アラタ、法廷にて その3
確かに感じる気配だけで判断するなら、この少年には害意はない。
というか……現実逃避というか、現実を無視してるというか。
胸板の防具は古めかしいもの。
古い傷跡はたくさんあり、修繕された形跡はない。
かといって、新しい傷もない。
「……あれ?」
「どうしました? アラタさん」
そう言えば……。
現象を引き起こした黒幕の連中が、店に来た時のこと思い出した。
嫌悪感というか何というか……。
とにかく不快極まりなかった。
その場からすぐに立ち去りたかった。
だが、今目の前にいるこいつからは、装備からは……呪いの防具という割には……。
そんな嫌悪感は欠片も感じられない。
となると、それはそれで問題が生じる。
「……アークス」
「どうしました?」
……何か……お前、やっぱ敬語にすごく違和感あるんだが。
まぁそれはいいか。
「傷害事件を起こしたっつったな?」
「はい」
「理由なき犯行した奴らからだって、そんなことをしそうな気配は感じる。だがこいつからは、全くそんなものは感じないんだが?」
「何?」
こいつからは好感も得られない。
だからといって、そんな奴全て犯罪者になるわけじゃない。
「あんた、何口走ってるのよ! あたし達の息子が大怪我させられたのよ?! そいつが悪いに決まってるじゃない!」
いきなり傍聴席から、女性の怒鳴り声が飛んできた。
鉄柵の最前列にいる一人。
その言葉をそのまま受け止めるなら、その女性は被害者の母親ってことになるな。
と、すぐさま裁判長からの大声が。
「静粛に! かの者の言葉が聞こえたということは、その言葉は、かの者の感情に振り回されることなき言葉であり、真実を語っている証明ですっ!」
再び厳かな雰囲気がその場を覆う。
だが、その雰囲気についていけてない。
そんな実感はないし、ただ感じたまま、オークスに喋ってるだけなんだがなぁ。
いや、そんなことよりも。
「そもそも呪いって……どんな効果……というか……影響を、誰に及ぼしてんだ? つか、傷害事件が起きる前に、前兆みたいなことはなかったのか?」
「いや……そんな報告は受けてはいませんが……」
「あのさ……この人物の様子を見て、誰も何も不審に思わなかったと?」
呆れて何も言えん。
明らかにおかしいだろ。
「養成所に入る子供らの健康状態は、みんなまともなんじゃねぇの? 見ろよ、こいつの体型。どちらかというとやせ衰えてるだろ。ガリガリに痩せてるわけじゃねぇけど、一日や二日でこんなに痩せないだろ」
「それは……呪いの効果……」
「なら傷害事件が起きる前に、その異様さで騒ぎになって、改善策を取るもんじゃねぇの?」
所属している組織や団体が、大騒動になる前にまず動くだろ。
そうなるまでにほったらかしにしてたんじゃねぇの?
それが、そんな大事になるまで何もせず、か。
養成所全体が、やましいことがあってそれを隠蔽しようとしてる、などということも考えられなくもない。
「……傷害事件の全貌は分からんが、何かをきっかけに起きたことは間違いねぇだろう。何がきっかけだったかくらいの調査はしたんじゃねぇの?」
「いきなり暴れ出した、ということ以外の情報はありません」
「どっからの情報だ?」
先生か養成所からの証言ならかなり怪しいが……。
「被害者とその目撃者からの……」
聞きたい事はそういうことじゃないんだがな。
ということは、俺の質問の仕方がよくなかったか。
「……被害者と加害者の関係は、今回の事件が起きる前から、他の生徒……訓練生よりも強い関係を持ってたか? 例えば同級生……」
確か全寮制って言ったなかったか?
となれば、だ。
「寮で同部屋だったとか」
「同部屋、そして、実践の授業では同じ班という報告があります」
「ということは、この状態になった後も、物理的に接触したことはあった?」
「証言をまとめると、そういうことは何度かあったものと推察されます。同じ班の訓練生達は、接触ばかりではなく何度か話しかけた、ということも。ですが、一々触ったかどうかの質問をするというのも……」
まぁ、そうなんだが。
とりあえず、仲間を無視しないこともあった、とは言えるな。
だが待て。
「呪いの確認がどうのとかで接触した奴らがいるっつったな? 俺と同じような奴が、と」
「はい。解呪のための作業中に」
「何でそいつらは被害に遭わなかった?」
「……被告人が暴れなかったから、という答えでよろしいでしょうか?」
何というか……。
そりゃ確かにその通りだろうさ。
……とんち比べやってるわけじゃねんだがな。
にしても、だ。
接触の仕方に違いがあったのか?
「解呪の時はその……分解とかしようとしたのか?」
「いえ。ただ触れただけです」
「触れただけ?」
「はい。ですが、件の訓練生らも、触っただけ、という証言を得ています」
どっちも触っただけ。
なのに片方は被害が出て、片方は何の被害もなかった。
どういうことだ?
俺、大丈夫かな……。
つか、結局呪いそのものは一体どんなんなんだ?
「で、結局こいつは、この装備を身につけてからどんな悪影響を受けたんだ?」
とりあえず元気がないってことくらいは分かるが、果たして呪いによるものかどうか。
「現実を見ることがほとんどない、ということらしいです。会話もしない。言葉を発しても会話にならない。食欲がない。身体の健康が著しく損ねているのと、成長が遅くなっている。これは冒険者としての修練度も含みます」
いわゆるレベルアップができないってやつか?
……レベルってもんがあるかどうかは分からんが。
「あと、その装備……防具が外れない、と言ったところですか」
「……風呂は……?」
「その格好のまま、お湯や水をかぶる……かぶらせる、と言った方が正確ですか」
なんとまぁ。
あ、あと一つ、忘れてたな。
「……あと、むやみやたらに周囲に暴力をふるう?」
「いえ。それはないようです」
「へ? いや、だって……」
暴力をふるうことがなければ、傷害事件なんて起こらんだろ。
どういうこと?
「普段は、ほとんどぼーっとしてるとか。だから、なぜ急に暴力をふるったのか……」
「分からないから危険人物なんです! さっさと処分を!」
「静粛に!」
またもあのおぼさんの絶叫。
それに続いて裁判官。
やれやれけだ。
「コホン。……そのことも含めて、アラタさんにこの場で解明していただけたら、と」
……そういうの、丸投げって言わない?
扉は開けられたが、中に踏み入るのはちょっと怖い。
だからと言って、檻の外にそいつを出すのはもっと怖い。
「……俺の身に何かが起きたら……」
「警備は怠りません。大丈夫です」
「お……おう……」
俺の背中に、ほぼぴったりな感じで付き添ってくれるのは……。
心強さはなくもないんだが……もう少し離れてほしい。
手を伸ばせば届く距離だから、ちょっと身構えつつ、檻の外から手を伸ばして触れてみる。
が、感じる気配に変化はない。
見える光景に気を囚われ過ぎてるのか。
集中するために、目を閉じてみる。
瞼を閉じると何も見えないのは当たり前。
だが、ぼんやりとした明るさが感じられるようになってきた。
気のせいかもしれないし、瞼の裏の血液の流れの変化かも分からん。
一々報告すべきなんだろうが、こんなことを報告したところで、何の解明にもなりゃしない。
みんなが期待するのは事件の解明であって、俺の身体の変化じゃないだろうしな。
もう少しこのままで様子を伺ってみることにする。




