飛び交う噂 その1
「ぃよーう、今日も不景気そうだな、アラタ! ガハハハ!」
「ちょっと、ゲンオウ! いくら親しいと言っても、言っていいことと悪いことがあるでしょ! おはよう、アラタ、ヨウミ」
「あ、ゲンオウさんとメーナムさん、おはようございます。今日は早いんですね」
言っていいことと悪いことがある、というメーナムの言は正しい。
親しい、というのはどうだろうか?
言っていいことと悪いことの、どちらかというと、悪いこと……だと俺は考える。
あくまでも、ビジネス上の関係のみだったはずだが?
いつから親しくなったんだ?
「こ、こんにちは……」
「おはようございます……」
「ん? おう、こんにちは」
「おはよ。二人は……双子なの?」
「リウルです」
「ロウレです」
サミーを泣かせた双子は、あれ以来毎日謝りに来ている。
こいつらはほぼ毎日来て一週間くらいになるか?
だがサミーは二人を怖がって会おうとしない。
毎朝ミアーノとンーゴにおにぎりを持って行くときに、二人はサミーの遊び相手を引き受けてくれている。
「気にすんなや。最近何かよお、ただ飯食わせてもらってるっ感じがして申し訳ねぇからよお。それぐれぇのことなら喜んでするさね。なぁ、ンーゴ」
「オウ。マカセロ」
ってな感じでな。
あの二人はテンちゃんとかと比べると、俺とはドライな関係って感じがする。
俺にはいい距離感だ。
。。
「君らは学舎に通ってないのか? 勉強しなくていいのかな?」
「きょうおやすみ」
「あしたもおやすみ。がくしゃのおたんじょうびだって」
「あー……日曜かあ。この仕事してると曜日はすっかり忘れるわね」
曜日、月、年の風習もほとんど同じらしい。
もっとも大安吉日みたいなのはなさそうだが。
学舎……は学校みたいなものか。
道理で普段は相当早い時間にほんの僅か顔を出す程度で、夕方近い時間は割と長めに居座るというか。
まぁこいつらなりの誠意だろうな。
あの時からずっと、その誠意の強さに変化はない。
サミーに一体何をやらかしたのやら、だ。
「ところでアラタに聞きたいことがあるんだがよ」
「何だよ、改まって」
「いや……あのダンジョンの事なんだが……初級冒険者にお勧めのダンジョンって売りだったんだよな」
ダンジョンのことか。
管理者でも何でもないんだが……まぁいいか。
「別に売りって訳じゃないし、潜入するのに条件が必要って訳じゃない。大体俺は、扱うおにぎりが毎日いい感じに売れるかもしれないってことと、他業者が店を開くことがないって条件が揃った場所はないかと思ってたんだよ。他の行商人の仕事の邪魔をしたくないからな」
「随分殊勝な心掛けだな。それで?」
「俺が来る前からモーナーが掘ってたダンジョンだったんだよ。もっともダンジョンづくりを目的にしてたわけじゃなかったようだがな。それが初級冒険者向きのダンジョンになってるって噂は、俺がここを知る前からあったらしいんだな」
「あー、そういえばそうだったかもな」
ゲンオウもその話は聞いてたのか。
まぁ必要じゃなければ忘れるのが普通だよな。
「だから、俺はそのダンジョンに来る冒険者達を客層にしてるだけ。俺がダンジョンの管理をしてるわけじゃない。けど来るのは初級とか初心者とかだから、無事に帰ってきてほしいからテンちゃんとかに案内させてるだけ。これはもちろん純粋な善意だぜ? 死んだら元も子もねぇし夢見が悪い」
「いつも無愛想でぶっきらぼうなアラタから、善意なんて言葉聞けるとは思わなかったぜ! がはははは」
「ほっとけ!」
人間関係の余計なしがらみは真っ平ご免。
ホント、常々そう思う。
周りになるべく不快な思いをさせずに伸び伸びと人生を過ごしていきたいものだが、俺の世界じゃそれとは無縁の毎日を送ってきた。
この世界に来て、それがリセットされた形。
なのに、そんなもんでここでまた何かによって束縛された毎日を送るなんて考えたくもない。
だが、だからといって周りに苦痛を与えてまで自由に生きていきたいとは思わない。
被害者は受けた被害を口実に、一言目には「責任をとれ」と叫ぶ。
そんな言葉を聞きたくない人生でもあってほしいしな。
他人の人生の責任も持たなきゃならない、面倒な人生も送りたくはない。
そんなの、のびのびとは正反対の方向じゃないか。
ここに来る冒険者達の生死は、まぁここに来る者に限らないが、誰だって自己責任なはずだ。
ここのダンジョンやフィールドは、別に誰かに管理されてるわけじゃない。
この村の自治範囲ってことだけだ。
だからそこで死なれても俺の責任じゃない。
だからといって、死んでほしいとか死んでも痛くもかゆくもないなどと夢にも思わないし考えるわけがない。
誰だって死んだらアウトだ。
蘇生魔術は存在しないようだしな。
無関心だが、無感情なわけじゃない。
ましてや人の不幸を喜ぶ趣味もない。
今までさんざん俺の不幸は誰かから喜ばれてきたがな。
無事に帰ってきた姿を見た周りの連中は、それを大なり小なり喜ぶ。
どうでもいいとは思うが、その様子を見てて気分が悪くなるはずがない。
そんな危険な仕事に比べたら、ダンジョンやフィールドのガイドなんて、命に係わる仕事じゃない。
それこそ片手間でできそうな仕事だ。だから金をもらうほどじゃない、とテンちゃん達は言ってた。
そこへの入場料なんてのもない。
だから生きてりゃ、チャンスはその後もずっと続く。
余計な負担なしに、その職を続けるうえでの人生に成長や希望が持たせることができるなら、手の空いてる奴にその役目をやらせりゃ、みんなハッピーエンドを迎えることができるんだ。
目標未達成はバットエンドじゃないんだぜ? 次があるからな。
余計なしがらみを遠ざけるためには無関心でいることが一番だ。
だがだからといって、そいつらの不幸を願ってるわけじゃねぇ。
万人の幸せを願うために、国中、世界中を回って歩きたいなんてまったく思ってもないけどな。
「一般論的に言ってそうだろ? 別に俺の善意ってわけじゃねぇ。傍から見たら善意による行為に見えねえかってことだよ」
「ツンデレねぇ」
……この世界にもツンデレなんて言葉あったんか。
「まぁアラタの善意がどうのってのが本題じゃねぇ。つまりダンジョンとかには誰でも入れるってことだよな?」
「俺に聞くな。村の中にいるより危険度はかなり高いってことだ。村の中だって、歩いて躓きゃ怪我もする。ダンジョンの中には魔物が出ることもあるっつーだけのことだ。大体改まってんなこと聞いて、何なんだよお前ら」
「いや、通りすがりの行商人に聞いたんだけどよ」
まだ前置きが続くのか?
長すぎんだよ!
「ドーセンとこで、最近いい買い物させてもらってるっつーの聞いたんだわ。質のいいアイテムが色々入るってな」
「量は少ないけど種類が多いから、高値の品がさらに高く売れるんだって。そしたらダンジョンから見つかるって聞いたから」
ローリスクハイリターンを狙ってんのか。
「俺達ゃこの仕事は気に入ってるさ。けどやっぱり実入りは多けりゃ多いほどいい。まぁちょいとした事業のアイデアが浮かんでな。とりあえず現場を見てみたいと思ったんだが」
その現場ってのがダンジョンってわけか。
「俺からは好きにしろとしか言えねぇな。初級者とベテランの格差が激しくなるとは思うが、俺にはその口出しをする義務もねぇし案じても対策を考えるつもりもねぇ」
「言ってんじゃねぇか。ま、そのことも俺らはいろいろ考えての上さ。んじゃちょっくら行ってくるか」
「その前に、おにぎりのセット買わなきゃ、でしょ?」
「おぉ、忘れてた」
やれやれだ。




