8 銀の毒、聖女の決意
本日はオルガ嬢と二人での食堂ランチである。
宮殿での宿直の後は完全に休日らしい。アンジェは学園も宮殿の仕事も今日はお休みだそうだ。
オルガは今夜が当番との事。
今夜から明日の朝オルガが宮殿を出るまでセイとして中庭に出るのはやめといた方がいいか。美少女顔の男がいる事を全否定していたしな。俺も気持ち悪い男!とか思われたくないし。
「今日は食べるのがとてもお早いのですね聖女様」
朝にトレーニングしたせいだろう。やたら腹が減るのだ。
オルガが半分も食べる前に俺の食器は空になっていた。
食堂っておかわりしてるの見た事ないけど駄目なんかな。いや聖女がおかわりしてたらおかしいか?
明日からおやつのようなものを持たせてもらおうかな。実習場で食べれば誰にもバレないし。
「今朝ヨガのような事をしまして、代謝が良くなったのでしょう。恥ずかしながらお腹が空いていたのです」
嘘ではないな。デッドリフトもヨガも同じようなものだ。
というか、いつからヨガは女性が主にやるようなストレッチ的なエクササイズになってしまったのだろう。
一昔前だとヨガと言えばインドの歴史が作り上げた苦行のイメージがなかっただろうか?
腕を伸ばしたり宙に浮いたりとか、まして炎を吹くなんて今のヨガからするととんでもないもんな。
宗教的なものと今のスポーツヨガはもう別物になってしまったということだろう。
「ヨガ? とは何ですの?」
オルガには当然、順番にポーズをとっていくフィットネスヨガを説明する。聖女が朝っぱらから解脱してたら嫌だわ。
「私の世界では適度な運動は美容には不可欠と言われていまして、ヨガは世界的に大流行しています」
「美容にでございますか。それは私も気になりますわ。運動なんて最近全くやっておりませんもの」
「美容にいいということは健康にもいいということです。美容とは本来容貌を整える事を言いますが、私の世界では体の調子を整えるという意味に変わってきておりまして、化粧などに頼らずに肌の美しさを保つ事だったり、健康的な体を表す言葉になっています」
「美しさと健康は同じものである、と?」
「そうです。睡眠不足が続くと目の下に青いクマが出来ます。化粧で隠すより睡眠をとって原因を除いた方が良いでしょう?」
青いクマは睡眠不足からくる血行不良が原因だが、茶色いクマは紫外線が原因なので予防が大事だ。
そういえばルミエールって紫外線撒き散らしてるんかな。でもジークの肌真っ白で日焼けしてない感じだし、コントロール出来るんだろうな、きっと。
「根本的な解決をしようとすると健康に辿り着くと。なるほど、奥が深いですわ」
オルガは俺の話す地球の健康などの知識への関心がアンジェよりも一段高い。続けて俺に質問をする。
「目の下の青いクマは寝れば治ります。ですが、寝ていらっしゃるのに肌が青くなる場合はどうしたらいいのでしょうか?」
オルガの目が鋭さを帯びる。
王妃の事だ。オルガは地球の知識の中に王妃を救うヒントがないか必死なのだ。
俺はなるべく抑揚を抑えた声でこれに答える。
「一つ、心当たりがあります」
「本当でございますか?!」
身を乗りだして俺に迫るオルガ。落ち着くように諭すと椅子に座り非礼を詫びた。
少し間をとってオルガが落ち着くのを待ってから、銀中毒について説明する。
「銀、でございますか?」
「はい。銀皮症といいます。銀を含んだ肌が日光と反応する事で青くなったり黒ずんでいきます。まずは日光から遠ざけてみてください。それで変色の進行はおさまるかもしれません」
オルガは口に手を当てて驚いた。
「毎日カーテンを開けて日光を部屋に入れていますわ!わかりました、今日から日光は遮断するように提案いたします。聖女様のお知恵と言えば聞いて頂けるでしょう」
「次にどうやって銀が体内に入ったかです」
結論は急いではいけない。調べられる事から一つずつだ。俺はまず倒れる前に銀を摂取している可能性についてオルガに確認して欲しいと頼んだ。
地球の現在でも銀の食器は沢山あるが、中世ヨーロッパで紅茶などを銀のティーポットで淹れたものを飲み続けて銀中毒になったと何かで読んだ気がする。
王妃一人しか発症していないという事は王妃だけが行っていた事が必ずあるはずなのだ。
ここまでの話だと銀食器イコール銀中毒みたいに聞こえるがそういう訳ではない。ヒ素に反応して変色する為、盛られた毒を発見するのに銀の箸やスプーンが好んで使われていた事もある。
ティーポットの件はあくまで溶け出した銀を長期間に渡り口にしたのが危険だったという事である。
しかし、オルガに聞くとセラヴィスでは地球よりも銀が貴重らしいのだ。主に最高級の装飾品として用いられる事が殆どで食器にするなど聞いた事がないとオルガは言った。
「でも調べてみますわ。食器でなくても、何か銀を使っているものが宮殿にあるかもしれませんから」
「違った場合無駄足になってしまいますが……」
「無駄になんてなりませんわ。違ったとしたら仮説を一つ潰した事になりますもの。大きな前進ですわ」
その考え方は素晴らしいな。前向きの極みだ、俺も見習いたいものだ。
オルガが言うとその見た目の派手さも相まってとても頼もしく感じる。俺は深く頷いた。
「そうですね。何事も一つずつ、焦らずに出来る事からですね」
先程思った事を改めて口に出した。
「そうですわ聖女様」
オルガも満足そうに頷く。
「オルガさん。2つほど聞いてもよろしいでしょうか?」
「何でしょう聖女様?」
「もしもお付きあいしている男性が尻を叩いてくれと頼んできたらどう思いますか?」
オルガは豆鉄砲をくらった。
「臀部を叩く? 罰とかではなくて、頼んでくるのですか?」
「懇願です」
オルガは物凄く不快そうな顔をして答えた。
「そうですわね。このド変態がと罵りながらその臀部を思いっきり蹴り上げてやりますわ」
ほう、それもいいな。
俺は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
だがやっぱり恥じらいながら「本当にいいんですか?」と確認しつつ、顔を赤らめながら、それなのに叩く時は思いっきりスパーン! と脳まで衝撃が届くような一発をくれる、そんな彼女が欲しい。
「オルガさんはなかなか厳しいですね……」
俺はたまらず苦笑いのふりだ。いや、俺が振ったんだけどな。
「そんな男が身近にいらっしゃるのですか?まさか、セイという人ですか?」
ぶほっ、と飲みかけた水を噴いてしまった。
「オ、オルガさん、セイ様をご存知で?」
オルガはその顔を一層不快に歪めた。
「アンジェが最近その男の話をよくしてくるんですの。一日アンジェと会う事がないので宿直の日はいつも宮殿からの帰りに、王妃様の容態や何か変わった事がなかったか引き継ぎの為に私の屋敷に立ち寄ってくれるのです。今朝も来てくれたのですが、そのセイとかいう男の話ばかりでしたわ!」
なぜオルガ嬢はこんなにもセイを憎々しげに語るのであろうか?
だって会った事もないもん! 人からの話だけで悪く言うのはひどいんだもん!
もーん!と目玉がいっぱい飛び出そうになるのを我慢してオルガに聞く。
「ア、アンジェリークさんはセイ様の事を何と言っていたのですか?」
フンッ! と鼻を鳴らしてからオルガは答えた。
「たくましくて美しい魅力的な男性だと褒めてましたわ!でもあの子は王都に出てきたばかりの田舎者ですもの、きっと騙されてるんですわ!」
あ、なんだ。アンジェが心配なだけか。セイがどうこうという訳ではないようだ。アンジェに悪い虫がついてないか心配なだけなのだ。
「仲がいいのですね」
「その男とアンジェが?私は認めませんわ、この目でその男がどんな男か確かめるまでは……」
興奮して話すオルガの言葉を遮って俺は言った。
「いえ、オルガさんとアンジェリークさんが。ご自分の事以上に心配なのですね」
俺の言葉に目を丸くしてキョトンとするオルガ。自覚していなかったようだ。
慌てて否定をする。
「べ、別にそういう訳ではありませんわ! アンジェは確かに一生懸命でひたむきでいい子ですが、ただの同僚、クラスメイトですわ!」
「クスッ、わかりました。そういう事にしておきましょう。2つ目の質問ですが」
2つ目の質問こそ本丸である。
1つ目に冗談のような質問で雰囲気を柔らかくして、聞きにくい2つ目の質問を聞きやすくするという会話のテクニックだ。
そう、1つ目は冗談なのだ。しかし本気の蹴りか、しかも罵倒付きだ、悪くないな……。
「フリオニールさんについてお聞きしたいのです」
オルガの表情が強ばる。が、直に観念したように話してくれた。
「わかりました。話せない事もありますが……」
フリオニール。家名はない。養成所の騎士課程に在籍する17歳。
家名がないという事は家もないという事である。養成所の寮に住んでいるらしい。
そしてオルガとフリオニールの出会いについて話してくれた。
オルガが7歳の時、誘拐された事があるらしい。
オルガの祖父はジェリコー侯爵。侯爵である。とっても偉いのだ。と言っても俺が爵位について知らないのでどんなものかわからない。
「ごめんなさいオルガさん。爵位がわからないのですが」
無知な俺にオルガは簡単に教えてくれた。
アーガルムでは上から侯爵、伯爵、子爵、男爵の順で地位が高いという。
ツェーゲラはバルバストル侯爵だ。国の政治を担うツェーゲラと同じで王の次点である。とっても偉いのだ。
アンジェがオルガに様を付けて呼んでいるのも爵位の違いからだろう。ディディエ家は子爵である。
ん?アンジェはフリオニールにも様をつけていたな。フリオニールの出自に何かあるのか?それともアンジェが誰にでも様をつけるだけか?
話の腰を折ってしまったが、オルガが誘拐された事件。
なんちゃらという伯爵がジェリコー侯爵への恨みやいざこざから犯行に及んだらしいが、監禁されたオルガを助け出したのが当時同じく7歳だったフリオニールだった。
フリオニールの呪いの力がオルガの居場所を割り出したのだという。
その事件があるまでフリオニールは呪いの力を隠していたらしい。しかしオルガの為に呪いの力を使い、それ以来呪いの子と言われるようになったという。
オルガが悪い訳ではないのだが、オルガは自分のせいでフリオニールが呪いの子と蔑まれるようになったと思っている。そして、なんとかフリオニールの力になりたいとも思っているのだそうだ。
「王妃様の病気を治す事がフリオニールさんの為になると?」
「申し訳ございませんわ聖女様。フリオと王妃様の関係、それとフリオの呪いに関しては私の口からは話せませんの」
「わかりました。ではせめて、誰なら私に話す事が出来るのか教えて貰えませんか?」
「……聖女様であれば、ジークハルト殿下に問えば話して頂けるかと」
ジーク? 意外な名前が出てきたな。
「ありがとうございます。オルガさんの名前は出さずに殿下に聞いてみます」
「そうして頂けると助かりますわ。こちらこそありがとうございました。日光については早速今日から対策していきますわ」
「ええ。何かあればまた」
腹5分目で昼食を終えてトレーを片付けオルガと別れた。クロームの待つ第2実習場へと向かう。
聞きました奥さん?
たくましくて美しい魅力的な男性だと褒めてました
ですってよ奥さん!
これは尻叩きがご褒美だとかアホな事を言っている場合ではないな。
俺は変態をやめるぞ!徐々にーーッ!!
うん、いきなりマトモになんてなれるはずがないからな。徐々にだ。
何事も焦らず、出来る事から一つずつだ。
少しずつ変態的な言動を減らしていこうと決意する。
いや、待てよ、ひょっとしたら変態が好みのタイプだという女性もいるかもしれない。
万が一、アンジェがそうかもしれない。
満月の晩に全裸でバルコニーに出て全身をくまなく月光にさらす性癖を、アンジェはうっとりとした顔で「カッコいい……抱いて!」と思うかもしれない。
んな訳ねーわな。そこまでの変態好きな女性なんて俺が嫌だわ。うん。やっぱり変態は自粛していくとしよう。ちなみに俺に上記の性癖なんてない。
オルガには結局言えなかったな。
銀皮症は不可逆だというのが定説だという事を。
つまり一度青くなったら元の肌色には戻らないという事だ。
でもそれは地球の話。
ここは魔法もある異世界だ。
なんでも治る薬もあるかもしれない。
錬金術なんてものもあるかもしれないのだ。
そして俺は聖女だ。
俺が諦めてはいけない。
治す方法はきっとある。
そう俺は自分に言い聞かせた。
前方にフリオニールの姿を発見する。
騎士課程は毎日午後から練兵場で訓練らしいのだ。
今日は模擬剣を自分の一本だけを持っている。
俺が注意したあの日以来雑用を押し付けられる事はなくなったようだ。
しかしイジメというのはなんでもありだからな。あの手この手でひどい事をしてくるのだ、楽観視してはいけない。
俺は小走りでフリオに追いつき声をかける。
「こんにちはフリオニールさん。お元気ですか?何かありましたら私に……」
「大丈夫なんで。ほっといてください」
こちらを見ることもなく、俺の言葉を遮って拒絶すると足早に練兵場へと入って行った。
うーむ。誰も信じられないのかな。信頼できるような人はフリオニールにはいないのだろうか。
まあ、焦らずに、出来る事を一つずつだ。今晩にでもジークにフリオニールの事を聞いてみるとしよう。
俺は午後からの魔術訓練に向けて気持ちを切り替えるのだった。




