神話演武
【ある村に1人の農家の娘がいた。名はベルタ。彼女はまだ収穫を任される程の歳と背丈ではなく、毎晩の畑の見回りを任されていた。
ある星の晩。ベルタが空を見上げると、一筋の奇妙な星を見つけた。それは彼女の方へ一直線に落ちていく。
ベルタが豪速で落下する星を右手で受け止めると、両手で包んでそうと見守る】
星は物語の通り、空から落ちてきました。舞台上の演出ではなく、本当の夜空から落ちてきて、それをベルタ役の演者が受け止めたのです。
魔法使いの聖地だからこそできる演出なのでしょう。
【やがて星は大きくなり、人の形と成っていく。輝きが消えたとき、星は幼い子供の姿を見せた。
少し辺りを見回して、子供は畑に興味を示す。ベルタが声を掛けるより先に、子供が指を振ると畑の作物が一斉に実った。
月夜の晩である。日の光を浴びなければ育たない作物がみずみずしく、月明かりに輝いて収穫を待っていた】
……比奈姉は現れません。立見席が最後方ですから、いるなら前と横のはず。
茶髪のセミロングで赤い眼鏡。眼鏡は目立つアクセサリーですが、常にしていた訳ではなかったので、とどのつまり茶髪セミロングの女性が目星になるのです。
何人かは顔が判別できて違うと確定しましたが、もう何人かは顔が見えず特定に至りません。しかし大幅に絞れただけでラッキーです。このまま注意深く観察しましょう。
【ベルタは子供を連れて帰った。ベルタの父は、神から授かった子供だと喜んで、セレーネと名付け世話を娘に命じた。
セレーネは成長が早く、3日で娘と同じ背丈に、10日で少女となった。セレーネは不思議な力を使い、千の魔物を払い嵐を沈め、不治の病から人々を救い名声を轟かせた。
ベルタが少女となり、セレーネが大人になった頃、2人に王都から招集が掛かる。セレーネを次期王妃としたい王の意向だったが、王の前に謁見したセレーネは拒否し、更に隕石の飛来を予言した。それを聞いた王は激怒し、セレーネを追放とベルタの処刑を命じる】
昔話らしい王の身勝手で理不尽な独裁でした。
ふと横を見ると、一直線に舞台に目線を送るフーリエちゃんの表情が薄っすらと見えました。間近で見るフーリエちゃんの横顔、尊い……比奈姉にも見せてあげたい……
と、フーリエちゃんの横顔に見とれていたら、エリシアさんが肘で突っついてきました。振り向くとエリシアさんが右斜め下を指さしています。
半円型で舞台に向かって下がっていく観客席。最上段の立見席から見て数段下がった列。エリシアさんが指し示す通り右斜め下に、茶髪の女性がいました。
――比奈姉だ。3年間ずっと待ち続けていた比奈姉、本山比奈。
顔はハッキリと見えないけど、体つきも雰囲気も比奈姉そのもの。ずっとずっと、会いたかった……
「あ、ちょっとリラ!?」
「静かに。わたし達は続きを見てましょう」
「……なるほどね」
夢中で走り出しました。周りの目など気にしないで、ただそこにいる比奈姉だけを見て、全速力で。ずっと、ずっと、ずっと待ち望んでいた……!!
比奈姉、比奈姉、比奈姉!!! 私はここにいるよ!! 魔法使いになれたよ、魔法が使えるようになったよ、比奈姉の言葉は嘘じゃなかった!!
伝えたい、伝えなきゃ、今までのたくさんのことを何もかも全て洗いざらいに、色んなことを…………全て!!!
【ベルタは監獄へ収監され最期の時を待つこととなった。セレーネは初めて、怒りに感情を染めた。生まれ持った力を使い、王都の門を破り、たった1人で数百の兵士を散らして監獄の襲撃へ向かう】
神話演舞は盛り上がりを見せ、戦闘の音が重く会場に響き渡ります。劇とは思えない迫力と演技力。
しかし今はそんなことどうでもいい。重要なのは比奈姉だけ。
「はぁはぁはぁはぁ、ここを降りるんだ…………っ!」
下った先に比奈姉はいる。もう少しで届く。
私はここにいる。妹はこの世界にいる。信じられないかもしれないけど、私だって信じられないんだ。想像もしていなかった。だけど想像もできないことが、魔法は起こりうるって比奈姉は言ってたよね。
今それが起きているんだ。もう一度その顔を、手を――
「比奈姉!!!!」
迷惑なのは分かってる。神聖な演劇の最中なのは分かってる。それでも叫ばずにはいられない。
赤い眼鏡のテンプルが茶髪の間から除くその頭が、私に振り向いて――――
ドオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!!!
瞬間、耳をつんざく爆音と衝撃を熱風に晒され、反射的に目をつむって身を屈めました。
バラバラと何かが崩れさっていく音、悲鳴、怒号。
目を開けて飛び込んできたのは、崩壊して火に包まれる会場。そして大勢の倒れた人々。
「リラ!!! 大丈夫!? 逃げるよ!!」
「……ッ! 比奈姉は、比奈姉は!?」
「今はそれどころじゃない!! 今すぐ離れるよ!」
「見えた、比奈姉が振り向いた! もうすぐでその顔が見えそうで!」
比奈姉は無事なの!? 比奈姉はどこに!? ああ、その腕、邪魔ですって……ッ!
「また、私は、失うのは嫌ッ……! 腕……、邪魔……ッ!」
「暴れるなっ……! 自分の命がなければ元も子もないでしょうが!」
体が舞い上がって、炎に包まれた会場が遠ざかって……人々が逃げまどっていて……エリシア、さんは、フーリエ、ちゃんは…………
「水被って冷静になって。火傷もしてるじゃないか」
急に水を被って心臓が飛び跳ねました。フーリエちゃんが支えてくれなかったら、箒から落下するところでした。
周囲からは悲鳴と怒号が反響し、私とフーリエちゃんと同じように箒で逃げる人々が横を抜けていきます。
「……! そうだ、フーリエちゃんは無事ですか!? エリシアさんも!」
「私は無事だよ。防御が間に合って、私の周囲の人はたぶん無事。エリシアには先に宿へ逃げるように伝えた」
「先にって、わざわざ私を助けに来てくれたのですか……?」
「当然でしょ。何の為に今まで一緒にいたのさ。まさか正気まで失ってるとは思わなかったけど……それだけお姉さんへの想いが強いってことか」
あぁ、やっぱりフーリエちゃんとの出会いは運命だったのでしょう。こんな私に、ここまでしてくれるなんて…………
私は絶対にフーリエちゃんの手を放しません。命を危険に晒してまで駆け付けてくれたのです。一生付き添わなきゃ恩は返せません!
「私のために、ありがとうございます。危険な状況なのに心配してくれて、逃げ出させてくれて、何と感謝したらいいか……」
「そんな辛気臭いのはやめて。ずっとその調子なら、そこら辺に捨てていくよ?」
「あぁもう大好きですフーリエちゃん!!! 最高にかわいいぃ!!!」
「分かったから抱きつくな!」
ああフーリエちゃんふわふわ……かわいい!
……しかし、これからどうすれば良いのでしょうか。心は落ち着いたものの、まだ頭が状況を理解していません。
急に爆発して、会場が崩壊してて、今は逃げている最中で、街は混乱していて…………事故? それとも事件?
なにより比奈姉は無事なの? 考えることが多すぎて訳分からなくなってきました。
ひとまずは宿に戻ってエリシアさんと合流、状況整理が最優先。
遠ざかっていく火の海を、ただぼうっと見つめるしかできませんでした。




