やっぱり、私はフーリエちゃんを……
「フーリエちゃん、何を企んでいるんですか……私には、フーリエちゃんの言葉、ひとつも理解できません」
「怯えた目で見ないでよ。国家転覆する訳じゃないし、何ら悪事を働こうって魂胆じゃない。転換期に起こりえる事象を起こすだけ。……そう、国家が大きな変革の狭間にいる時、市民は動くんだ。ふつふつと溜まった不安、不信、不満、不景気、不公平……変革という不安定になりがちな時期に一気に吹き出すのさ。長年溜めてきたマグマが一気に噴き出すようにね」
「結局それって革命運動じゃないですか! 暴動が起きて、兵が制圧して、犠牲者が出て……そこまでする必要があるんですか!?」
「そこまで至らせるつもりはないよ。市民の不満を統治者にぶつけるのは市民に与えられた権利であって、その範囲内でやろうと画策してるよ。私だって無意な暴動まで発展させたくない。めんどくさい」
やはり私にはフーリエちゃんの言葉が理解できませんでした。スタンレーという国全体を巻き込んでまで動乱を焚きつけたところで、一体何が解決するのでしょう? それこそ無意な争いで無意な犠牲が生まれるだけです。私が歴史で学んできた革命運動の多くでは流血が伴い、フーリエちゃんが言うように無血で成し遂げられた例はピューリタン革命くらいしか知りません。
「え、エリシアさん! エリシアさんはどう思いますか!?」
私への賛成意見を期待しながらエリシアさんに意見を求めました。もう胸ぐらを掴んで説得したいほどの気分でした。
「わたしはそもそも、ルーテシアさんとリラさんの意見には賛同しかねます。やはり生を受けたからには寿命を全うすべきと思いますし、殺生与奪の権を他人に与えてはならないと思います」
「でも寿命を全うしようと思ってもできない人がいるんですよ! エリシアさんも見たように、下層での生活水準はとても低いんです。彼女が産まれ育ったスラムで同じことが言えますか」
「ならフーリエさんの画策通り、国中を巻き込んだ大騒動を起こす必要がありますね。必ず血が流れるとは決まっていないんですから、不安がることはないんじゃないですか?」
「……………」
根本が違う。根の埋まった土壌から違う。私とふたりにある大きくて深いズレが脳を締め付けます。
必ず血が流れるとは決まっていない? 人と人が衝突しているのに? ただの喧嘩でさえ流血沙汰になるのに? 分かりません。私が異端なのでしょうか? 平和ボケ?
しかし悲しくも悔しくも、私が外部からの転生者であるのはどこまでも続く事実であり、私はこの世界の全てを知らないのです。馴染んだのと理解は違う。……そう。何も知らない外部の人間が口出ししても、良い方向には向かわないのです。私は異世界の人間だから。この世界を完全に理解していないから。
【クラウンの掲示板】に戻ると急に全身の力が抜けてどっかりとソファに寝転びました。急に頭が空っぽになって頭が真っ白。ストッパーが掛かったように何も考えられません。こんな難しいこと考えるの、初めてだったかも……
「どうしようかなぁ」
フーリエちゃんはカウンターに座りコツコツと指でテーブルを叩いています。
「飲みかけのビンテージウイスキー、105年。一口なら、バレませんよね……?」
相変わらず酒に目がないエリシアさんはボトル棚を漁っていて、今日ばかりはそのアル中行動がほんの少しの安堵感を与えてくれます。それでも私だけが反対意見だったのはショッキングですが……
「……私、何か間違ってるのかな」
「リラの意気持ちも理解できるけど、そう上手くはいかないのが世の常だよ。私は社会学には疎いから何とも言えないけど、貴族に対抗するなら手荒にやらないと無理だ」
ぽつりと呟いた言葉をフーリエちゃんに拾われてしまいました。
「貴族は“個”なんだよ。築き上げた富や権威や地位を失えば、家族も親戚も苦しい生活を強いられることになる。没落したとなれば貴族間でその情報は広く知れ渡る。横にも縦にもね。後ろ指を指されながら財産を切り崩しての生活。つまり貴族にとって、とりわけ統治する立場にある場合は、その地位に居続けることは家族を守ることに繋がる」
「リラさんも考えてみてください。例えばリラさんが学会の理事長で、お姉さんが学会の最高権威と評されるほどの研究者だとしましょう」
エリシアさんが人差し指を立て、例え話でフーリエちゃんの話を引継ぎました。
「ある日、お姉さんの論文に不正が見つかりました。研究結果の捏造や他の論文からの無断転用など悪質な不正で、激しい糾弾を受けて、学会から追放しろとの声が挙がってしまいます。その時、批判した学者の追放もできる程の決定権を持った理事長であるリラさんならどうしますか?」
「そ、それは…………えと……」
「答えなくても大丈夫です。迷ったということはお姉さんを守る為の行動――他者から見れば到底許されない行動――をとる選択肢があったということですよね? 貴族もそれと根っこは同じとイメージしてもらっていいです」
エリシアさんの例えで少しだけ貴族側の心情が理解できました。世襲制で国家の運営が身内で行われているが故に発生する思考なのでしょう。
家柄の歴史、誉れ、名声、財産、そして家族。それらを天秤にかけた時、国民を抑え付けてまで現状を維持する選択肢が生まれてしまうのも仕方ないのかもしれません。
「エリシアも良い説明をするね。でもリラも分かっているように、いくら身内だからって隠蔽や弾圧は許されない。だから普通はひとつの貴族で全ての国の運営をしないで、側近の貴族と運営を分担する。というか、そうしないと全てを抱えるのは人員的に無理だから」
「もしかして、スタンレーでは違うんですか」
フーリエちゃんはゆっくりとうなづきました。目尻が僅かに下がったのが、事の本質における重要性を察せられます。
「知ってのとおり今のスタンレーはセンチュリー家とクラウンロイツ家が統治している。両家は従兄弟関係で、一緒にコルテから独立して建国した」
「あ、なるほど。だから正反対な国が近くにあるんですね」
曰く、スタンレーは魔法の聖地コルテの領地だったそうです。コルテの領地は現在より三倍近くも広く、長と六芒星で全てを統治するのは不可能。
そこで補佐として買って出たのがセンチュリー家でした。最初は上手く関係が続いていたものの、科学や工業技術が芽吹いていくと対立が目立つようになりました。
魔法だけで国を発展・存続させたい長と六芒星。科学も工業技術も取り入れて国の土台の底上げを計りたいセンチュリー家。対立の末にコルテは領土を放棄しセンチュリー家はクラウンロイツ家も引き入れ独立し、現在のスタンレーが建国され多そうです。
「話を戻すと、ただでさえ圧政に陥りがちな君主制において、スタンレーでは身内で固めて他に貴族もいないから余計になりやすいのは理解できるよね?」
こくりとうなづいて返答します。
「圧政の中、声を上げるだけで変わるなら革命なんて言葉は存在しない。リラの言うことも最もだけど現実はそうはいかない。リラもある程度歴史は学んでいるだろうし、スタンレーよりも圧政で苦しんでる国のことは耳にしてるでしょ」
「…………そうですね。どうにもならない現実は、確かにありますしね。それにフーリエちゃんなら平穏裏に事を終わらすつもりなんでしょうし」
「私らは旅人だよ」
フーリエちゃんは私の言葉に満足したように微笑みました。私だって何でもかんでも話し合いで解決すると信じているほど楽観主義ではありません。解決していたら魔法少女も戦隊ヒーローも戦う必要はないのです。
それでも怖いのには変わりありません。引きこもりだったゆえに抗議活動とかデモ活動には無縁でしたし、コルテでの出来事もあります。とても平然とはしていられません。
だからこそフーリエちゃんを信じるしかない。信じるしかないし頼るしかないのです。