ルーテシアさんは何処へ?
道路は荒れ、草木は伸び放題。木材で組まれた簡易的な工房が立ち並び、完成品の入った箱を行商人が馬車で土煙を上げながら運んでいく。今まで見てきた景色とは真逆の、発展途上ですらない街が工業区47番街でした。
職人たちが手作業で鉄を打ち、糸を編み、薬を調合し、動物の肉が精肉されて取引に出されます。機械が少ない分、上層と比べて空気が綺麗なのが何とも皮肉です。
「前時代に戻ったような感覚になるね」
「実際そうだ。工業区と居住区の40から50番街は技術も生活も平均に追いついていない。スラムもある」
「健全とは言えないね」
フーリエちゃんの言う通り、人々の体形は不自然さが見え隠れする痩せ型で、決して満足できる食事が摂れていないのは明らかです。それでも体を使って働かなければ食事を摂ることさえできない。教科書で見た貧困の現実が目の前には広がっています。
「この場所にブリストルさんがいるのかい」
トックリさんは不安を柔和な顔に滲ませながら、ルーテシアさんに尋ねました。
「そうだ。もうすぐ着く」
小さな交差点の角。他と比べて倍の面積の工房に案内されました。燃え盛る炎に鉄の棒が投入され、真っ赤に熱せられてハンマーで叩かれて形が変わる。どうやら鍛冶工房のようです。
「ブリストルさん? ブリストルさん!」
「……ああ? もしやトックリか? 昔いたトックという男にそっくりだ」
「そうだよ師匠、覚えていてくれたんだ!」
「久しぶりだな。昔と顔が変わっとらん。腹は出てるがの」
「師匠のお陰で食っていけるようになりましたから」
「そうか。弟子が元気でなりより」
師匠は細い手で、弟子の肉付いた手と握手を交わしました。再開で表情が明るくなったブリストルさんはにこやかな表情を浮かべ近状を語り始めました。
「そこの子供は誰かな」
「【パサートの掲示板】って便利屋知ってる? そこの従業員の人だよ。ここまで案内してくれた」
「あぁ、上の方の人か。それはどうも遠い所からご苦労。しかしトックリが独り立ちして25年か。この25年で、見ての通り国は大きく変わった。職人の仕事は機械に取って代わられ、大量生産が求められる現場では需要が無くなった。そして大工場に居場所も明け渡した。だが有難いことに国外からそこそこ発注があってな、居場所を移して食いつないでいるのだよ。おまえの弟子はどうした? 今も元気か?」
「…………死んだよ」
「そうか」
師匠はそれだけ呟いて、深入りはせずに弟子の無念を受け止めました。表情は鉄仮面のように変わらずとも、声色には憐れみが滲んでいます。
空気が重くなる前に、私は私の使命である比奈姉探しに行くことにしました。フーリエちゃんに耳打ちしてその場を抜けたとき、ふとルーテシアさんの姿が見えないことに気付きました。
彼女に案内してもらいながら探すつもりでしたが、いないのでは仕方ありません。気は進みませんが1人でフラフラしてみましょう。自意識過剰も克服しないとですから……
工業区47番街は前時代に戻ったような街、とフーリエちゃんは言っていましたが、私にとってはある意味見慣れた光景にも思えました。特に武器や衣類は、材料を持ち込んで作ってもらうか、その場で作られた完成品を買うかというのがファンタジーRPGではよくある形態です。
しかしこの異世界では転生前の世界のように、どこかで生産された品を生産者が店に卸し、店に卸された品を客が買うというのが多いようでした。ファンタジー世界ならこんな感じ! と半ば決めつけておきながら、イメージとの違いに今まで気付かなかった己の勝手さに猛省です……
比奈姉の姿が映ることを切望しながらあらゆる道を進み、時より足を止めては作業風景を眺めて歩いていると、いつの間にか路地裏まで来ていました。デジャブ。
でも十分に帰り道が分かる範囲です。踵を返そうとしたその時、複数の子供達の声が奥から反響して耳に届きました。その中には聞き覚えのある声も混じっていました。
(もしかして、ルーテシアさん? でもどうして)
数秒間の葛藤の末、好奇心に惹かれて奥へと進みました。




