月陰の陰謀
その日の夜。一面を覆う灰色の後ろに月光は無く、重く暗く不気味に上空を漂っています。
フーリエちゃん曰く、新月は月の魔力を受けられないために、魔法使いにとっては不吉な日とされているそうです。
時刻も深夜近くになり、草木も寝静まって昼間の騒ぎも一時中断…………そう思っていました。
「大変だ大変だべ! センチュリーの屋敷の門が破られちった!」
情報屋が血相を変えて店へ飛び込んできました。そろそろ扉のHPが心配です。
「裏口がら入って内側がら開けたんだと。護衛とまだどんちゃん騒ぎしてて、もしかすっと宮殿の中さ入られちまうかもしれね」
「クラウンロイツの方は」
「センチュリーから緊急招集されたない。まだ情報は出回ってこね。それど、ヒュースベルの家さ兵士がわんさか囲ってるみてだ」
「もうセンチュリー家は崩落まで秒読みだね。あとはクラウンロイツがどう市民へ働きかけるか」
「崩落って、政権交代ってことになるんですか。ちょっとした騒ぎどころではなくなってませんか……」
私は少しの思案を巡らせながらフーリエちゃんに尋ねました。
「支配貴族が変わるという意味ならその通りだね。ただクラウンロイツ家に交代してもらったほうが都合が良い部分もあるんだ」
「というと」
「ルーテシアの思想の話だよ」
フーリエちゃんは普段と打って変わって神妙な面持ちでそう口にしました。
「死の自由という考えを論じられるほど、この国は成熟していない。だから単に殺人として流される可能性を危惧している。でもクラウンロイツ家なら論じる為の土台は用意してくれるかもしれない」
「えっと、土台だけでいいんですか」
「一朝一夕で理解されるものじゃない。本質を理解する為の議論、前段階が今は必要なんだよ」
死の自由という思想は時代を先取りしずきているとフーリエちゃんは言います。いくらセンチュリー家への不満が爆発しているとはいえ、ルーテシアさんの思想が受け入れられるかは別の話です。
先取りしすぎている故に、概要だけ掻い摘んで結論が出てしまうことを危惧しているのです。そしてその心配は支配貴族がセンチュリー家のままでは大きかった。
なので対抗姿勢を見せるクラウンロイツ家に変われば、その心配が少ないため都合がいいのです。店主姉妹もいるのですからなおさら。
ふとエリシアさんの口数が少ないなと隣を見てみたら、白目をむいて天井を見上げていました。エリシアさんには難しい話で脳が処理しきれずフリーズしてしまったのでしょう。いやブルースクリーンかもしれない。
「だけんどもルーテシアはどうなんだべ。包囲されてっちゃ入らんねべ」
「そこは本人に聞かないと分からない。ヒュースベルと口裏合わせて犯行予告だけ出した可能性もある」
「なして、ルーテシアとは喋ってねがったのかい」
「あくまで利用させてもらってる立場だと思ってるから。それに彼女の意思を元に動いた方が安全マージンが取りやすいと思ってね」
フーリエちゃんは度々、本人の意思に合わせたいとの旨を口にします。龍民族の村での出来事でもそうでした。
それ自体は素晴らしい考えであるのですが、一方で基本的に利己的なフーリエちゃんの性格とは合わないように思うのです。
仲間意識が意外と強いのは当然理解っているのですが、赤の他人、しかも厄介事を持ちかけてきた相手にもそのスタンスを見せるのにはどんな意図があるのでしょうか。
「そうそう。ヒュースベルへの犯行予告に対して反応は?」
「雇ってたと認めてるし、クビにしちらっちゃのも正当だと主張してる。本人が依頼しだとしても、働いてた頃のアレコレとは無関係だど」
「あくまで無一文で追い出したのにはしらを切ると」
それ以外に重大な原因があったはずですが、無一文に着目してしまうのは、やはりフーリエちゃんらしい部分というか。
情報屋も幾分かの当惑を顔に浮かべました。きっと私と同じ感想だったに違いないです。
「まぁ、あどはクラウンロイツは何も言わね。それどころじゃねべした」
「現状は把握できた。それじゃ随時何かあればよろしく」
「わがと顔合わせてっと、こっちが手のひらで転がされてる気がして気持ちわりな。こいうのは性じゃねぇんだ」
「十分に有り難い存在だよ」
「そうがい」
フーリエちゃんは微笑を浮かべて情報屋を見送りました。
フーリエちゃんを除く全員――スタンレーという国の全員がフーリエちゃんの手で操られている。そんな気配すらして不気味さまで感じるのでした。