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限界コミュ障オタクですが、異世界で旅に出ます!  作者: 冬葉ミト
第6章 蒸気都市で、便利屋として走り回ります!
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掴みたい光、掴まないといけない光

 戻る途中でフーリエちゃんとばったり会いました。



「あ、戻ってきた」

「フーリエちゃんも散歩ですか?」

「老人かペットみたいに言うな。どうお姉さんの手掛かりは見つかった?」

「残念ながら……」

「まぁ範囲が広いからね。気長に行くしかないよ。あっちの2人は良い雰囲気で終わりそうだね」



 フーリエちゃんが見やった方向からは明るい声色が聞こえます。師匠と弟子の久しぶりの再会が暗いままで終わることにならなくて良かったです。こちらに気付いた2人の顔も、表情は晴れやかでした。



「待たせたね。話は終わったよ」

「もう帰るということでいいのか」

「ああ。再開できただけ充分だよ。また時間を作って訪ねに来るよ」

「また来なされ。ああそういえば、そこの若いのに顔がよく似たのが来てたんだが、姉妹か?」



 師匠は私を指さしました。



「私、ですか」

「そうそう。ここじゃ若いのが来ること自体が珍しいからの。顔を見て思い出したのじゃよ。お前さんらが来る少し前だった」

「ど、どこに行きましたか!?」

「神秘の泉への道を尋ね歩いとったらしい」

「前に行ったことある場所……」



 神秘の泉はスタンレー観光で訪れた、名の示す通り精霊の住む泉です。確かここからだとほぼ正反対の位置にあったはずです。

 追いかけることは簡単ですが到着は早くても日が沈んだ頃になるでしょう。できれば先回りをしたいのですが、比奈姉と同じく道が分かりません。



「ここからだと、最短距離で行くには、どう道を行けばいいですか?」

「お前は魔法使いだろ? 飛べるならロープウェイで登って居住区に入ってから飛んで下れ。トックは先に連れて帰る」

「ありがとうございます。フーリエちゃん」

「ん。行こう」



 千載一遇のチャンス。3人に頭を下げ、大急ぎで神秘の泉に向かいました。



 神秘の泉は上空から見るとより一層不可思議です。灰色と茶色のモザイク画のような街並みの中にクッキリとした緑が急に現れるのですから。

 高度を下げても比奈姉らしき人物は周辺に見当たりません。まだ来ていないのか中にいるのか、どちらにせよ入り口で待っていれば会えるはずです。

 3年ぶりに会える。この目で姿を見て、耳で声を聴いて、繋いでくれた手の感触を感じたい。募りに募って、絡まりに絡まった幾多の幾重の想い。比奈姉を失ってからの3年間と異世界転生してからの思い出。尊い仲間。再開できた喜び。まだまだ知らないこの世界のこと。

 脳内が比奈姉で溢れかえる。比奈姉のこと以外を考えられない。動悸している、苦しい、でも苦しくない。もうすぐ訪れるその時を想えば苦しくない。今度こそ捕える。姿が見えたら、もう背中を向かせない。

 両手を胸の前で握り、目を瞑って、祈る。



「誰か来たら教える」



 優しく囁くフーリエちゃんの声。

 次こそは絶対に、比奈姉と再会する――ただひたすらに、そう願って。


 祈り続けてどれくらいの時間が経ったのか。長いも短いも判別がつかない程に私は目を瞑って両手を握っていました。ただひとつ確かなのは、まだ比奈姉は来ていないこと。



「中に入ってみようか」



 フーリエちゃんの抑揚の無い声に釣られて目を開けました。人影すらない街の姿で少しの諦めを吐き出しながら、残りの希望を抱いて森の中に入りました。

 今日も空気は澄んでいて木漏れ日は綺麗で神秘的。足りないのは人影だけ。足りない。ない、いない……………………

 悲哀の津波が一瞬で感情を飲み込み、流して無の更地にした。膝が折れて、美しかったはずの光景は白黒の世界に変貌している。ノイズ掛かった女の子の声が掠れて聞こえる。

 美しくない、輝いてない、幻想的じゃない、ロマンじゃない、魔法じゃない……

 嫌だ、戻りたくない、あんなちっぽけで、嫌だよ…………っ



 ――――――――――――――――


 比奈姉がいなくなった日から、何も感じなくなっていた。

 世界がモノクロ写真のように色を失っていて、耳にはいる音は掠れて聞き取りにくい。食べ物を口にしても味はしないし匂いも感じない。触れる物の感触は全てが一様で、喜怒哀楽すら湧きあがらなかった。すっかり脳としての機能が停止しているようだった。

 寝たまま一日を終えて、起きていても目が虚ろなまま何も考えずに天井を見上げていた。まるで5億年ボタンを押したかのように、自分の部屋が何もない空間に映っていた。いつ寝て起きてどれほど時間が経っているのかも分からない。1日に感じていた体内時計が実際では5日だったこともある。それほどまでに私の脳はバグとエラーとフリーズとクラッシュを引き起こしていた。自殺願望を通り過ぎて生きている感覚すら湧かない。空中で漂っているような気分。

 端から見れば孤独死まっしぐらのニート。一応オンライン診察で薬を貰って服用をしてから、少しは人間らしい感覚を取り戻せたけど、学校に週2で別室登校できるようになるまで半年を要した。それでも心は空っぽのままだったけど。


 比奈姉がいない世界で生きている意味はない。でも生きているかもしれないと思うと死ぬ気にはなれなかった。どこかで生きていると信じていたから。比奈姉の残した研究ノートやファンタジー作品に触れて灯ったほんの少しの明かりを頼りに、消えないようにそっと守りながら生きていた。

 あの日までは――



 ――――――――――――――――



『っさいわね。人の家でグダグダ泣かないでくれる?』



 子供っぽい甲高いトーンの声が響いた。鼓膜を介さず脳内に直接に。



『てかよく見たらこの前の人間じゃない。美しさに見とれて泣いちゃったの?』

「神秘の泉なんて薄っぺらい名前から、大魔法使いの嘆きの泉になるところだよ。大魔法使いが姉を想って流した涙で泉ができたと神話のように語り継がれるんだ」

『ムカつく言い方ね。どうせ誰かと別れただの生きてますようにとか死んで悲しいですとかでしょ。散々聞いたわよ』

「確かに精霊には分からないか。なら教えてあげる、森を焼かれない前に。人間は縛られた存在なんだよ。自然の摂理にも同類の定めたの法律や権力にも。ただし人間には知能がある。縛りを解こうと研究に論争に紛争が起きた。結果、解放された縛りは多いが……寿命だけは逃れられない。命あるものは皆一様に死ぬから分かってるんだ。だからこそ別れは哀しく切なく、同時に人々が追い求め続ける究極の理想が不死なんだよ」

「まだ死んでません!」




 私は反射的に叫んでいました。弾かれたように、何かが切れたように叫んでいました。



「いないけど……死んでない……! そこにいる、いた、確かにいた、手紙もある、いる、生きてる、この世界で!!」

「そうだね。まだ死んでない。そしてリラも、まだ生きてる」



 瞬間、思考がクリアになりました。ぼやけた視界の先で、景色が徐々に色対いていく。感覚が戻っていく。

 そうだ。まだ死んでない。この世界にいる。いなくなってない。生きているなら探し出せる。私もまだ……この世界で生きている。



「そうだ…………なんで気付かなかったんだろう…………まだ、()()じゃん…………」

「リラ、無礼な精霊を悪く思わないで。概念そのものである故に生物としての縛りを持たないから人間の感覚が理解できないんだ。種族の差として飲み込んでほしい。精霊、私が来るまえに女性はここに来なかったかい?」

『ああ来たわよ。この泉の上から降りてきて、登って帰ったわ。時計塔まで迷わず行きたい、とかなんとか言ってたわ』

「比奈姉だ。間違いないです。比奈姉は方向音痴で出かける前に祈る癖がありましたから!」

「よし行こう。精霊、森を燃やされなかったことに感謝しなよ」

『偉そうにしゃべるわね全く。もう来ないでちょうだい』



 偉そうなのはどちらなのか、と思わずクスリと笑いが漏れました。

 私はすっと立ち上がって、狐の姿をした精霊に対して一礼しました。



「比奈姉の向かった場所を教えてくれてありがとうございます。フーリエちゃんも私を励まそうとしてくれて、本当に感謝です。2人の会話を聞いて大切なことに気付けましたし、情緒も取り戻せました」

「さっさと行こう。今度こそ追いつけるかもしれない」

「はい!」

『…………適当に祈っとくわ』



 ツンデレな言葉を受け、箒で森を駆け抜け空に飛び立ちました。とはいえ場所を知らないので一旦【クラウンの掲示板】に戻って道のりを聞いてからです。

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