アラタ、法廷にて その4
瞼を閉じると何も見えない。
が、ぼんやりと明るくなってくる。
が、その明るさが次第に縮まっていく。
それが、絵本のイラストのような、ぼんやりとした色、一色の塊になる。
もちろん周りは目を閉じた時に見える暗闇。
だが、被告人の気配を感じ取ろうとした時の二つ目の気配が、そこから感じられる。
俺が聞きたい答えを引き出せるものじゃなかった
「……あんた、誰だ?」
思わず問いかけた。
が、そう思ったのか、それとも声を出して聞いたのか、自分でもよく分からん。
だがその曖昧な色の塊は、確かにある。
もう一度問いかけてみる。
「……それは、私に聞いてるの?」
まさか返事が来るとは思わなかった。
その塊の上がやや動く。
何か……人がひざを折って座ってて、頭と思われる部分が動き、こっちの方を向こうとする動きっぽい。
ということは……人影、と見ていいのか?
「あ、あぁ。あんた……何者だ?」
「私……私は……何者なんでしょうね……」
穏やかな、静かな声に変化はない。
妄想とかなら、思いもかけない返事が来るはずもない。
にしても、自分のことが分からないとは……。
「んじゃ、あんたはそこで何してる?」
「私は……この子のことを、守ってます」
守る?
……あぁ、防具のことか。
呪いと呼ばれる所以は、こいつで間違いなさそうだ。
「で……そいつのことをいつまで守るつもり……予定かな?」
何々するつもり、なんて言い方は、何となく上から目線な感じがする。
何で機嫌を損ねてしまうか分からんし、機嫌を損ねた結果、どんな目に遭わされるか分からん。
性に合わんが、俺だって常に正気を保ちたい。
こいつみたいに何らかの被害は受けたくない。
とりあえず、できる限りへりくだっておくか。
「この子が……ずっと笑っていられる日まで」
へ?
いや……それは……。
つか、この方、こいつが今どういう状況か分かってない?
「……笑えるような状態じゃないんですがね? そもそも今現在、無気力そうで、生気のない顔をしてて、現実を見れないような、まともじゃない状態なんですがね?」
「あなたこそ何を言っているんですか? ここに……私の膝元で、安心した顔で眠っていますよ?」
いや、何を言ってるんだこいつ。
つか、呪いの根源がまともな言動をするはずもないか。
って、ここ?
「ここにいる? どこに……」
「ここです。ここ」
ぼんやりとした塊との距離は遠い。
近づこうとは思わないし、近づきたくもない。
何というか……概念の世界、とでもいうんだろうか、ここは?
「……こいつが傷害事件起こしたのは知ってますか?」
「……事件?」
いかん。
明らかに不機嫌な口調だ。
「この子は……何も悪くはありません」
そんなこといってもな。
現実世界じゃ……って、待て。
「この子は? はってことは……あなたが何かをした、とも受け取れますが……?」
「……私はこの子を守ろうとしただけです」
守ろうとした、って言葉は……事の大小を問わずに言えば、こいつは窮地に追いやられた、という前提があるよな?
「……何者かから、危害をくわえられそうになった、と?」
「もちろんです」
考えてみりゃ、確かに今のような状態のこいつに、誰かに危害を加えるような真似はできない。
つまり、確かに正当防衛が成立するが、それをどう証明するか、が問題だよな。
いきなり暴れ始めたので取り押さえようとしたら怪我をした、と言われちゃ、それでおしまい。
「ですがね? 俺は、誰からも、そんなことを教えてもらえなかったんですよ」
「……私が嘘をついているとでも?」
やべえ。
逆鱗に触れたか?
「お、落ち着いてくださいよ、女神様」
「女神?」
思わず口をついてしまった。
人間じゃない者が人間の所業と思えないことをしている。
魔性の物でなければ女神の類だろう。
とちょこっと思ってしまった。
不意に言葉に出るのがこんなに簡単だったとは。
「……私はそんな高貴な者ではありません。私は回復術士です」
「……そして、人間?」
「もちろんです」
迷いなく言い切ったな。
けどな。
「では……お名前を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「……名前は……」
人間の気配を出す者が人間と言い切った。
なのに名前は出てこない。
自分でも分かってるんじゃないか?
「……ひょっとしてあなたは自分でも……。すでに、回復術士でも……人間でもな……」
瞬間、その塊の形は変化した。
まるで、上体が丸くなってうずくまってるような形に。
そしてしばらくして、また静かな口調で話し始める。
「この子は……私が守ります。ご心配なさらぬよう……」
そこまで執着する理由は何だ?
自分の存在意義を、そいつに押し付けようってのか?
「人間でない、と認めたくない気持ちは分からなくもないですが、それでも、そうなってでもそいつを守ろうとしている。そいつに借りか何かあるんですか? あなたとそいつはどんな関係なんです?」
「いいえ。関係は……ありません」
行きずりの間柄。
なのに、自分のすべてをかけてそいつを守ろうとするその理由は何だ?
「無関係なのに、なぜそうまでして……」
「この子とお話をしました。その話を聞いて、この子を守らなければ。私はこの子を守るべき存在でなければ、と……」
どんな話か、聞かなきゃならん流れだよな……やれやれ。
この役目に、手当ってつくんだっけ?
※※※※※ ※※※※※
そいつ……敢えて彼女と言おうか。
彼女の言によれば、邂逅と言える出会いだったらしい。
何も見えない、何も聞こえない世界にいたそいつは、いきなりこいつの姿が見えたのだとか。
お互い、互いの素性を聞いたんだそうだ。
彼女は自分の名前が思い出せない。
こいつは、そいつに会うまでどんなことが起きたか語ろうとしない。
しばらくはだんまりだったそうだが、こいつはそのうち泣き始めた。
なぜ泣いてるのか聞いたら、怖いから、怖かったから、とだけしか言わなかったんだそうだ。
「怖いことなんかないよ。私が守ってあげる」
そう伝えて以来、ずっとこうしている、とのこと。
そう言われれば、その塊の向こう側に、別の色の何やらの塊が見え隠れしている。
にしても、俺が今見ている世界ってのは、一体何なんだ?
「で、あなたはそいつをずっと守り続けてると」
彼女はまるで、俺の質問を肯定するような動きを見せた。
ということは……。
「あなたには、誰かを守ることができる特別な力を持っていて、その自覚があると」
今度は否定。
「私は、私にできることをやりつくして、この子をずっと守るだけです」
なんか、ちょっと力強い声って感じがする。
こうと決めたらトコトン……みたいな感じ?
まぁそれはいいんだが。
いや、いいのか?
まぁそれは置いといて。
「そうまでしてそいつを守ろうとする理由は何です? そりゃもちろん、そいつがあなたの前に現われたから、てのも理由でしょうし、泣き止ませようとしてってのも理由になるでしょうが……」
そうだ。
事件の全貌を知るには、まずそれだよな。
それと、おそらく彼女は防具にとりついている。
そうなったいきさつも知る必要があるよな。




