決めつけてはいけません。
私は紙切れに描いた基盤を見せて問いました。実は絵描きの端くれとして創作活動してたことあるんです。
「こ、このような物品に心当たりはありますか。」
「確かその変な物はアサクラが持ってた気がするな。あの魔石発動機の元となる機械をアジップカーブ平原で拾った時に一緒に持ってきた」
「アジップカーブ平原……?」
「コルテに入る前にあった場所ですよ」
「あそこで魔石発動機の原型となる機械をアキノリが見つけて、そこから着想を得たらしい。アサクラが引き継いでからも定期的に行っては持ってくる」
「やっぱりワープホールから……工房内を拝見しても、いいですか」
「もちろん」
エリシアさんは展示スペースを、私は奥の工房を調べます。
まずはざっと見渡した限り、不自然な場所はありません。
床はコンクリートのような材質で表面は少し荒め。壁は恐らく石材で、展示スペースと工房を繋ぐドアの向かい側に、正方形の窓がひとつ。窓の隣に裏口があって、部屋の左右の壁には棚と中央に作業台といった配置です。
ひと通り触ったり動かしたり、爪で少し引っ掻いてみたりとしてみましたが、隠してある気配はありません。探知魔法を使っても怪しい反応は無し。単に能力不足で探知できてない可能性もありますが……まだ初歩段階なので。
次に裏口から外に出てみると細い路地裏に繋がっていました。ゴミ箱とそれを漁る1匹の野良猫、そしてマクヴェイルさんの物と思われる小さな作業台と工具箱がありました。大人が1人通るのでやっとな狭さの中で作業しているのでしょうか。職人魂ってやつ?
こちらも調べましたが怪しい物はでません。ゴミ箱の中も、魔法で中の物を浮かして一つ一つ見ましたが刃物の破片と木くずのみ。隣接する敷地とは隔たりが設けられているので、わざわざ投げ込んで証拠隠滅するとは考えにくいです。
「エリシアさんは何かありましたか。こっちは何もありませんでした……」
「こちらもです。証拠も痕跡も、何ひとつありません」
「そうですか……やっぱりアサクラさんが……」
「アサクラがって、どういう意味だい……?」
マクヴェイルさんがかなり困惑した様子で問いかけてきました。
「最初にお話しした調査結果から、アサクラさんにも容疑があるんです。それもマクヴェイルさんと共犯だろうと」
「ち、違う、僕も違うがアサクラがそんなことするとは、とても……」
「わたし達もそう思います。主観ですけど、アサクラさんは素晴らしい人ですし、技術によって魔法と同じ力を得て革命を起こそうと目標を掲げていたのに、爆破事件で国を変えようとするなんて信じられません。何よりわたしも魔法が使えません。でもアサクラさんは魔法と同じ景色を見せてくれたから、余計に……」
「でも、君達の調べではそうなんだろう。あの国家公安調査局の協力もあるとなれば、容疑者が絞られた段階で犯人が確定しているようなものだ。でも、仮に犯人だったとしてもアサクラは望んでいなかったはずだ。自らの生み出した技術で、亡き父から受け継いだ技術で国を変えたかったはずだ。それはどうか、理解してほしい……」
マクヴェイルさんは深々と頭を下げながらそう言いました。声も震えていて、それは悲愴よりも怯えの感情によるものに感じました。
“埃ひとつあれば犯人まで辿り着く” と言わしめる公安調査局に対してなのか、魔法使いとそうでない人との溝のせいなのか、あるいは両方かは分かりません。
ただ今の私は、アサクラさんへの疑惑が余計に高まった事実に胸が締め付けられるだけでした。
「……ご協力、ありがとうございました」
店を出ました。もはやどんな言葉を発していいのか分かりません。
太陽は水平線に沈み、夕焼けが徐々に宵に浸食されていく途中。あと30分も経たないうちに夜になるでしょう。
「わたし、切り替えます!」
「え、えと、どうしました……?」
「もしアサクラさんが捕まっても、魔法使いを恨んでいたとしても、アサクラさんを認めてくれてる人は職業関係なくいたと伝えるために準備することにします。もしかしたらアサクラさんが無罪である証拠も出てくるかもしれません。少しでも希望が持てる方向に動いたほうが良いと思うんです」
エリシアさんはぎこちない笑みを浮かべながらそう言いました。自分では全くもって思いつかない変換に、思わず目を丸くします。
ほんとにエリシアさんは色んな意味で凄い人です……
「それにしてもフーリエさん、なんか雰囲気違いませんでしたか? こう上手く言えないですが」
「わ、私も思いました。よく分からないけど、遠くに感じたというか、差を感じてしまったというか」
「フーリエさんは元は貴族でしたもんね。平民とは違う思想とか感覚とか、それが垣間見えてそう感じたのかもしれません」
エリシアさんの意見に納得しました。
出会ってから日数もまだ浅く、フーリエちゃんには知らないことばかり。そして身分を捨てているとはいえ、やはり私とは違う。差異に対して漠然とした臆病な心が出てしまっているのかもしれません。
……それが判明したところでポジティブ方向に向ける訳ではないのですが。
頭を悩ませながら宿に戻り、そしてアサクラさんと対面する時間となりました。




