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7 朝の時間に

 「私は治癒魔術を教える事は出来ません。ですがしばらくは中級治癒魔術を使ってもらいます」


 クロームの特別レッスンはそんな言葉から始まった。


 「学園の授業は魔術が使えるようになれば合格です。上級の魔術が使えれば上級魔術士として認められます。ですが私の考えは異なります」


 実習場は小さい体育館のような場所だった。100坪ぐらいだろうか。

 その中央で俺とクロームは向かい合って椅子に座っている。

 実習場の奥、クロームの後ろには大量の麻袋が積んである。

 

 「魔術の概要から説明しましょう」


 各魔術には初級、中級、上級、特級があり、特級を使える者は魔術士の中でも数えるほどしかいないらしい。

 「特級の上もあるんですよね?」と冗談半分で聞いたら「超級がありますよ」と意外な答えが返ってきた。

 ただ、超級魔術は今は失われた魔術であり、伝説やおとぎ話の類いだと言う。

 

 「超級魔術は幻の魔獣、即ち幻獣の所業だと言われていたそうですが本当かどうかはわかりません」


 失われた魔法なんてロマンの塊じゃないか。暇があったら調べてみる事にしよう。


 初級の魔術が一番簡単で使用魔力も少ない。上にいけばいくほど、難易度も上がり使用魔力量も多く必要になる。

 

 「ま、級なんて意味がないので忘れてください」


 初級魔術でも魔力量を注ぎ込めば大規模になる。その注ぎ方を皆が知らないだけだという。

 火魔術で例を挙げると、大爆発の後に炎の柱をあげ対象を焼きつくす特級魔術カタストロフ。

 しかし、対象を着火させ延焼させる初級魔術イグニッションと、威力と範囲が違うだけでやっている事は同じなのだ。

 だがイグニッションで使う魔力量はほぼ一定で、効果もほぼ一定であるというのが今の世の常識である。

 学園ではメカニズムを理解すれば魔力使用量と威力が変わると教えているがクロームが言うには

 「確かに変わりはしますが微々たるものですね。使えるようになるためには仕組みを理解している方がイメージしやすいので、勉強する事自体は間違っていません」

 との事。

 詠唱魔術を使う以上、使用者の素質がどうであれ級を越えた効果は期待してはいけないようだ。


 「詠唱による自動化の弊害ですね。魔術の敷居が低くなったのは喜ぶべきなんでしょうが、魔道を極めんとする私のような者には寂しい話です」


 つまり俺には現在主流の級分けされた詠唱魔術ではないものを教えようとしているらしい。

 詠唱がやってくれている、魔力を集め、束ね、動かし、形を変え、性質を加え、対象を決め、放出する。以上の事をマニュアルでやるのだ。

 中級治癒魔術で魔力の流れを掴み、段々とマニュアルに切り替えていくそうだ。


 「勿論段階を踏んでいきますので、今日はまず魔力量の調整を自在にできるまで、ですね」


 昨夜俺は詠唱魔術を使った、にも関わらず途中でやめるまで魔力を吸いとられたのはどういう事だろう。

 詠唱魔術の魔力使用量は決まっているはずである。


 「恐らく詠唱が破綻したのだと思います。制限をかけようとしたけれどレン様の魔力が強力すぎて制御しきれなかったんでしょうね」


 つまり水の勢いが強すぎて蛇口が壊れたようなものか。


 「昨夜治癒魔術を使っておいてもらって良かったです。まさか詠唱に不具合が出るほどだとは思っていなかったので、最初の予定では導入として火魔術の初級を使ってもらうつもりだったんです。学園一帯が吹き飛んでしまうところでした。ははは」


 ははは、じゃねーよ。

 意外にこの人軽いというか、ユーモアがあるんだよな。見た目は完全に不審者なのに。

 ぼろぼろの茶色のローブに無精髭とボサボサの髪。首にかけている十字架のネックレスなんて錆びて真っ黒でどんなものかわからないほどだ。

 でもこの人ならこんな格好をしている理由も、いかにも魔術士っぽいでしょう? なんて軽く答えそうだ。


 「では練習に入りたいと思いますが、ここまでで何か質問は有りますか?」


 「クローム先生はマニュアルで魔術が使えるんですよね?だったら治癒魔術も使えそうな気がするんですが何で使えないんでしょう?」


 「はい、得手不得手は誰にでもあるものです。水魔術を苦手とする人は泳げない人が多かったりするのですが、私の場合この眼を仕込む時に体の構造も変質してしまいましてね。治癒魔術を体が受け付けなくなってしまったんです。系統の相性というのは結構馬鹿に出来なくて、個人の性格や育った環境が大きく影響します。治癒魔術に才がある人は幼い頃死にかけるような怪我や病気をしている人が多いとか言われたりもしていますね」


 各人で適性があるということか。

 以前テレビで酢飯が苦手で寿司が食べられない寿司屋とか見た事があるが、あれは特殊な例だろう。

 好きこそものの上手なれ、という言葉もあるし、好きな事や馴染みの深いものの方が得意になりやすいという事らしい。


 「さて、では始めましょうか」


 クロームは麻袋の一つを持ってきてひっくり返し中身の桜の枝を床の上に撒いた。

 麻袋の全てが桜の枝のようだ。


 「この葉の殆どついていない枝に治癒魔術をかけて、効果を調整してもらいます。開花、三分咲き、五分咲き、七分咲き、満開と自由に出来るのが目標です」


 よし、いきなりハードルが高そうな気もするがやってやろうじゃないの。


 俺は枝を手に取り詠唱を始めるのだった。



 ―******―



 学園に通い魔術の勉強を始めて3日後の朝、俺は中庭でジークに頼んだあるものを前に少し興奮していた。

 バーベルとトレーニングベンチである。

 ジークに何か必要なものがあるかと聞かれて俺は迷わずトレーニングの道具を挙げた。

 ダンベルとベンチプレス台にパワーラックも現在製作中だ。

 わずか3日で出来るとは思わなかったが、シャフトと重りのプレートは土魔術で作ったとの事。

 シャフトとはプレートを差す軸の事だ。シャフトにプレートを合わせた物をバーベルと言う。

 勿論そんな詠唱魔術はないので、クロームがマニュアル魔術で砂を固めたり石を削り出したりしてほぼ一人で作り上げたらしい。午前中は殆どこの作業で手一杯だとちょっとだけ愚痴をこぼしていた。

 トレーニングベンチは王室御用達の家具職人製である。

 なんちゃらウルフとかの革を豪勢に使いクッションも素晴らしい。恐らく地球でもこんな豪華なベンチはないであろう。

 中庭に東屋のような屋根をつくってもらい、トレーニングスペースにさせてもらった。

 トレーニングとは積み重ねである。

 一朝一夕で効果は出ない。逆に言うとサボってしまうと今まで積み上げてきた努力がムダになってしまう。

 トレーニングには真剣に向かいあってきたつもりだ。異世界に来たからといってやめるつもりはない。


 俺は召喚された時の格好、Tシャツに短パン、スニーカーに着替えトレーニングを開始する。

 バーベルとベンチしかないからな、背中だな今日は。

 プレートを差し込みバーベルをセットする。デッドリフトの準備だ。

 床に置いたバーベルを腕を伸ばしたまま、体を少し後ろに反るぐらいまで持ち上げる、主に背中を鍛えるエクササイズだ。死ぬほど辛いからデッドリフトと名付けられたらしい。

 60キロからスタートし、段々と重量を上げていく。

 

 「ほう、それが異世界のトレーニングか。セイ」


 ジークが物珍しそうに俺のトレーニングを腕を組んで見ている。

 ちなみに男の格好をしている時の俺は、王家の謎の客人セイとして扱う事になっている。

 Tシャツ短パンだと女にも見えるがカツラも無いし化粧もしていないし筋トレ中はセイで通す。聖女が100キロ以上のバーベル担いでてもおかしいしな。

 王家の謎の客人てなんやねんと突っ込みたいところであるが、ピエールがそう決めてしまったのだ。

 なんでもセイ様は今は亡き小国、ピエールランドの王族の末裔で、アーガルムに亡命してきたとの事。いたずらばかりで宮殿の人を困らせているが、それは国許へ帰れない寂しさの裏返しなのだそうだ。

 なんだよピエールランドって。いい加減にしろ。

 しばらく見ていたジークだったがやがて部屋に戻って行った。まあ見ていて面白いものでもないしな。トレーニングとは地味なものだ。

 目一杯息を吸い込み、吐くと同時にバーベルを引きあげる。エンドまであげたら肩甲骨を寄せ背中に効かせる。そしてあげた時とおなじラインをなぞり床へ下ろす。

 1回、2回、3回、4回、5回、6回、7回、8……は上がらなかった。


 「だあっ! フゥ……フゥ……」


 思わず声が出て息も荒くなるが、楽しい。やっぱり筋トレは楽しい。

 やらない人達からしたらどMにしか見えないだろうが筋トレはとっても楽しいのだ。

 楽ではないが楽しい。

 

 そうして汗を流す俺に唐突に声がかかる。


 「おはようございますセイ様。朝から凄いですね」


 誰かと思ったらアンジェだった。

 朝から仕事なのかと思ったら水曜の夜は当番の日らしい。

 宿直として宮殿に泊まりだという。

 おいおいそういう情報は展開しといてくれよピエール。今後中庭に出るときは男の格好でセイとして出た方が良さそうだ。

 

 「その重りは何キロなんですか?」

 

 アンジェがバーベルを指差して聞いてきたので140キロというとドン引きしていた。全国展開している日本で一番有名な金色のジムとかに行くと300キロ以上あげる人がざらにいるので自分としては全然なのだが、全くやった事のない人にとっては確かに驚く数字だろう。


 「140キロですか……。どおりで、私も軽いとおっしゃるはずですね」


 「そうですね、70キロなら大丈夫です」


 「さすがにそこまで太ってはいません!」

 

 俺の冗談に頬を膨らませて怒るアンジェ。超かわいい。


 「あはは、冗談ですよ。怒りました?」


 「怒りました! とっても!」


 プンスカ! という擬音が出そうな表情で怒るアンジェ。腕を上下にブンブンと振っている。超かわいい。


 「じゃあこれをあげるんで機嫌を直してください」


 水差しに入れられた、少し黄色がかった透明な液体をコップに注いでアンジェに差し出す。

 乳清、いわゆるホエイプロテインの元である。ヨーグルトをほかっておくと透明な液体が出てくるがあれが乳清だ。

 牛乳のたんぱく質はホエイとカゼインという二種類があり、ホエイはたんぱく質の中でも吸収にかかる時間が一番短い事が特長である。

 トレーニングする人をトレーニーと呼ぶが、そのトレーニーやアスリートが飲むプロテインといえばこのホエイプロテインの事だ。破壊された筋繊維に素早くたんぱく質を供給する必要があるのでトレーニング後にホエイを摂取する人が多い。

 とは言っても、セラヴィスにホエイプロテインの粉なんてない。ジークに頼んでチーズの製作過程で出る上澄み液をもらったのだ。

 

 「これは?」


 「チーズを作る時に出る上澄みです。美容にいいんですよ」


 「へえ、美容に。頂きます」


 美容にいい、とか、飲むだけでいい、とかの文句に女性は弱い。躊躇いもせずにアンジェは乳清を口に含んだ。


 「不味いですけどね」


 アンジェが乳清を完全に口に入れてから俺は言った。

 ぶほっと盛大に乳清を噴き出すアンジェ。そこまでの不味さはないと思うが美味しいと思って飲んだのだろう。想像した味と違うと強く反応してしまう事があるからな。

 たまらずむせるアンジェに俺はタオルを差し出した。

 

 「大丈夫ですか? そこまで不味い事もないと思ったのですが」


 「ごほっ、ごほっ。すいません、甘いものかと思いました。まさか酸っぱいとは」


 これでは本当にいたずらばかりのセイ様だな。お尻ペンペンか、アンジェになら是非お願いしたいところである。


 「まあ美味しいものではありませんね。仕方ありません、お詫びに今度甘いものでもご馳走すると約束しましょう」


 「本当ですか? 約束ですよ!」


 「ええ、約束です。破ったらお尻ペンペンしていいですよ」


 「お尻?私なんかの力で叩いて、鍛えてらっしゃるセイ様の罰になるのでしょうか?」


 「いえ、ご褒美です」


 「え?」


 「え?」


 違う違う。少しも違わないが間違えてしまった。


 「コホン、約束します。必ずご馳走しますよ」


 「はい、楽しみにしてますね」


 ようやく機嫌を直してくれたのか、満面の笑みを見せてくれるアンジェ。

 メイド四天王に流行りの甘いものがないか聞いておこう。


 バーベルからプレートを外し、片付ける。

 プレートラックも作ってもらわないとなあ、まあ今頼んでいるダンベルとかができてからだな。

 

 アンジェはてっきり帰ったのかと思ったら桜の下のベンチに座って俺の片付けの様子をぼんやりと眺めていた。

 俺と目が合いハッとするアンジェ。


 「屋敷から迎えの馬車が来るまで少し時間があるんです。お邪魔ですか?」


 「いえ、構いませんが」


 別に俺は見られても気が散るタイプではないのでいいんだが、見てても退屈なだけだろう。ジークだってすぐどっか行ってしまったし。

 

 さて、ウェイトトレーニングが終わったら空手の型でシメだ。

 うちの空手道場の流派は桜真流という。召喚された日の夜に桜の花を咲かせてしまった時はよっぽど桜に縁があるんだなあとしみじみと思ったのものだ。

 その桜真流、防御を重視した壱の型、攻撃を重視した弐の型、この2つを基本としてさらに桜真流独自の変則的な3つ目の型がある。

 3つ目はかなり特殊なのだ。なのでいつも基本の壱の型と弐の型をやって終わる。今日もその2つをやってトレーニング終了としよう。

 壱の型を始める。

 一つ一つの動作にどんな意味があるのか、考えながら技をしろとじーちゃんはいつも言っていた。

 息を吐く。

 上段を受ける。

 息を吸う。

 下段を払う。

 蹴りあげる。

 一つ一つ丁寧に。

 一つ一つ全力を込めて。

 一つ一つ問いかけながら。

 最後に大きく息を吐いて壱の型を終える。


 「それは舞いでしょうか?」


 弐の型に入る前に呼吸を整える俺にアンジェが聞く。


 「舞い、といえば舞いですかね。型、と言って武術の動作を繋げたものです。見てても退屈なだけだとは思いますが…」


 「いえ、綺麗だと思います」


 アンジェは微笑みながらそう言った。


 「はあ、キレイ、ですか?」


 「はい。綺麗です。とても」


 よくわからんが退屈じゃないならいいか。

 続けた弐の型も、アンジェは桜の下でニコニコしながら終わるまで眺めていた。

 

 

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