地味な時計塔と地味じゃないフーリエちゃんとの関係
「時計塔? 改装工事で今月いっぱいは入れないよ」
便利屋【クラウンの掲示板】の主がひとり、メフィさんはそう答えました。比奈姉が向かったという時計塔への道を聞きに一旦戻ってきたのですが、これは予想外……
ちなみに、この世界では1か月は49日もあります。1週間7日が7週で49日。その分、1年は7月までしかなく、合計で343日。全てが7の倍数なのは魔法の属性の数に由来するそうです。
で、今日は月の半ばを過ぎた頃。転生前の世界でなら下旬に入りますが、こっちでは折り返し。月日が流れるのが遅く感じます。
「ひとまず行ってみよう。手掛かりだけでも欲しいでしょ?」
「はい」
「一応地図書くね」
後ろにいた私を見上げるように問いかけるフーリエちゃんのかわいさに爆発四散しそうになりながら、地図を頼りに時計塔へ向かいました。
行政区7番街の時計塔。スタンレーにおける数少ない観光地のひとつであり、500年以上の歴史を持つ建造物。高さも100mに迫るほどで現在も行政区に時報を伝えています。さてそんな概要に胸を躍らせながら来てみたのですが……
「…………ショボいね」
「想像以上に塔でした」
名前の通りと言えば通りなのか、四角柱の上方に時計が付いています。それだけです。
例えるならイギリスのビッグベンを時計塔の部分だけ設置したようなもの。ついでに場所も、ただの広場の真ん中にドンと立っていて時計に変な孤独感があります。
おまけに7番街という場所が最上層の0番街からふたつ下にあるせいで、100m近い高さも標高に若干相殺されています。これでは遠くから目立つことはできません。
500年以上の歴史と当時の設計・建築技術の高さに価値はあるでしょうが、それに似合った建物かと聞かれれば首を縦に振りにくい。観光地の割に今まで名前を聞いたことがなかった理由が理解できました。
「お姉さんいないね。ガッカリして帰ったかな」
「まあ気持ちは分かります」
それでも比奈姉がここを訪れていたのは事実のようで、ベンチで日向ぼっこ中の老人から向かった方向を聞き出すことができました。しかし方向だけの情報で見つかれば苦労はせず。結局、比奈姉探しは失敗に終わりました……
「今日は惜しかったのに……どうしてあと一歩が届かないんだろう」
「そういえばお姉さんは魔法の研究をしてるんだよね。具体的にどんな研究なの?」
ギクッ。地味に応えづらい質問が来ちゃいました。
確かに魔法の研究をしていましたが、テーマは魔法の実在性。つまり魔法が存在しない前提の世界で成り立つ研究であり、研究するまでもなく魔法が存在するこの世界では「お前は何を言っているんだ」案件な内容なのです。色々と記憶を掘り返してそれらしいやつを…………
「ええっとですね、例えば、魔法を数学的に解明する、ってのをやってましたね……」
「なるほど。議論が多く交わされているのは定量化とか係数の固定化だけど、そういうの?」
「多分……?」
嘘つきました。何も分かりません。
フーリエちゃんはどんどん質問を投げてきます。上目遣いのキラキラ輝く瞳の前では私は無力……ッ!
「もっと教えてほしい。分かる範囲でいいから」
「ええ……あとは……原初から魔法を突き詰めるとか、不可能とされている魔法を、存在していたとされる時代の学問から実現可能な可能性を探ったりとか……やってた気がします」
「あらゆる方向から魔法を研究しているんだね。とてもワクワクする。私も早く会ってみたいよ」
フーリエちゃんの声はいつになく弾んでいて、いつになく表情は期待に満ち溢れています。きっとこれがフーリエちゃんの本来の姿なのでしょう。普段は見せない姿を見たときの尊みって、すごいですよねぇ…………はぁぁぁぁ~…………
「しゅき」
フーリエちゃんが素を見せてくれるほどに信頼されているという有難き幸せと、数少ない素を見た人間であるという優越感。
でもそれは比奈姉だって同じこと。比奈姉の全てを理解できるのは私だけで、私が理解できないことは比奈姉にしか理解できないことなんです。ですがもし、それをフーリエちゃんに理解されてしまったら……これは何とも複雑な心境。
比奈姉は私以外の誰にも理解されないまま研究を続けてきた。馬鹿にされからかわれて晒されても決して諦めない。比奈姉を理解できる私が支えなければならない、私が比奈姉の全てを認められる。
だからフーリエちゃんはライバル的存在になりえるのですが、知識面では完全に敗北してしまうわけでして。それにフーリエちゃんと比奈姉を会わせたくないなどとは思っていません。むしろ会わせたいほどです。
だけど私の理解が及ばない範囲までフーリエちゃんに比奈姉を理解されてしまったら…………悔しいような歯がゆいような嫉妬のような…………
これが、三角関係…………?