ルーテシアの目論見
情報屋のレストランを出てしばらく歩いき、人気が無くなるとフーリエちゃんは突然止まって私に問い掛けました。
「リラ、ルーテシアが昼間に潜んでいる場所、分かるよね?」
「…………っ!?」
「目の泳ぎ方が違う」
「……ふふ、そうでしたか」
一瞬、心臓が突き上げられるように脈打ちましたがすぐに収まりました。ルーテシアさんの脅迫が脳裏を掠りましたが、このふたりなら、一緒なら大丈夫という絶対的な安心感があったからです。少し笑いが出てしまう程に、私は私が思う以上にこの世界と仲間に馴染んでいたようです。
「工業区47番街の裏路地にいました。たまたま迷い込んだ裏路地で彼女の声が聞こえてきて、興味本位で声の方向へ辿ってみたら、小さい子供――学校に通えない子供に勉強を教えていたんです。でもこのことは口外したら殺すと脅されてて……」
「大丈夫ですよ。血が出るなら殺せるはずです。ドンパチ賑やかにしますから」
なぜそこでエリシアさんが生き生きするのでしょうか。最近はエリシアさんのことを理解してきたように思っていたのですが、私の気のせいっぽいです。
瞬間、フーリエちゃんが杖を振り上げたかと思えば後方から金属音が響きました。しかし振り返っても誰もいません。その代わり短い槍が5本、地面に落ちていました。そしてフーリエちゃんとエリシアさんの向ける視線の先には、ぼんやりとシルクハットをかぶったような人影が。
「冗談ではなく本気のようですね」
「ルー、テシア、ですか」
「やってやる」
フーリエちゃんの底まで沈んだ声と共に発せられた魔力弾は、残像も残さぬスピードでその人影へ直進していきましたがすんでのところで回避されてそのまま姿を消しました。
私は声が出せませんでした。暗殺のターゲットになったことなど、もちろん今までありません。首筋にナイフを突きつけられた時も背筋が凍る思いでしたが、いつどこで殺されるか分からない恐怖の方が勝ります。
そして、身を隠ながら暗殺を企てるといことは、こちらの動向を把握されていることを意味します。安全な場所など無い、一瞬たりとも安静の瞬間を与えない、そう囁く彼女の声が聞こえてきます。
私は、耐え難い恐怖に頭を抱えてその場にうずくまるしかできませんでした。ただただ、怖い。でも、私、成長した、つもりだったのに……
「っっ! フー、リエ…………」
「眠れない夜は嫌い?」
言葉をそのまま捉えてうなづきました。
「私も嫌いだ。今日中に済ますよ」
「…………え?」
「さっきの魔力弾に追跡を内包した。まだ反応はそう遠くない。リラ、立てる?」
「た、て、ます……」
「脚がすくんでる。エリシア、支えてあげて」
ふらつく視界のなかでフーリエちゃんが指を弾き、箒が飛来するのが見えました。いつものように飛び乗ると後ろの方を指さして乗って、とジェスチャー。未だ震える体をエリシアさんに抱えてもらいながらフーリエちゃんの後ろに乗ります。
「飛ぶよ。ちゃんと摑まってて」
フーリエちゃんの背中に身を預けると、心なしか恐怖が和らいで、そして漂う爽やかながら上品な香りは心を落ち着かせてくれます。
「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「私は芳香剤ではないんだけど」
「精神安定剤です」
「ヤバい薬みたいに言わないで」
道の広さなどお構いなしに反応のある方角へ箒を飛ばします。高度は上げすぎずに3mほどの高さで、曲がり角でも速度を落とさず常に一定を保ち続ける。派手さはありませんが最も効率の良い飛ばし方なのを肌身で感じます。
徐々に煙が濃くなり、油や木炭に鉄の匂いが鼻につくようになってきました。工業区へ入ったのです。フーリエちゃんは速度を更に速め、より複雑な経路を迷いなく突き進んで一気に47番街まで到達。
「かなり近い。リラ、この道で合ってる?」
「は、はい。ここを通りました」
「あとはリラに案内を任せる」
「わ、分かりました。といっても記憶は曖昧なのですが……」
メガネを外したようにぼやけた記憶の輪郭をなぞりながら方向を指示。そしてある地点で一気に輪郭がクッキリしました。この地区では珍しいコンクリートの建物の間にある、細長い空間。間違いありません。
「ここ、この先です」
「みたいだね。反応が強く出てる」
再びの動悸。しかしそれは恐怖ではなく緊張からくるものでした。
…………本当は大方が恐怖はありますけど。しかし腹を括るしかありません。こちらは命を狙われている状況。彼女と対面しなければ現状は打破できません。
フーリエちゃん曰く、反応の位置は微動だにせず。私達から来ることを見越してなのでしょうか。自然とフーリエちゃんを掴む手に力が入ります。
「エリシアの銃は預かっておく。通れないでしょ」
「そうですね。お願いします」
「よし、行こうか。ルーテシアも便利屋も死なせはしない」
箒は静かに暗い細い口の中へと吸い込まれていきました。