仲間に言う必要のないマッキーの秘密 その5
五年間、勇者をやってきた。
来てくれてありがとう。
魔物を倒してくれてありがとう。
そんなことを何度も言われた、と思う。
けど、泣き顔を見た回数は圧倒的に多かった。
涙が出る時は、悲しいときだけとは限らない。
けど、悲しい顔を見た回数の方が、圧倒的に多かった。
でも、その場に駆け付けたら恨み言を言われたり、憎まれ口を叩かれたことはなかった。
むしろ……。
「……勉強あきらめたのかよ」
「勇者続けてれば、みんな幸せだったのに……」
「何のために通ってたの?」
「もっかい勇者になるってお願いしてくればあ?」
勇者を辞めた後の家族から言われたことの方が多い。
国王から支給されたお金は、しっかり蓄えてたようだった。
おそらく両親がなくなって兄弟達みんなが寿命で人生を全うした後も残るくらいらしい。
怠惰な毎日を過ごしても問題なさそう。
だからと言って、そんな毎日を送る気はなく、母さんは常に家の中にいて家事を絶え間なくこなしている。
父さんは、昔とほとんど変わりなく、畑仕事や近所の力仕事の手伝いで外出してる。
あたしに対する態度はともかく、毎日働いてる両親姿を見たら、貯金はどうあれ、何かせずにはいられない、と思った。
そして、晩ご飯の時に、決心してこれからのことの話をしてみた。
「働きに出る?」
「うん……」
「学舎に通うのも、すぐに辞めちゃって……。そんなんで仕事できるの?」
意外にも、心配された。
けど、あの環境ではとても落ち着いて勉強していられない。
それに、兄弟姉妹からの露骨な仲間外れや、両親からも時折見え隠れする、あたしを非難するような顔も見たくない。
「……大丈夫だよ。技術を身に付けなきゃできない仕事に就けたら…‥多分一人で何とかできる……」
一人でいた方が、間違いなく気楽だ。
この村を離れて、あたしのことを誰も知らない場所で働く方が、まだ真っ当な人生を送ることができそうだ。
人の力を超えた存在が人を襲う。
その存在に立ち向かわなければならなかったあの頃は、仲間の助けがなければ倒せなかった。
けど今は、そんな窮地に立たされることはない。
あの頃に比べれば、大概のことなら一人で何とかなるはずだ。
「家を……村を出て一人で暮らすよ。別のところで生活していくつもり」
「そうか。……お金は出せないが、頑張れよ……」
「あ……、う、うん……」
せめて、隣村までの馬車代くらいはもらいたかった。
二千円もあれば、そこで適当に仕事して、そこからさらに遠くの場所に移動するための蓄えを、と思っていたけど。
「まぁ……途中でお腹が減っても、そこらに生えているススキモドキの実は食べられるって言うし……日時の予定がないなら、のんびりと歩いて行けば、遠い場所にまで行けるわよ」
「え……あ……うん……」
……結局、あたしのことを心配してくれる人は、誰もいなかった、ということだ。
「で、もう出るのか?」
「え?」
流石に耳を疑った。
現時刻は、夜の七時を越えている。
「先延ばしにすると、出発する機会を失っちゃうわよ?」
勇者に選ばれる前は、他の兄弟姉妹と分け隔てなく愛してもらっていた。
もちろん兄弟達との仲も良かった。
両親から怒られることはもちろんあったが、大概五人一緒に怒られた。
五人一緒に褒められた。
五人一緒に遊んでもらった。
夜は一緒の寝床で眠ったことも、何度もあった。
なのに、あたしが勇者に選ばれてからは、あたしを除いたみんなが、新築の家が出来て一緒に喜んでたに違いない。
きっとあたしが他の仲間達と一緒に、たくさんの人達の泣き顔を見ていた頃に。
あたしを除いたみんなが、どこかへ旅行に出かけて楽しい思い出を作っていたに違いない。
きっとあたしと仲間達だけが、魔物に殺されたたくさんの人達の亡骸に、黙とうをささげていた頃に。
あたしを除いたみんなが、綺麗に、立派になっていく村を見て喜んでたに違いない。
きっとあたしと仲間達だけが……。
そして今。
勇者時代に得た物をすべて失ったあたし。
報酬はもちろん、装備も、能力も、そして勇者時代にはいつも一緒で、支えてもらってた三人の仲間達も。
勇者に選ばれてなかったらきっと身に着けていたであろう知識も、勇者に選ばれたことによってその機会を得ることがなかった。
「……お世話に……なりました……」
何だったんだろう?
あたしの人生は、何だったんだろう?
もはや、涙も出てこない。
でも、それも当然だ。
誰かが魔物に殺されたわけじゃないから。
無残な死を遂げた者は、ここには誰もいないから。
多分、そうだ。
そしてあたしは、何も持たず、二度と戻ることがない、これまで見たこともなく思い出もない自宅を出た。
※※※※※ ※※※※※
それから数か月経った。
足の向くまま、気の向くままに国内を歩き回った。
どこか一か所に定住することはできなかった。
お店の手伝いをしようにも、力仕事はまったくできなかった。
勇者の頃のつもりで物を運ぼうにも、神から授かったあらゆる力は失っている。
会計も、買い物客が増えるほど計算の間違いが増えていく。
食堂の手伝いをしようにも、刃物の使い方が全然分からず、教わっても要領を得なかった。
料理を運ぶにも、どのテーブルに運べばいいか分からなくなる。
ご飯の時間になればなおさらだ。
勇者時代には触らない日はなかった武器や防具を扱う店の手伝いもした。
けど、商品のほとんどがとても重くて、一人では運べない。
鍛冶屋ともなれば、力を必要としない仕事はまったくなかった。
だから当然収入はない。
道端に生えている雑草くらいしか食べられない。
武器も当然振るえないから、野生の動物を狩ることもできない。
魔獣狩りなんてとても無理。
体は次第に痩せてくる。
けれど足は重くなる。
そんな日々の中、村と村を結ぶ広い砂利道をとぼとぼと歩いてた時のこと。
前から馬車がやってくる。
当然、道端に寄る。
すれ違う馬車の大きな窓を見ると、見覚えのある三人と、初めて見る一人の人物を目にした。
勇者時代の仲間達だった。
初めて見る人物は、自分の後に指名された勇者に違いなかった。
すれ違う一瞬だから、目に留まることもなかったろう。
けど、仲間達は、あたしの素顔も名前も知らない。
ましてや、こんなみすぼらしい姿とあっては、元勇者などと名乗ったところで、誰がそれを信じてくれようか。
故郷を出てから、初めて涙がこぼれた。




