今日から本格的に比奈姉探しです
次の日。街の喧騒で目が覚めました。窓から見下ろすと、朝から出店が立ち並んで賑わっています。
生誕祭の本祭は明後日。私も興味はありますが、こういう類のイベントには参加したことがないので少し萎縮してしまいます。
「朝から賑やかだねぇ」
「フーリエちゃん、おはようございます」
「おはよ。しかしこれではリラのお姉さん探しが容易ではないね」
「ひとまず冒険者ギルドだけは行きたいです。あまり時間は掛けずにささっと」
「それがいいかもね」
窓辺に腰掛けるフーリエちゃんの横顔は、とても柔らかい表情でした。はあぁぁ〜見ているだけで幸せ……ガチ恋しそう……
ところでエリシアさんはというと、ベッドから転げ落ちて寝ていました。枕元には酒瓶が数本。
「エリシアさん起こしてあげますか?」
「いや起こさないでおこう。きっと死ぬ程疲れている」
フーリエちゃんは、あくびをしながら魔法でネグリジェからいつもの服装にポンッと着替えました。ひとつひとつの動作がかわいくてたまらんですねぇ〜
フーリエちゃんがパチンと指を指を鳴らすと、どこからともなく箒がやって来て、窓辺に止まりました。
今日は愛箒のメンテナンスも兼ねて、フーリエちゃんが飛ばすそうです。
「その箒を呼び出すのって、どうやってるんですか?」
「秘密。私の専売特許だから誰にも教えない」
「私もなんか一芸欲しいです」
「自分で考えて習得しないと芸にはならないよ」
フーリエちゃんにド正論をかまされました。
箒の後ろ側を叩いて、乗ってと合図されたので私も乗ります。
フーリエちゃんの箒は、座った瞬間から乗り心地の良さと安定感が伝わります。高級車のシートに座っているようで、こんな場面でも魔法の実力が計り知れるのが面白いところです。しゅき。
眼下に見える人混みを眺めながら、箒を飛ばして冒険者ギルドに着きました。前夜祭だからか、朝から飲んだくれてドンチャン騒ぎ。やっぱり冒険者にロクな人間はいないのでは……?
「す、すいません。モトヤマ・ヒナについて、何か情報、ありましたか……?」
「その方についてですと、いくつか情報がありますね。まずこの国には1か月ほどか月ほど前に入国していて、まだ出国の履歴がありません。目撃例は、貨幣局と旧コルテ城とであります」
「つまりまだ比奈姉はこの国にいる……あ、ありがとうございます!」
まずはフーリエちゃんも見たという貨幣局へ向かうことにしました。得られるものは少ないでしょうが、そこにいたという痕跡だけでも貴重な情報源です。
「ええ確かにモトヤマ・ヒナと名乗る人物が両替に来ました。領収証も残っているので間違いないです」
「ちなみに、どこへ行ったとか、分からないですよね……?」
「申し訳ありません。私もそこまでは……」
「あ、だ、大丈夫です。ありがとうございました」
次は旧コルテ城。始祖が晩年に住処として建設した城で、つい最近まで議事堂とコルタヌ六芒星らの住居として使用されていたそうです。
フーリエちゃんが早口で解説してくれました。かわいいぞ。
「す、すいません、ここにモトヤマ・ヒナという人はいましたか……?」
「そういえば来ていたような気がします。凝視して見学していたのが印象的でしたね」
「な、何か言ってたりしましたか……?」
「独り言を言っていたような気がしますが、内容までは……」
「あ、あとは、どこへ?」
「港の方角へ帰られました。ウインマリン地区です」
「あ、ありがとうございます。行ってみます」
器用に箒の上で昼寝中のフーリエちゃんを起こして、最後に目撃されたウインマリン地区へ向かいます。
エリシアさんには悪いですが、置き手紙を読んでもらって後から来てもらいましょう。
※※※※※※
魔法大国コルテの西にある港町、ウインマリン地区。
白い漆喰の壁が太陽で輝き、地面は石畳。青と白のストライプの旗が海風に揺れ、港湾ではひっきりなしに船の出入りが行われています。
そんな街の、入り組んだ路地裏に大衆酒場ゼニヤッタはありました。
しかし私は未成年。この世界では歳からお酒が飲めるとはいえ酒場は大人の世界です。
フーリエちゃんがいるとはいえ、できれば入りたくないのが本音。ましてやフーリエちゃん小さいからつまみ出されそうですし。
「今しれっと失礼なこと考えていたね?」
「ヴェ! ナニモ!」
「望んで背が小さくなってる訳じゃない……」
いいんですそれで! 小さいのは悪いことじゃない!ああもう推しがかわいすぎる!! 天使かよ天使だったわ……
と、今は限界オタクしている場合じゃありません。ともかく比奈姉について聞きださねば。意を決して扉を開けます。
チャリンチャリンという鈴の音とは対照的に、中は薄暗くてアルコールの匂いが充満しています。カウンターとテーブル席があり、ダンディな店員さんがひとりいて、私が想像する酒場のイメージそのままでした。
幸いにもお客さんはおらず、安心して萎縮しながら話を聞くことができそうです。
「いらっしゃい。観光客かい? 昼から飲めるのは観光客の特権だね」
「あ、あの、その、飲みにきたんじゃなくて、ひ、人を探して、まして」
「人? どんな人だい?」
「あの、髪が茶色で、肩くらいの長さで、フード付きのローブをした女の人、です」
「うーむ…………」
店員さんが腕組みをして記憶をひねり出してくれています。見ず知らずの私のために時間を割いてくれるのに感謝です。
それはそれとして、この返答待ちの時間が気まずくて仕方ないのは私だけでしょうか。
「うん、いたね。数週間前の深夜に1人で飲みに来ていた。魔法の研究でコルテに来たと言っていたかな」
「……!!! ああありがとうございます! すごく、助かりました……!」
「どういたしまして。その子は友達なのかい?」
「いえ、私の、姉です……ゆ、行方不明で」
「そうか……彼女も妹のことを仄めかしていたよ。再会できることを祈っている。せっかくだから一杯――」
何かを言いかけた瞬間、店のドアが激しく開け放たれました。
白いシルエットに背中に背負ったマシンガン。どう見てもエリシアさんです。
「やっと見つけましたよフーリエさん!!」
「げぇどうしてここが分かったの」
「探しても探しても見つからないから、ヤケクソで酒を飲もうとしたら酒場からフーリエさんの気配を感じたのですよ! あぁフーリエさんの髪の毛愛おしき……マスター駆けつけ1杯!」
「はいよ」
なんという嗅覚。私もその感覚を身に着けたゲフンゲフン。
フーリエちゃんが横からツンツンと突っついて、早く行こうと急かしてきます。そういうところですよフーリエちゃん私が狂っても知りませんからね……!
「お、お騒がせしました……」
「いいってモンよ。酒場とは本来こうあるべきなんだ。また聞きたいことがあれば、いつでも来てくれ」
「あ、ありがとうございました!」
「マスター! ウォッカをショットで!」
「はいよ」
またもエリシアさんは置いて、得られた情報を元に比奈姉探しへ戻ります。
「あぁそうだ。ひとつ思い出した」
「は、はい。何でしょう……?」
「お姉さんは、生誕祭までいると言っていたよ」
「…………! 重ね重ね、ありがとうございます!」
これで比奈姉の見つかる確率がグンと上がりました。しかし依然として具体的な場所は分かりません。
生誕祭までいるということは、ほぼ確実に祭典には現れるのでしょうが……




