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限界コミュ障オタクですが、異世界で旅に出ます!  作者: 冬葉ミト
第6章 蒸気都市で、便利屋として走り回ります!
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交錯する思惑

 心臓が大きく突き上げられました。あの時に言っていた前世を信じるか、という質問の意味はこれだったのか。まさか私と同じ世界から……?



「前世は、どんな世界だったんですか」

「……ここよりもずっと青い、青い空だった。古ぼけた写真のような灰色の空ではなかった。鮮やかな景色で、人々は明るい。自分が前世で何者だったかは分からない。ただ、少なくとも、あの世界はここよりも素晴らしいことは、微かな記憶の中でも理解できる。様々な権利が認められ自由に生き死ぬ世界。ボクはその理想を叶えたい」

「じゃあ、抗う声を与えるためというのは、自由に死ぬ権利をと主張させたいからなんですか」

「そうだ。下層の人間は貧困や貴族からの圧力に苦しみもがきながら生きている。ボクは居住区48番街の裏路地で産まれ、育った。ほとんどスラムで住む場所はあって無いようなもの。食べ物も満足に得られない。そして母親が死んで生きる理由も無くなった。なのに自分で自分の命に刃を突き立てるのは怖い。そんな矛盾の中で気づいたんだ。自分と同じように死にたいのに死ねない、死ぬ勇気が出ない人がいると。ならボクが刃を振り下ろす役目を担わなければいけないと、そう思ったんだ」



 吐き出すように言葉を並べ、そして言葉を区切ると深く息を吸い込み、嘲笑するように鼻で笑ってみせました。俯いて僅かに覗く瞳に光はありません。



「…………ま、ボクがバカだったんだ。理解されないと知っているのに期待してしまったボクの落ち度。そこのメガネも前世を信じていると言っていたが、結局は不自由の無い人間には分からないんだ。死にたいのに死ねない。自分へ向けた切っ先が怖くて寸前で止めてしまう。突き刺せば楽になれるのに、どこかで隠れている生存欲求が泣き声をあげる。死にたいけど死ぬのは怖い。そんな矛盾に嫌気が差して更に自殺願望が膨れ上がる、そんな負の連鎖を、君らは知らないだろう?」

「分かります!!!」



 私は叫びました。自分の意思で、彼女の連ねる単語の間に突き刺さるように。だって私も同じだったから。



「私も自殺願望を持っていました。姉、比奈姉がいなくなってから生きる意味を失って、もう死んだっていいやって。死んでしまいたいような人生に意味は無いって。けど怖いんです。痛さも苦しみもどうでもいいはずなのに、()()をする自分を想像すると思い留まってしまう。生存本能なのか分からないけど、なんでそんなのが働いちゃうのってイライラしてしまうんです」



 病院にかかれば鬱病と診断されるでしょう。でも違う。ただただ…………生きる意味を見出せない。辛いとか悲しいとかネガティブな感情は無いんです。そしてポジティブな感情も無い。欲求も無い

 だから寝るか起きるかの引きこもり生活。ゲーム内のモブNPCの方がよっぽど人間らしい動きをしている。だけど私はそれにすら満たない。

 酸素を消費して二酸化炭素を排出するだけ。だったら死んでもいいじゃん――



「分かったようなフリかもしれないけど、でも、これだけは断言します。無責任に生きろという人間が私は大っ嫌いです。負ってきた傷の痛みを知らない人間に同情されるのは、反吐が出ます。それで何本のもアニメを見切ったか……」

「結局理解者なのか邪魔者なのか、どっちなんだ!」

「苦しみは理解できます! でも、その思想の元に人を殺すのが許されるかは、私には判別が付きません……」

「だったらなおさら、何の為にここに来た」

「…………っ」



 何も言い返せません。私ができるのは共感だけ。感情を元に先の選択を取るのは苦手だと引きこもりの頃に薄々気付いていましたが、こうして白日のもとに晒されて、やるせなさが胸に突き刺さります。

 呆れたような溜め息がフーリエちゃんの方から聞こえます。どこか含みを持たせたような調子で。



「ルーテシア、ちょっとばかり騒ぎを起こす気はある? そうだね……センチュリー家が動揺する程度の騒ぎを、国民に焚きつけよう」



 瞬間、時が止まりました。国民に焚きつけて騒ぎを……? それは動乱、革命運動……? 私はフーリエちゃんの言葉を上手く処理できませんでした。



「今のスタンレーはセンチュリー家による事実上の独裁。けれど独裁っていうのは長い歴史を見ると、大体は国民運動や動乱によって崩壊するんだよ。まぁルーテシアの提起は賛否両論だろうから国家転覆までしないだろうけど、そこの塩梅は君の行動力と人心掌握に掛かっている」



 普段と変わらないはずなのに、そのフーリエちゃんの顔が呼吸が浅くなるほどの気味悪さを帯びているように感じます。

 フーリエちゃんの底知れぬ思慮深さ。飄々とした態度の裏で一体どんな策略を巡らせたのか。フーリエちゃんには一体どの先まで見えているのか。今まで感じたことの無い、感じるはずがないと思い込んでいた不気味さに、私の体は小さく震えていました。



「一体、何が目的なんだ」

「クラウンロイツの姉妹に気付かせる為だよ。枷なんていくらでも外せるってね。上手くいけば君の行いに目を瞑ってもらえるかもしれない。断言はできないけどね」

「でも、そうしたら、2人が……」

「そこについて、どうしても違和感があるんだよね」



 フーリエちゃんはその場でくるくる旋回して人差し指で頭を突っつきながら疑問を口にします。



「センチュリー家とクラウンロイツ家の統合の話あったでしょ? でもクラウンロイツ家当主のボヴェアル伯爵はセンチュリー家と違って自由主義な方。でなきゃ店主姉妹を俗世に放任なんてしない。しかもセンチュリー家には反抗的な態度も覗かせてた。それなのに最近になって統合の話がスムーズに進んでいるのは不自然なんだよ。これは勘だけど、店主姉妹の事情と死神の事件を利用して何かを企てている可能性も考えられる。これ見てよ」



 フーリエちゃんがぽんっと出した今日の新聞。ある紙面を開くと『オートカー記者に聞く、支配貴族の現状と未来』という大きな見出しが目に飛び込んできました。



「このオートカーって記者は社交界でも名前が出てくるほどに有名で、とある貴族の親戚と噂されてる。その証拠に普通なら掴めないであろう情報まで釣り上げるし、本人の言う情報筋からの証言が偽りだったことが一度も無い。それを前提として読んでみよう」



 その場にいる全員がフーリエちゃんの持つ新聞を覗き込みました。

 ボヴェアル伯爵はセンチュリー家との決別を望んでいる。そんな小見出しから始まり、【クラウンの掲示板】を通じてクラウンロイツ家の立場を明確にし、市民の支持を得ることで独立した地位に就くことを目論んでいるとの評。

 同時にセンチュリー家に対しては依然として友好的な態度を貫いており、完全には踏み切れる状態ではないと指摘。圧政が強まる中で起爆剤に着火されるのをクラウンロイツ家は期待している――



「店主姉妹の突然の呼び出しは政略の一環である可能性がある。その為の口実として死神の存在を利用したと私は推測する。ここら辺は情報を集めないと確信は持てないけど、君もこれを見て違和感をひしひしと感じないかい? 」



 死神は無言で小さくうなづきました。それを同意とみなしたフーリエちゃんは満足そうに笑みを浮かべ彼女に耳うちします。



「店主姉妹が処刑ことは無い。処罰されたとて何処かに島流しされるくらいだよ。これは私の経験から断言しよう。相談があればいつでも乗るよ」

「お前は、一体何者なんだ」

「やろうと思えばボヴェアル伯爵に直談判できるとだけ。やらないけど。ともかく君の居場所は分かってるからね?」



 死神は返答することなく、どこかへ消えていきました。

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