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勇者を否定されて追放されたため使いどころを失った、勇者の証しの無駄遣い  作者: 網野ホウ
ここから本編:国家安泰後の日常編

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冒険者に向かない性格 その5

 仲間らが午後の予定に取り掛かる。

 俺はスートを、店の奥の俺の部屋に連れ込んだ。

 とにかくコミュニケーションをとる必要はある。


 ホーリーはスートに、何度もいろいろ言い聞かせて、俺に何度も頭を下げて村を出て、診療所に戻っていった。

 年の離れた姉弟って感じだった。

 愛情が注がれていたって感じだった。

 だが弟に見えたスートの方は、ほとんど無反応。

 反応を見せたのは、痛がるサミーを見た大人達が騒いだ時だけだった。

 ほぼ無表情。

 そしてほぼ無気力。

 こんな奴ができる仕事って何があるのか。


「……で、教えてくんねぇか? お前が使う糸の特徴だ。ホーリーが大体説明してくれたし、糸の力ってのは見て分かった。だがまだ特徴全て知ったわけじゃねぇし、やっぱ本人から聞くのが一番確実で正確な情報だしな」


 ベッドの上で胡坐をかいて、床の上に置いたクッションに座るスートに話しかけてみた。

 多分即答は来ない。

 思い返せば、俺にもそんな感情で心が一杯な時期があった。

 もっともこいつのように、命の危険にさらされることはなかったが。

 ……社会的に危うい立場になりかけたことはあったかな。

 どうだったかな。


 さて。


 子供が好みそうなジュースを目の前に出してやっても、スートは胡坐をかいて俯いたまま、一言も発しない。

 気持ちは分かる。

 見せかけの優しさ、一時の関心を向けられている、とでも思ってるんだろう。

 そんな一瞬の短さ限定の優しさに意味はない、と感じてるか。

 親身になって悩み事の解決に一緒に取り組んでほしいだろうし、喜怒哀楽を自分と同じくらいの強さで共有したいと思ってたりもするんだろう。


 だが俺とスートは、出会って二時間も経ってない。

 そんな相手をこんなもてなしだけで、そこまで信頼させられるわけがない。

 とりあえず、スートしか知らないことに興味を示すくらいしか、その入り口はない。


「そうだなぁ……。とりあえず、その糸、もちょっとよく見てみたい。出してもらえるか?」

「……」


 スートは何も言わず、指先から糸を出す。

 しなやか。

 つややか。

 軽い。

 ふわり、と先端が宙に浮かぶときもある。

 スートの指先のように、爪と指の間に入れてみる。

 なんと、刺さらない。

 軟らかいから、爪と指の間でくにゃっと曲がる。

 爪の垢に触れても、剥がれそうにない。


「……これに火が付いたら、火傷しちまわないか?」


 スートは少しだけ顔を横に振る。


「火はつく、ってことでいいのか?」


 これにもやっぱり顔を横に振る。


「防火の性能がある、と言うことでいいのか?」


 今度は小さく縦に振る。

 結構便利な能力じゃないか。

 だがこれだけ軟らかいなら、火炎魔法の壁にはなれない。

 風には間違いなく弱いだろうからな。

 しかも出せる糸は一本。

 一筆書きの要領で衣類を作ったら、防火に特化した防具にもなるだろうが、本人一人分しか作れない。

 冒険者のパーティで、全員に効果をもたらす術には向かない。

 攻撃力はかなり高い、と思う。

 が、その使い手の性格や度胸、やる気次第では、全く使い物にならない。

 そして当の本人はこの有様。

 だが、まあいい。

 冒険者にさせたい、って依頼じゃなかったからな。

 かといって、人にはない能力を使わないのももったいない。

 とは言え、それを活かして大金を得る仕事ってのも……。


「……普通の仕事じゃ、収入面で物足りない、だろうな……」


 スートはコクリと頷く。


「……なんでそんなに儲けたい? 自分の生活が成立すりゃ、それでいいんじゃねえの?」

「……仕送り、したいから……」


 初めてこいつの声を聞いた。

 意外と子供独特のかん高さが感じられる。

 声変わりしてないのか?

 まあそんなことはどうでもいいか。


「仕送り? 親にか? 感心じゃないか」


 俺は……こいつと同じ年の頃、そんなことは一つも思わなかった。

 俺に比べりゃ、そのまますくすくと成長してほしいくらい素直でいい子じゃねぇか。

 しかしスートはまた顔を横に振る。


「親にも、だけど……村にも」

「村?」

「俺の村……貧しいから」


 ……親の生活を楽にさせたい、だけじゃない。

 村を豊かにしたいから仕送りをする。

 そりゃ並みの仕事じゃ、そんな願いは叶えられんだろうが……。


「高望みしすぎじゃねぇか? 家族だけじゃなく隣近所の生活も楽にさせる、なんてレベ……話じゃねぇぞ?」

「冒険者になれたら……一流の冒険者なら……」


 その夢、願いが断たれて、こうなった、と。

 胡坐で座るスートの背中が曲がり、力なくうなだれている。

 情けなくて涙も出やしねぇ、ってとこか?


 ……なんて考える余裕はねぇか。

 死にかけた。しかも二度。

 自分のミスによるものじゃなく、周りから足を引っ張られて、ってんなら尚更か。

 一攫千金、しかも我欲ではなく誰かのため、みんなのための未来への道はここに絶たれた、となれば、なぁ……。


 ※※※※※ ※※※※※


 翌日の昼過ぎ。


「養成所、ねぇ。俺やメーナムの年代は、そんなもんはなかったからな。高名な冒険者から指導受けるとか弟子入りするとか、だったなぁ」

「しかも全寮制なんでしょ? そりゃ人間関係でいざこざが起きない方が珍しいわよ」


 という会話を聞いて、それもそうか、と思った。

 養成所があるってことは、それ以前のこの国には、そんな施設は存在しなかった、とも言える。

 なるほどな。


「私の時は、全寮制ではなかったです。働きながら、冒険者が予め知っておくべき知識とか知恵を学んで……」


 ふむふむ。


「そういやドーセンはどうなんだ? 俺らと似たような年代じゃねぇか?」

「あの人は、冒険者業は同世代よりも早めに足を洗ったって言ってたわよ? 何やら大怪我をして、それが原因で、って」

「私もチラッとその話、聞きました」


 ふむふむ。

 にしても、珍しい組み合わせの三人だ。

 ゲンオウとメーナムとイール。


「でもゲンオウよ。お前、冒険者業からそろそろ引退みたいな話してなかったか?」


 そんなことを以前、時々言ってたような気がするが?


「熟練者が一時期少なくなったろ? あっちこっちの冒険者の集団から、補助みたいな依頼が止まらなくてよ」

「それくらいなら続けられそうだから、って続けてるのよ」


 そう言えばそんなこと、あったっけな。


「で、アラタはこんなとこで油売ってていいのか?」

「この店じゃ、俺がルール……規則だ、うん」


 何の問題もない。

 米さえ採ってりゃ、誰からも文句は出てこない。

 何て楽な仕事なんだろうな。


「で、その問題を抱えたその子は何してるんですか? まさかほったらかし?」


 スートのことか。

 それも問題ない。


「仮に冒険者業に戻れたとしてもだ、一般教養が欠けてたら、知識も知恵も入りづらい。ヨウミの傍で帳簿のつけ方の勉強してるとこ」

「意外と教育熱心だな」


 意外と、てのは余計だわ。


「一攫千金の夢が断たれた今、そんくらいの収入が得られる仕事ってほとんどないからな。見つけられなきゃせめて一般職に就けられる知識や技術を身につけておかにゃ、己の生活だって危うい」

「専門職で引退した後は、同じくらいの収入を得られる仕事には就きづらいしな」

「ドーセンみたいな人もいなくはないけどね」


 冒険者を引退した者の中では、いわゆる勝ち組ってやつか。

 いや、でも俺がここに来る前は、寂れた田舎の、泊り客がほとんどいない宿屋の主だったんだよな。

 ……俺のおかげで、という気はないが、まぁ、そういう人生もあるか。


「でも、養成所の世界だって狭いんですけどね」


 イールがいきなり養成所の話題に戻った。

 まぁ本題はそこで、本題からややそれた話題でちょっと盛り上がっただけのことだが。


「養成所を出ようが、養成所がなかった時代に就いた冒険者だろうが、いのちの危険度は変わらないんですよ」

「まぁ、そりゃそうよね」


 まぁそうだろうな。


「だから、やることは結局、助け合いなんですよ。自分の命を救ってくれる人は、同行する仲間達しかいないのよね」

「……まぁ、同じ場所に居合わせた者同士でも助け合うことはできるが……」

「こっちにも予定ってものがあるからね。こっちの命の危険度は低けりゃ尚更。同業とは言え、こっちの仕事の成功を保証してくれるわけじゃないから」


 なるほど。

 それで?


「養成所同士の者達の集団が、そのまま冒険者としての活動ができるかって言うと、そうではないんですよね」


 ふむ?


「そりゃ、先輩達の組で人材募集をかけてりゃ、たとえ冒険者として未熟な腕前だとしても必要と思えば引き抜きはするわな」

「新人だろうが熟練だろうが、ね」


 つまりそれって……。


「養成所で巡り合った人達は、全冒険者の中のごく一部、と?」

「そういうこと、です」


 世間は狭い。が、世界は広い、つーことか。


「養成所の仲間からは、評価の低い能力かもしれない。けど養成所の外では、その低い評価の能力は意外と貴重かもしれない、ということです」


 ふむ。

 なるほどな。

 しかしだな。


「そいつぁ、今のところ、ただの慰めでしかねぇぞ? 確かにあの力が存分に発揮できりゃ、相当心強いと思う。だが……」

「あぁ、話には聞いた。ちと尖った、つーか、なかなか発揮しづらい条件らしいな」

「動き回る相手、特に予想もつかない動きをする相手に攻撃するには、効果的な使い方って……思い浮かばないわね」


 話に聞いただけかよ。


「実際に……試しに同行して、現場でその能力を目にして見たらどうだ? 百聞は一見にしかずだろ。その特殊な条件を簡単に作り出せる環境も、こうして話をしてるよりも思い浮かびやすくなる気もするが」

「それはダメ」


 イールが即答してきた。

 考察の余地もないのかよ。


「危険な場所で初見の能力見せられても、同行のみんなが戸惑うだけよ。養成所の同級の子達との仲が悪かったことを差し引いても、あてにされなかった能力ってことでしょ? 命の危険がない場所での活動なら問題ないでしょうけど、実入りが減るのは確かよね。でもそれは本人の望まない結果だから……」


 いくら経験豊富な先輩達と一緒でも、そんなあやふやな能力はリスクがでかい、か。

 考えてみれば、俺がスートのために冒険者に依頼するってことも、俺にも責任が伴うってことなんだな。

 俺にもかかるリスクは、俺にとってもでかすぎる。

 ……こりゃ手詰まり、かな。


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ジャンル別年間1位になりました。
俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる~


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