異世界にも暴走族みたいなのがいるんですか!?
深夜のウインマリン地区。眩しい昼間とは打って変わって、月明かりのみが街を照らす幻想的で静かな場所へと変貌しています。
しかし埠頭へ近づくにつれて騒がしい音が鼓膜を震わせます。エンジン音のような、低く唸る音が波音をかき消していました。
やがて大きな道路へ出ると、数人の人達が箒を持ち寄って集まっていました。
音の正体は箒から出ているようで、建物の影からではよく見えませんが、普通の箒とは全く違う形をしています。これが後付けの動力機関を備えた空飛ぶ箒なのでしょうか。
「一体何の集まりなんでしょう」
「さぁ……犯罪組織ではないのを祈るよ」
「うぅ~二日酔いの頭に響きますぅ~……」
エリシアさんが酔い止め薬を飲んだのと同時に、箒に乗った2人が横並びになりました。
そして眠りから覚めた猛獣のごとく、けたたましい音をあげながら2本の箒が猛スピードで闇夜へ消え去ったのです。変わった形と音を除けば、箒による直線競争がその正体でした。
「私見たことあります。これの箒じゃなくて車でやってるのを」
「クルマ……? 馬車のこと?」
「あ、えと、そうです。馬車です」
「それ競馬でしょ。競馬の箒版だから、競箒?」
「ウォォォエ! ウッ、ゥロロロロロ……」
エリシアさんが吐いている間にも、次から次へとスタート位置に並んでは去っていきます。さながら暴走族です。
「観戦の人? コソコソしてると怪しまれるよ?」
「ピャッ!?」
背後から声を掛けられ振り返ると、薄汚れたツナギのような服を着た少女がいました。頭には皮製のヘルメットを被ってゴーグルをしています。
そして手にしている箒が変わっています。通常より延ばされた柄は形が流線形に整えられていて、穂先の付け根からは左右にL字のレバーが伸びています。
同じく穂先の付け根の上部分には、小さなエンジンのような機械が搭載されて、毛の中から管とタンクのような筒が伸びていました。
空飛ぶ箒の時点で本来の使い方から逸脱していますが、この箒はもはや形だけの別物です。
「アサクラって人を捜してるんだけど、ここにいる?」
「アサクラはわたしだよ。これからレースに出るから、用があるなら後にして。観戦ならご自由に」
アサクラさんはそれだけ言うと、レース会場と化した埠頭へスタスタと行ってしまいました。私とフーリエちゃんも追いかけます。
「ウォエ! オロロロロロ……」
エリシアさんはまだ無理そうです。まあ吐けば楽になるでしょう。知りませんけど。
アサクラさんがスタスタと箒を運び点検を始めると、周りを囲うように人が集まりました。
「また来たのかアサクラの嬢ちゃん。今度はどんな小細工をしてきたんだ?」
「トックリさんもよく付き合うよなぁ」
「改革だのの前にまずは金だ。集客のためにお前さんみたいな弱いのは必要ないんだよ」
まだ1戦もしていないのに、酷い言葉を浴びせられるアサクラさん。しかしアサクラさんは一瞥すらしないで、トックリさんなる人物の元へ直行して勝負を挑みました。
「トックリさん! また勝負お願いします!」
「もちろん! へへっ、アサクラちゃんを見てると若い頃を思い出すよ」
スタート位置につくと、同じように直線を飛び去って行きます。
しかし差は歴然。アサクラさんはスタートこそ並びかけたものの、あとは離される一方でした。減速する後ろ姿が少し虚しく見えます。
その後も集まった人達によって同じ流れが繰り返され、終わったのは日付が変わった頃でした。
フーリエちゃんは表情こそ変わらないものの、未知なる空飛ぶ箒に興味を魅かれていました。オッドアイの瞳が月明かりに負けず輝いてかわいい。
一方エリシアさんは顔を真っ青にして道端に寝ていました。かわいそう。
「はぁ。終わったわよ。それで貴女達はなんの用で来たの」
「魔法が使えなくても箒を飛ばせる動力機関を探してた。もしかしなくても、これがそう?」
「ええそうよ。でも魔女さんには必要ないでしょ?」
「そこにいるロクデナシに必要だから」
「あの青ざめてる人……? ますます理由が分からないわ……」
「私はフーリエでこっちがリラ。ロクデナシがエリシアで、3人で旅をしている。エリシアは魔法が使えないから、その機械を使って一緒に箒で飛べるようにしたいの」
「あんなのと……?」
あんなの呼ばわりされてしまったエリシアさんですが、酔ってなければ心強い味方なのです。コミュ障が発動して口には出せませんでしたが。
アサクラさんは数秒考えると、私達に条件を提示してきました。
「スピードは出ないけど耐久性はバツグンの、旅のお供には丁度いいのがあるわ。魔鉱石を持ってきてくれたら譲ってあげる」
「いくつ必要? 数によっては前言撤回することになる」
「10個。アバンスの森で取れるはずよ」
「10個か。考える」
フーリエちゃんが目を閉じて腕組みを始めました。これは脳内で損得計算をしている証拠。
得になれば一緒に動くし、損ならば私とエリシアさんだけを向かわせます。典型的な怠け者ですが、そこが良いのですよ。
数秒後、オッドアイの目が開きました。計算が完了したようです。
「分かった、引き受けるよ。でもこちらも条件がある」
「お金もよこせって?」
「違う違う。私が欲しいのは興味への許可。その機械を詳しく見せてくれる? 魔法が関わる新技術に目がなくてね」
「お安い御用よ。企業秘密でも何でもないから」
「じゃあ今と同じ時間に渡すってことでいいかな」
「昼間でも構わないわよ。起きてる予定だから」
アサクラさんとの交渉が成立しました。一旦別れて、魔鉱石を集めたらアサクラさんのお宅へ凸です。
エリシアさんが箒を使えるようになれば、お互いに楽になるのです。このチャンスは逃せません。
「はぁ……今日は喋りすぎて疲れました……」
「貴族に生まれなくてホントによかったね。それにしたってリラの人見知りは異常だけど」
「治せればいいんですけどね……」
フーリエちゃんのあくびで耳が幸せになりながら、フラフラと後ろを歩くエリシアさんにも気を配りつつ、のんびりと宿まで箒を飛ばしました。




