異世界来たらクエスト受ける、これ基本
えと、どうも、リラです。
ひょんなことから異世界転生して、現在はかわいい最推しの魔女っ娘フーリエちゃんと共に、行方不明の比奈姉を探して旅をしています。
最初に飛ばされた街カリーナから東に箒を滑らせて、比奈姉の目撃された魔法の聖地【コルテ】という国に向かって、まずは知識の貯蔵庫とも呼ばれる貿易都市【グノーシ】に到着しました。
「すーっ、はぁー。すーっ、はぁー。すぅぅぅ、はぁぁぁぁ」
「さっきから何回深呼吸してるの」
「分かりますかこの紙の匂いインクの匂い。そして古書の匂いシミの匂い!この街最高ですよこんなにいい匂いが街中で嗅げるなんて!」
「変な目で見られてるからやめて」
「変な目で見られるのは慣れっこなんで大丈夫です」
「いやこっちが大丈夫じゃない」
グノーシは、かつて存在した世界を東西と南北に走る交易路の交差点に位置していました。そのため世界中からありとあらゆる書籍がこの街に持ち込まれました。
世界に1冊しかない歴史資料から、謎の言語で書かれた奇書も。畳2枚分の巨大な本から蟻サイズの極小の本も。必ず幸福になれる噂の本も必ず不幸になる噂の本も。この街ならどんな書籍だって揃います。
そんな街の中央にある、某同人誌即売会の会場くらいはありそうな巨大な白い建物が図書館でした。水平垂直が意識されたデザインは建物から本棚のほうに最適化させたようで、本を中心とした意匠が見て取れます。
私はカリーナですっからかんになった財布に潤いを復活させるべく、クエストを受けることにしました。この街に冒険者ギルドは無く、依頼の類は図書館にある掲示板に張り出されているそうです。
……え? ならカリーナで受ければいいだろって? いやあそこはもういいです。あんな混沌とした場でクエスト受けたいですとか言えないです。
「でも図書館に掲示板があるなんて珍しいですね。そこが街の集会所も兼ねているんでしょうか」
「グノーシは書籍や絵画による貿易に力を入れていたからね。文化的価値の高い物品は金と同じく価値が下落しにくいと考え、実際それらで多くの収益を得られた。だからこそ図書館や画廊は、街の中心的な施設になってるんだろうね」
「うーん、いまいちピンときません。だって地図を見ても商業施設ばかりで、それ以外は併合されてばかりじゃないですか。なのに領地はカリーナの半分くらい。広さに対して商業施設の占有率高すぎません?」
「それには別の理由がある」
「別の理由?」
よくぞ聞いてくれました! と言わんばかりにフーリエちゃんは生き生きと、若干早口でグノーシの歴史を解説してくれました。どうした急に。
曰く、この都市は隣にあるカリーナと一緒だったそうです。それが約300年前の龍王軍との戦いでグノーシから騎士団、鍛冶屋、狩猟ギルドなどが前線基地として現在のカリーナに移動しました。
そして龍王軍に勝利すると、それぞれの場所で復興が進みグノーシは商業に特化した貿易都市として、前線基地は世界最大の宿場町として発展したのです。
「なるほど。実質的な役割分担が今のグノーシとカリーナの間にはあるのですね」
「そうそう。今はすっかり分離して独立してしまったけど、大昔の名残で繋がりが続いているんだよ。こういうのが歴史と地理の面白いところだよねー」
あぁ、オッドアイの瞳をキラキラ輝かせているフーリエちゃんが尊い……一生見てられる……
尊みを享受している間に図書館の前まで来ました。遠目で見ても大きいなら、近くで見ればさらに巨大。中に入ると外見そのままの広さが広がっていました。まさに本の森。
本棚の高さは天井まであり、奥行も長距離走ができるほど。さらに五階建てとあっては、地図を活用しても目的の本に辿り着くのに一苦労しそうです。
本が傷まないよう窓は無いものの、換気扇が回り、観葉植物と計算された証明の配置によって明るい雰囲気を演出しています。中央には半円形の貸し出しのカウンターがあり、独立してクエストの受付と掲示板がありました。現在張り出されている依頼はたった1件のみ。
「えーと古代生物の調査? 西のはずれにあるダンジョンで幻の古代生物の目撃情報。詳細な調査報告求む。なおサポートとして弊社より人材を1名派遣する。報酬10万マイカ。成果により追加報酬あり。依頼主『レスター新聞編集部』」
「変わった依頼ですね。日雇いのバイトみたいです」
「依頼主から人が送られるってことは、すなわちその人に丸投げすればいいってこと。これは良いクエストじゃないか」
「うわぁ……さすがにそれは引きますよ……」
「いや元はリラの資金稼ぎのためでしょ。私は行く必要ないし、どうするかはリラの判断……あぁ分かった分かったからそのクズを見るような目はやめて。流石に言い過ぎかもと反省してるよ。でも人が来るらしいけど大丈夫?」
「あっ」
完全に盲点でした。顔も名前も知らない赤の他人と協力して仕事なんて無理です。バイト経験ゼロ、社会経験はもちろんゼロ。学校でのグループワークはいつも最初からいなかった子扱い。
相手がどんな人にもよりますが、一時的でも仕事関係になる人とは付き合える気がしません!フーリエちゃんに助け舟を出してもらいたいですが、今回は私の資金を調達するのが目的なので、やっぱり自分でどうにかすべき。
うへえええどうしましょう~依頼は一件しかないし、他の依頼が来るのを待つのも不確実です。自分で受注する勇気もないので、失礼を承知で言いますが人材派遣ガチャSSRを期待して受けるしかなさそう……
「腹は括りました。この依頼を受けます」
「そうやってギルドの前で何十分も右往左往してる人を知ってるよ」
「うぐっ……フーリエちゃんって意外と毒矢を刺してきますよね……っ。でもそこもしゅき……」
「括ったのが解けないうちに早く出しなよ」
「あ、えと、これお願いします……」
使用済みレモンの如き勇気を絞って受付に提出しました。しかし事はそう上手く進まないようです。
「冒険者ギルドの会員証はございますか?」
「い、いえ、持ってないです」
「申し訳ございません。こちらの依頼は冒険者ギルドに所属している方に限定しておりまして」
「えーと、どどどどうしよう?」
私にとってギルドはひとつの憧れでもありますが、私は比奈姉を探して回る旅人。どこかの団体に所属するのは行動を制限されてしまうので好ましくありません。
それにフーリエちゃんと別れたくありません!! せっかく旅の同伴者として選んでくれて、魔法まで教えてもらったのに恩を返さずに別れるのは絶ッ対にありえない! 推しにお金を貢がせろ! 貯金ができたら10万マイカぽんッとくれてやるんです!
まぁとどのつまり、お金を稼ぐ唯一の手段が絶たれて八方塞がりな状況でして。ガックリ肩を落としながら思案に暮れていると、突然に背後から声を掛けられました。
「お困りのようですね」
「ひぃん!?」
静かな空間で驚かせるようなことは止めて頂きたい!
振り返ると、キャスケットを被ってアンティークなカメラを首から下げた、灰色のショートカットの少女いました。まるで記者のような格好です。
「お久しぶりですフーリエさん!」
…………コミュ障に新しい登場人物をぶつけるのもやめて頂きたい!




