もっと証拠をください!
タトラ商会を出て神話演舞の舞台に向かおうとすると、見知った顔から声を掛けられました。
「あら、エリシアにリラじゃない。この前はありがと」
「アサクラさん! 優勝おめでとうございました! すごく……凄かったです!」
「本物の魔法みたいで、輝いてました!」
「そう? そこまで言われると努力した甲斐があったわ」
しかし言葉とは裏腹に浮かない表情でした。肩も見るからに落ちていますし、不愉快な事があったと容易に想像できます。
アサクラさんが重い口を開きました。
「実はね反響が芳しくないのよ。ある新聞は邪道な産物とも書いてて、もちろん肯定的な意見もあったけど…………はぁ、なんかこう、上手くいかないわねこの世の中は…………」
「でも技術はすごいです間違いないです! 絶対成功しますって! あの箒に乗ったとき、ときめきましたもん。空の景色ってこんなにも美しいんだって。それを誰もが体験できる、素晴らしいことじゃないですか!」
「……そうやって無条件で肯定してくれるのは貴方だけよ。ありがと。爆破事件とかあって物騒だから、気を付けてね」
重い笑顔を張り付けてアサクラさんは去ろうとしました。それをエリシアさんが引き留めます。
キリっとさせた目からきっと捜査モードに入ったのでしょう。
「その件についてなんですが、なにか知ってることはありますか?」
「え、っと、何も知らないわ。その時は家で技術書を読んでいたから、遠くで音が聞こえたくらいよ」
「そうですか……うーんアサクラさんからも情報が得られたらと思ったのですが」
「ちょっと待って、捜査をしているの?」
「はい! 長から指名を頂いて事件解決に向けて奔走している最中です!」
そこまで走ってないけどね、とフーリエちゃんが小さく呟きました。かわいい。
一方でアサクラさんの表情は一変して、険しいものになりました。不信感を向けられているようで、心臓を掴まされたような感覚が胸を襲いました。
彼女はコルテに対して不満を露わにしているので懐疑の目を向けられるのも仕方ありません。しかも一般旅人が急に長の直属になっただなんて怪しさ満点でしょう。私達のことは公にされていませんし、されていたとしてもフーリエちゃんの元々の立場を考えればあり得る話ですが、それも秘匿事項ですし。
「言ってはなんだけど、私もあの声明には同意するのよね。まぁやり方は絶っ対に間違ってるけど。まぁ、頑張って」
「はい! アサクラさんもお気をつけて!」
アサクラさんは振り向かずに去っていきました。なんだか急にドライな感じになってしまいました。無意識に彼女を不愉快な気持ちにさせる言動をしてないか心配です……
生誕祭のメインステージ。先日はここで神話演武が執り行われ、大勢の観客が詰めかける生誕祭の目玉のはずでした。
いまだ会場は半壊したまま。調査のために瓦礫もそのままです。
「これは……酷い」
「木っ端微塵とはこのことですか……」
巨大だったステージは跡形も無く消滅したと言っても過言ではありません。細かく裂かれた木片が周囲に散らばっているのみです。
爆発に巻き込まれた観客席は、下側が3分の1が崩落。残りはかろうじて残っている状態です。
比奈姉の座っていた位置は、崩れた列のすぐ後ろ。本当にギリギリのところだったんですね……
「何か証拠があればいいんだけど、この有様では証拠もろとも破壊されてしまったかもね」
「時間を巻き戻す魔法とか……」
「いくら魔法でも時間は操れないよ」
フーリエちゃんに食い気味に否定されました。フーリエちゃんなら、という微かな期待を賭けてみましたが限界はありますもんね……
「|casabseim:iqa《探知:鉱石》」
確か火薬の原材料は鉱石だったはずなので、探知の魔法で鉱石の痕跡が無いか探すことにしました。
フーリエちゃんのように、特定の捜索物を特定の場所まで探知するのはできませんが、大雑把になら探知できることが発覚したのです。
するとひとつだけ鉱石の反応がありました。それも爆発の中心地であるステージを示しています。探知魔法がなければ、全ての瓦礫をひっくり返して探す羽目になってたでしょうね。
反応があった場所の瓦礫をどかして反応の行先を探ると、爆発していない火薬のような粉が数グラムほど残っていました。
「これ、魔鉱石だ」
「魔鉱石発動機の燃料の魔鉱石ですか?」
「そう。この場所は火薬が保管されていたステージ右下。ここにあるということは、本物の火薬に混ざって偽の火薬が混ざっていたということになる。でも一体何故……?」
「あぁそれは小道具用のダミーの火薬だよ」
「ヒャッ!?」
何なんですか、この世界の住人達は背後から急に話しかけるのが文化なんですか!? せめて「ちょっといいかな?」とか尋ねる文言を出してくださいな!?
振り向いたらガタイの良い中年男性。なんとなく一番苦手なタイプだ…………
「えっとあなたは?」
「搬入管理の監督をやってた者だ。この場所に本物の火薬と、魔鉱石を粉にした爆発しない小道具用の火薬を置いていたんだ」
「なぜそんな混同しやすいことを? ダミーの火薬だから大丈夫という心理を使って、爆液を中に忍ばせることができてしまいませんか?」
エリシアさんが先陣切って、ズバズバと質問します。
自信に満ち溢れた表情からするにミステリーの探偵か刑事気分なんでしょう。左目のモノクルが余計にそれを演出します。
「判別できるように、ダミーの方には黄色のペンキが塗られていたぜ。もっとも、こうなってしまては証拠もないけどな」
監督の人はガハハハッと笑い飛ばしました。こういうところが苦手なんですよね……。ガタイの良い中年男性って空気が読めない人が多い気がする、そんな偏見。
「ま、いいでしょう。その魔鉱石を搬入したのは誰ですか?」
「タトラ商会だよ。モノホンのと一緒に持ってきた」
「これはまた逆戻りですね……」
さすがのエリシアさんも少々お疲れの様子。
ウインマリン地区とメインステージは隣同士の地区ですが、地味に距離があるんですよね。近くて遠い、でも隣という微妙な距離感。地味に疲れるやつです。
フーリエちゃんは先ほどから何回も、ふあぁあとあくびを繰り返しています。子供ぽくてかわいい。
「……今子供ぽいとか考えてたでしょ」
「ウェッ!? ナニモ!」
「身長をも効率よく誤魔化せる魔法作ろうかな……」
フーリエちゃんはつま先立ちして、頭の上で杖をくるくる回しています。そんな仕草が愛らしくてたまらんです。
「「かわいい…………」」
偶然にもエリシアさんと声が重なりました。互いに無言のサムズアップです。




