この村で初めての雪を体験
本題前の小芝居です。
こっちの世界にも、春夏秋冬はある。
梅雨もあるし、冬になると豪雪に見舞われる地域があれば、気温は下がるが雪は降らない地域もあるんだそうだ。
そう言えば行商時代は、雪が降りそうな地域に行かないようにしてた。
人力が中心だったからな。
しかも荷車は、車体も車輪も木製。
雪がくっついたら、雪ダルマ方式で動きにくくなり、凍ったりしたらもうどうにもならない。
荷車の屋根に雪が積もったら、雪の重みで壊れるかもしれなかったから。
このサキワ村では、雪は降る年と降らない年がある。
だから豪雪地帯ではないが、山の方は流石に積もる。
が、龍とか、とんでもない魔物の生息地域なだけあって、山に向かうには相当の距離がある。
山のふもとまで、片道半月くらいはかかるとか何とか。
もちろん魔物と出会わなかった場合。
もし出くわしたらば、永遠に山に辿り着くことはできないか、帰ってくることはできない、らしい。
それは同意する。
サミーが生まれる前に、その生息地域に足を踏み入りかけたことがあったが、ありゃあ生きた心地しなかった。
貴重な体験だったな。
で、最近妙に冷え込んできた。
「アラタぁ。ドーセンさんがね」
俺たちの晩飯の注文をしに行ったヨウミが帰ってくるなり、ドーセンから言われたことを話し始めた。
「どしたよ」
「今年は雪が降るかもだって。で、暖房とか用意してるのかって。そんなに積もらないかもしれないけど、雪かきの道具とか必要になるんじゃないかって、心配してくれてた。どうする?」
どうするってお前……。
「必要なら買い揃えなきゃならんだろうし……。ってみんな、防寒具とか必要かな」
俺とヨウミは必要だろう。
雪が降るほど気温が下がる毎日ならば、厚手の服は絶対欲しい。
が、みんなは果たしてどうだろう?
という事で晩飯の時間。
「おりゃあ冬眠するわけじゃねぇけんどよ。地中に潜りゃなんぼかあったけぇし。暑くなってくりゃ外に出りゃいいしよ」
「オレモダナ」
ミアーノとンーゴは、寒さをしのげる場所があるということで、特に必要はないらしかった。
「俺はあ、まあ、欲しいってえ、思う時はあるかなあ。でもお、雪が降るならあ、ほしいかなあ」
モーナーは雪が降らない時は必要ないのか。
新陳代謝激しそうだな。
「ミッ」
サミーは両腕を交互に動かして地面を叩く。
否定の意志だ。
つまり、必要ないという事らしい。
「あたしは必要ないわよ? 発熱の魔力でいつも通りにできるから」
コーティは、普段から魔力が漏れている状態らしい。
その漏れている魔力を熱を持たせる術に変えれば問題ないらしい。
エコだな。
「あたしは欲しいかなー。寒さに強いってわけじゃないしねー」
マッキーの場合、寒暑への対策は俺らとそんなに変わらないらしい。
「私は……体の変化に影響するかも」
「ライムモ、トッッッテモサムイト、コオッチャウカモ」
そういうライムも見てみたいが……。
とっても寒い、その基準がどれくらいのものかは分からんな。
でもクリマーも影響があるのか。
「え? 暖房? 今更? 寒くなったら、みんな、あたしのお腹においでよ」
そうだった。
こういうやつだったな、テンちゃんは。
「あんたのお腹の中に入ったら、すぐに眠くなるから面倒っぽいわよね」
「眠いから寝るんでしょうに。あ、でも、眠くなくても眠らせてあげられるけど?」
最近睡魔の異名が板についてきたなー。
そういうことで、防寒具、暖房器具、除雪道具を買い揃えた。
……そんなことがあったのは、一か月以上前。
二か月も経ってないはずだが……ひと月半前か?
村も、稲刈りは当然済ませたようで、冬支度もどの家も完了したようだ。
※※※※※ ※※※※※
ある日の早朝。
外から聞こえる歓声で目が覚めた。
上体を起こすと、いきなり背中に寒気がやってきた。
「へ? 何だこの温度?」
悪寒じゃない。
気温が下がってる。
寒さに弱いから、予め枕元に用意してあった冬服に着替えるが、服自体も冷えてる感じ。
体温が伝わるまでの辛抱。
そんな間にも歓声は続いてる。
聞き覚えのない声はない。
「何やってんだあいつら。……六時? まだ六時? あいつら、こんなに早起きだったっけ?」
魔力が動力の暖房器はありがたい。
ファンヒーターよりももっと早く室内の温度を上げてくれる。
念のためにコートを着て部屋を出る。
そこからは外気の気温になるから。
店がある洞窟の入り口にシャッターを付けられたら、こんなことをしなくてもいいんだが。
「おーいお前ら。朝っぱらから何やってんだー?」
声の元はヨウミ、クリマー、テンちゃん、コーティ。
マッキーとモーナーはまだ寝てるようだ。
ミアーノとンーゴはフィールドのねぐらにいるから……。
サミーはいるのかな? ライムの声は聞こえない。
店の外の方を見ると、うっすらと雪化粧の景色が見えた。
寒いはずだ。
雪が降ってきやがったのか。
「あ、おはよー、アラタ。ほら、見て見て!」
「おはようさん。朝っぱらから元気だねぇ。って、サミーもいたか。見てって何……でかっ!」
洞窟の前にあったら、間違いなく入り口が塞がっちまう。
それくらいどでかい雪玉が外にあった。
モーナーの身長は越えてる。
直径三メートルくらいか?
「何だよ……これ……」
辺りをよく見ると、この雪玉が動いてた跡があった。
薄く降り積もってる雪。
その上を通ったもんだから、ところどころ地面が見える。
雪玉をよく見ると、あちこちに土や砂利、雑草がくっついている。
つまり、これくらい大きくなるまで、こいつらはコロコロ転がしたってことだ。
「……お前ら……朝から暇してんなぁ」
「暇って何よ」
コーティが頬を膨らます。
そこまで暇じゃありませんって感じだ。
「雪だるまでも作るつもりだったのか? コロコロ転がしてそんなに面白かったのか? ……って、ライムは……寝てるのか?」
「ライムはこれだよ?」
「へ?」
テンちゃんが翼の先を差した先が雪玉だった。
「……ライム?」
するとこもった声が雪玉の中から聞こえてきた。
「ライムダヨー。アラタ? アラター、オハヨー」
オハヨー、じゃねぇわ。
なんだよこれ。
「何してんだ、お前」
「ユキフッタカラー、タノシクナッテ、コロガッテタノー。ソシタラ、コンナニナッチャッター。アハハ」
あははじゃねぇわ。
「ライムの笑い声が外から聞こえたので、何かと思ったら雪の上を転がってたんです。楽しそうだったから、そのまま見てたら……」
「そしたらどんどん大きくなっていって……」
ライムは喜び庭駆け回り、外でどでかく丸くなる、か?
「そしたらもう回れなくなったらしくて」
あほすぎる。
どうすんだこれ。
この雪の量。
「ライムー、そのまま雪玉の中から出てこられても困るぞー」
「ドウシテー?」
「店の前じゃないが、大量の雪の塊がここに置かれても、除雪しきれねぇんだよ。固いだろうし重いだろうし」
雪かき用のシャベルはある。
が、雪寄せダンプみたいなものはない。
当然除雪機も。
そんな物でもない限り、こんな雪の塊を寄せる体力はない。
「トカソッカ」
「それもダメ」
止めろ。溶かすな。
溶けたら、この気温だ。店の前が凍っちまって、普通に立つことだって難しくなる。
転んでばかりの買い物客は、買い物どころじゃなくなっちまう。
「転がって、小川の中でじっとしてろ」
いくら小さい川だって、いくら雪玉がでかかろうが、流れる水で雪玉が少しずつ削れれば、洪水みたいなことにならないと思うが。
「ソレモダメ」
「何でだよ」
「ライム、コオッチャウモン」
なんつー不器用な体してんだよ、こいつは!
「小川の中で、少しずつ溶かしたらいいんじゃねぇの?」
「ソレモムリ」
「何でだよ」
「……ドッチニモウゴケナイヨ」
あほ過ぎる……。
「じゃあ雪玉の内側から少しずつ削って、ライムの体に取り込んだらいいんじゃねぇの?」
「ソレモムリ」
「何でだよ」
「オナカコワス」
……もう何も言葉が出ない……。




