エリシアさんが仲間にしてほしそうに、じっとこちらを見つめています!
翌朝。宿を出ると、道の向かい側でニコニコ笑顔の女性が立っていました。
白いロングヘアと薄水色の服。左目にモノクルを掛けた、清楚な見た目とは裏腹に背中にマシンガンを背負った人物。どう見てもエリシアさんです本当にありがとうございました。
「フーリエさん! リラさん!」
「げぇ錬金術師」
「初っ端から拒絶しないでください。今日から一緒に旅をする仲間じゃないですか」
「ウソでしょ……酔っ払ってた時の記憶が残ってる……」
やっぱり覚えてた。都合の悪い事は忘れられて、良い事は覚えられてるパターンは酔っ払いの典型です。
「昨夜にフーリエさんは、いいよと答えてくれましたよね!? ちゃんと言質は取ってますからね、ねぇリラさん?」
「え、あの、取らされた記憶は、無いです」
「ええー! り、リラさん、同志のはずですよね……?」
エリシアさんに絶望の表情でこちらを見られましたが、無いものは無いです! 私、関係ない! 知らないやってない私じゃない!
「存在しない記憶です! ふ、フーリエちゃんに直接聞いてください!」
「フーリエさん、さっき言いましたよね!? 酔っ払ってた時の記憶が残ってる、と!?」
「詰んだ……リラ助けて」
「私に投げ返されても困ります!」
いくらフーリエちゃんと言えども、自分で出したボロは自分で処理してほしいです! それこそ、私は関係ない案件じゃないですか。
エリシアさんの中では仲間になるのが確定しているらしく、キラキラした目でフーリエちゃんを見ています。錬金術について熱く語っていた時とは違う、欲望に近づいて喜びを感じている目です。
「ああぁぁもう…………ひとまず落ち着こう。そこのカフェにでも入って、話を擦り合わせよう。朝食もまだだし」
「めっちゃオシャレじゃないですか……私には不釣り合い……」
「自意識過剰すぎるでしょ」
「ウグァッ!」
こうかばつぐんクリティカルヒットやめてください死んじゃう。
どう見ても異世界版ス〇バみたいなカフェに委縮しつつ、フーリエちゃんの影に隠れるように入店。そこ、背が小さいから隠れられてないとか言わない。そこがかわいいんですよ。
「いらっしゃいませー」
「キャラメルチップオレンジクリームモカのトールをオレンジクリーム少なめクッキーフリックちょい足しで。あとフレッシュサンドの鶏ハムトッピングで」
「わたしはレギュラーのドルチェモアにオレンジピール追加とフレッシュピーチハートサワー、サンドはマンハットカフェファラオ」
「???????」
呪文か、大盛ニンニクマシマシ系ラーメン店のコールか、はたまた未知の言語か。陰キャバイバイな単語の羅列で頭がおかしくなりそうです。
店員さんもザ・陽キャだし、陽キャのまぶしいオーラで自我が消失してしまいそう。帽子を深くかぶって目線を切らないと即死します。コワイネ。
案の定、リラはどうするのと聞かれましたが、一応対策はあります。
「普通のコーヒー小さいサイズとサイドメニューはフーリエちゃんのと同じのを」
「かしこまりましたー」
はい完璧。コミュ障はピンチが予測できていれば、どんな言葉を振られるか想定して答えを用意しているのです。それを上手く口に出せるかは別問題ですが。
ほぼ貸し切りの店内で、私はあまり目立たない端の席に速攻で座り、フーリエちゃんとエリシアさんを呼び寄せました。これで心置きなくゆっくりできます。フーリエちゃんとエリシアさんも座って、まずはフーリエちゃんが話を切り出しました。
「仮にエリシアがついて行くとして、私とリラは箒だけどエリシアはどうするの」
「走るとか? あとは銃を後方にぶっ放して推進力を得るとか?」
「バカかな」
「冗談なのに」
フーリエちゃんのいう通り、エリシアさんとの移動速度の差は問題です。
徒歩と同じスピードで箒を飛ばすのは箒移動の利点を消してしまっていますし、かといって箒は2人乗りが限界。エリシアさんを箒に括り付ける、台車に乗せて引っ張る方法はビジュアルが見せしめのようになるので却下。
電動自転車のような後付けの動力、かつ魔法使いでなくても使える物があれば最適解のように思いますが、そんな都合のいい物なんてあるのでしょうか? 一応ダメ元でフーリエちゃんに聞いてみましょうか。
「あの、魔力で動く後付けの推進機関があれば、一番いいのかなーなんて思ったんですけど、そんなのは無いですよね……」
「そういえば聞いたことあるよ。魔鉱石を燃料として動く、箒を飛ばす動力機械が」
「え、あるんですか? そんな都合の良い物が……?」
「言ったでしょ、魔法は都合の良いから色んな発明がされてきたって」
ンンンンンンンッ! 最高……ロマンの塊……異世界ならではの技術、気になります!フーリエちゃんによれば、【コルテ】の港町で存在を聞いたとのこと。あぁそっちも早く行きたい……!
ついでに、丁寧に両手でサンドを持って頬張るフーリエちゃんが途方もなくかわいい!
「移動手段はどうにかなるとして、実際にエリシアが加入してどんな利点があるの」
「わたし、錬金術師でも戦闘は得意なんです! 数多くのクエストをこなしてきましたから。リラさんは魔法、わたしは物理で分担すればいいです。世の中、魔法耐性を持った魔物もうじゃうじゃいますからね」
「戦力が増えるのは有難いけどねぇ……」
呪文めいた名前のコーヒーをすすりながら、デーブルを指でコツコツ叩いて思案するフーリエちゃん。なんだか面接めいてきました。
私としてはエリシアさんが加入するのは歓迎なのですが。私だけでは戦闘でも心もとないし、異世界では知り合いは増やしておきたいですし。
「わ、私は全然構いません。エリシアさんは悪い人ではないし、私が比較的普通に話せる、貴重な相手でもありますから」
「リラの判断基準はそこなの?」
「それだけじゃないです。同じフーリエちゃん好き同士、仲良くなれそうな気がしますし、他にも色々と気が合うと思うんです。あ、あくまでも直観ですけど……。その直感を大切にしたいといいますか、自分が仲良くなれそうと思った相手には、せめて自分から関わりにいきたいんです」
フーリエちゃんはしばらく目を伏せて思案すると、小さく「分かった」とつぶやいて顔を上げました。その顔は、ほんの少し爽やかさを感じさせる微笑でした。
「齧る脛が増えた」
それはフーリエちゃん流の歓迎の言葉であり、労働力確保の合図でもありました。
エリシアさんはフーリエちゃんの言葉が伝わってない様子でしたが、意図を伝えるとガッツポーズで喜びを表現し、テーブル越しにフーリエちゃんに抱き着こうとする始末。やっぱりどう見ても、こんな人が清楚な身なりをしているのは変です。世界の七不思議に入れてもいいくらい。
「ねえやっぱり前言撤回していい? フーリエちゃん好き同士って部分を軽く見積もりすぎてたから、もう1回見積り直してやり直そう」
「契約した後に破棄するのは、王族が許嫁に対して婚約破棄を宣言するくらいにご法度ですよ!?」
「これは正当な取引の為の必要処置として認めて貰いたい」
「司法が許して、私が許してもコイツが許すとは限りませんよ!!」
「店で銃口を突き付けるな!!」
ワイワイとまくし立て合う2人、それを微笑みながら見つめる私……第三者視点から見たら映えるシチュなんだろうなと自画自賛してみたり。
「ともかく! わたし、エリシア・ラーダの仲間入りは確定したということで、改めてよろしくお願いしますね! 特にリラさんとはフーリエさんの可愛さに魅了された者同士、一緒の旅を通してフーリエさんの可愛さを至近距離で享受し共有し合いましょう」
「こ、こちらこそ……!フーリエちゃんの“担当”同士、よろしくお願いします!」
「担当ってなんだ担当って」
同じ好みを共有できるのはオタクにとってこの上ない喜びであるのです。フーリエちゃんも結局は、自身への執着を利用してもっと楽をしようという思惑で仲間入りを許可しましたが、果たして上手くいくのやら。
早くも2人目の仲間を迎えた異世界旅。新たな仲間が加わった旅は一体どこへ向かい、どんな景色を見せてくれるのでしょうか。
サンドイッチ最後の一口は、それはそれは新しく新鮮な味がするのでした。




