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6 王妃の病と呪いの子

 魔法、魔術とは魔力をエネルギーとしてある指定の現象を作為的に引き起こす事である。

 魔力を頭でイメージする事によって変質させるのである。

 魔術を使う場合、起こそうとする現象のそのメカニズム、仕組みを知り、理解する事が重要だとされる。

 その方がよりイメージしやすく、仕組みを知るのと知らないのでは必要な魔力量も威力も大きく違ってくるらしい。

 なので、魔術の授業というと、物理や数学の授業に似ている。

 とりわけ、治癒魔術の授業というと生物、というより人体の仕組みについてのものになる。

 各臓器の役割、呼吸するという事、食べ物の消化など。

 そこまで専門的な事はあまり多くなく、日本人なら大体の人は知っているであろう事ばかりだった。

 突っ込んだ事というと血が止まる仕組みであろうか。

 血小板、という名前こそ出なかったが血液中の成分が集まり固まる事で出血を止めると説明していた。

 だから出血が多いときはこの成分に働きかけるといいとされており、この成分が多い方が早く止血が出来るから増やすべきだ、とも言っていた。

 俺は思わず、 


 「え? そうなの?」


 と声に出してしまった。

 

 「レン様? 何か間違っていましたかしら?」


 俺は立ち上がりイングリド女史に答える。


 「血小板が活発であれば止血は早くなりますが、数が多すぎると血栓の原因になり脳卒中や心筋梗塞などを引き起こします。治癒魔術を受けた後に突然倒れた事例があるのなら注意すべきかと」


 イメージ次第、というのは問題だな。これならかえって余計な知識がないほうがいいかもしれない。燃費などは悪くなるかもしれないが、漠然と「よくなれ~」ぐらいが安心できるかもしれない。


 ん? みんながポカンとした顔でこっちを見ている。あっ…


 「な、なんでもありませんわオホホ」


 慌てて椅子に座り「ごめんなさい、授業を続けておくんなましなっしー」と謎の妖精語が飛び出てしまう。

 目立たないと決めていたのに、さっそくやってしまった。

 ああ、ギャルグループに目をつけられていないだろうか。

 屋上に呼び出され、「おい新入りぃ、焼きそばパン買ってきてやったぜぇ」と無理矢理焼きそばパンを食わされるのだ。考えただけでも恐ろしい。「もう食べれません!」というと「ああ?口の中が油っこいんだろ? ラッシーで流しやがれひゃはははは」と食後のデザートドリンクまで用意されているのだ。ああ恐ろしい。

 

 俺が内心震えている間も授業は進行。

 それ以後は特に指摘するところもなく、午前の授業が終了した。

 昼飯ってどうすんだろ? 待ってればジークが迎えにくるのかな?

 

 「聖女様、よろしければ私共と昼食をとりに食堂へ参りませんか?」


 オルガからのお誘いだった。アンジェリークも隣でにこやかにしている。どうやら同じグループの3人で、という事らしい。

 王家的にはどうなのかな と教室を見回すとイングリド女史と目が合った。女史は無言でこちらに頷いている。

 なるほど。これも盛り込み済みのイベントのようだ。俺は快諾する。

 

 「ええ、よろしくお願いします」


 「本当ですか! 嬉しい!」


 大袈裟に喜ぶオルガ嬢。

 俺を真ん中に置いて3人で食堂へと向かう事になった。

 

 階段を降り、一階の食堂へ到着。

 食堂は全員同じメニューを頂くようで、列に並び食事がのせられたトレーを受け取り、窓際の隅っこのテーブルについた。

 メニューは少し固そうなパンと、豆と肉の煮込みだった。宮殿と比べたら差があるが、これが一般的な食事ならばなかなか良いのではないだろうか。味も量も不満はない。

 道中もそうだったが、食堂内でもやたら他生徒の注目を浴びる。

 まあ、仕方あるまい。

 聖女、という要素を抜いても俺達は目立っていた。

 オルガ嬢もなかなかの美少女だ。

 アンジェもそれに輪をかけて美少女。

 そして変態女装脇毛銀河美少女の俺。

 これだけレベルが高い3人組はそういないだろう。

 それに加えて中央にいるのは異世界からきた伝説の聖衣を纏う伝説の聖女様だからな。

 俺だってこんな3人組を見かけたらルミエールにお願いをする。何をかって? それは言えませんわおほほ。


 「聖女様はどうですか?」


 「南方熊楠です!」


 「え?みな、かた?」


 「てんぎゃんです!」


 考え事をして話を聞いてなかった所に突然質問がきたからテンパって好きな歴史上の人物を答えてしまった。しかもある程度マイナーな人物をあげてしまったじゃないか。

 どうやら先程の授業の理解度の話だったらしい。適当に合わせよう。


 「大変わかりやすい授業でした。イングリド先生は素晴らしい方ですね」


 「あら、聖女様には物足りない様に見えましたわ」


 オルガ嬢の言葉に俺は謙遜をする。


 「いえ、そんな事は……」


 「聖女様は医学の心得がおありで?」


 アンジェが俺に聞く。


 「特に専門的な勉強をしたわけではないのですが…」


 「それだけ異世界では医学が進んでいるのですね。基礎的な教育であのような内容まで学ぶという事でしょう?確かに、止血をする成分が多すぎては正常な血液をも固めてしまいますもの。血栓というのは固まった血が血管の栓をしてしまうという事でしょうか?」


 おお、すごいな。さすが首席。それにグイグイくる。


 「そうです。目に見えない程の塊でも、脳や指先などには見えないぐらい細い血管がたくさんありますから、もし脳の血管に詰まってしまうと重大な事態になりますね。手術で取り除く事も可能ではあると聞きましたが……」


 うーん、レンちゃんの家庭の医学でもセラヴィスでは最先端医学か。俺も専門的な知識などないからな、言葉は慎重に選ぶ必要があるだろう。俺の知識が間違っている事もあるだろうからな。


 「異世界では生きたまま頭の中の血の塊を除く事が出来るというのですか?!」


 うおっ! これに食いついたのはオルガ嬢だ。いきなりガタッとテーブルに手をつき乗り出してきたからびっくりしてしまった。


 しかし、もしルミエールの能力を魔術で再現出来るのだとしたら、光を透過させて様々な手術も可能になるかもしれない。今の治癒魔術では病気に対してだとどれ程の効果があるのだろうか?祝福の光は万病に効くと言っていたが、ひょっとしたらそこまで万能ではないのか?

 

 「は、はい。脳内の異物を取り除く手術はもう当たり前の事かと……。魔術などはないので、刃物で切り開いて、となりますが」

 

 俺の返答を聞いて二人とも愕然とする。

 

 「はぁ……、なんという事でしょう。刃物で?頭を?信じられませんわ」


 「それだけ研究をしてきたという事でしょうオルガ様。脳なんてセラヴィスではまだまだ未知のものですから」


 そりゃあカルチャーショックだろう。未来人から話を聞いているようなものだからな。


 「お二人とも随分ご熱心なのですね」


 「はい、私とオルガ様は宮殿の王妃様の治療を手伝っていまして……」


 アンジェは語りだした。

 アンジェとオルガは養成所始まって以来の秀才らしい。その実力から宮殿で王妃の治療の補佐、という最前線での実習を認められているのだ。

 午前の治癒魔術の授業を受けたら午後は宮殿での実習、というのが彼女らのサイクルらしい。

 王妃の病気、これがどういうものかよくわからないらしい。前例がないのだ。

 2年前に中庭で薔薇の花を見ていた時に倒れ、眠り続けているという。

 体が徐々に青くなり、今では真っ青だという。

 宮廷治癒術士が初期から治療にあたっているらしいが目覚めるどころか肌の色の変化を止める事もできていないらしい。

 二人は王妃の病気を治す事が自らの使命だと感じているようだ。

 アンジェの話が終わるとオルガが俺に懇願してきた。


 「聖女様、もし何か心当たりが有ればどんな事でも構いませんの。どうかお力をお貸しください。王妃様が目覚めればフリオも!」

 

 「フリオ?」


 「あ、その……、なんでもありませんわ。忘れてくださいませ。アンジェ、先に宮殿に行っていますわ。聖女様、また明日、よければお話をお聞かせください。失礼します」


 オルガは軽く頭を下げ食器を片付けると食堂を出ていった。アンジェがフォローする。


 「フリオニール様は騎士過程に在籍されている方です。オルガ様はフリオニール様の事を気にかけていらして。気を悪くなさらないでください聖女様。ただ、オルガ様にとっては聖女様への礼を忘れてしまう程の事だということ、ご容赦ください」


 オルガの非礼を代わりに詫びるアンジェ。


 「礼などは私は気にしませんが…そのフリオニールという方と王妃様はどういう関係なのでしょうか?」


 アンジェは瞳を閉じて首を振った。


 「申し訳ございません。私からは申し上げる事が出来ません」


 「言えない? それは何故ですか?」


 「それも申し上げられません」


 なんだそりゃ?

 聖女に言えない事があるのか?

 宮殿で誰かに聞けばわかるかな。騎士見習いならピエールなら知ってるかもしれない。家名がわかれば聞きやすいな。


 「そのフリオニールさんの姓は?」


 「姓はございません」


 「え? 家名がない? それは何故…かも言えないんでしょうね」


 「申し訳ございません」


 はあ……、訳わかんねえな。分からないことはいくら考えても分からないから考えないのが俺のモットーである。


 「わかりました。この話は終わりにしましょう」


 「ありがとうございます。そうだわ聖女様、異世界では植物の構造なども学ぶのでしょうか?」


 ん?この流れは嫌な予感がするぞ。


 「ええ、大体でしたら私もわかります」


 「では聖女様から見て、植物に治癒魔術は効くと思いますか?」


 うお、これはセイ様は異世界人説再浮上だな。


 「そうですね、効くと思います。人間も植物も同じ生物ですから」

 

 「人間と同じ、でございますか?」


 「はい。私の世界では生物を分ける時、まず動物と植物とに分けます。植物も同じ様に呼吸をし、子孫を残す為に精一杯生きますわ」

 

 光合成もしているが、説明が面倒なので省いておく。


 「精一杯、生きてる……、なるほど。よくわかりました。案外庭師の方に治癒魔術を教えたら植物にも効くかも知れませんね。一度庭師や農家にお話を聞いてみてもいいかも」


 ゴーン ゴーン ゴーン


 午後の準備を促す鐘の音、予鈴のようだ。


 「もうこんな時間! 聖女様、大変勉強になりました。ありがとうございました。午後の行き先はわかりますか?」


 第2魔法実習場の場所を教えてもらい、アンジェと別れた。

 校舎を出てすぐらしい。

 一人でクロームの待つ実習場へと歩く。

 一人、とは言ったがさすがに本当に一人ではない。

 近衛騎士ピエールが遠くない距離で常にストーカーの様に見守っているとの事。

 ピエールの鎧姿はものものしくて学園には似合わないからな。

 俺の学園生活を円滑にするために少し距離をおいているらしい。

 辺りを見渡してもどこにもいないんだが、カウントダウンでもしたらどこからかひょっこりしてくるかな。


 俺は道中、王妃の病気について考える。

 肌の色が青くなるということは銀中毒か?

 しかし、色が変化し始めてから2年ぽっちで真っ青になるものなのか? もっと長い時間がかかる気がするが……。しかも、眠っている間ずっと銀を摂取し続けていることになる。

 銀中毒の症状がどんなだったかうろ覚えだが意識を失うなんてなかったはずだし、銀は関係ないのか?うーむ、セラヴィスにしかない有害物質だったら俺にはわからないしなあ。

 治癒魔術で解毒は出来ないんだろうか?いまいち治癒魔術の効果がわかんないんだよなあ。

 考えを巡らせているとやがて実習場についた。

 騎士校舎と魔術士校舎に挟まれるように実習場と練兵場がある。

 えーと、第2第2……。

 

 「おいフリオニール! さっさと持ってこいよノロマァ!」


 誰かの声に振り返る。練兵場に入っていく集団と、大分遅れて一人の少年。

 少年は両腕に溢れそうな数の模擬剣を抱えていた。

 たどたどしく歩いていたが、抱えていた内の一本がその手からこぼれると雪崩のように崩れ地面に散らばってしまった。

 その様子を練兵場の入り口でニヤニヤと眺める集団。

 なんだ? イジメか? イジメ駄目、絶対なんだぞ。クソ、嫌な思い出が甦る。

 こんな見た目だからな、俺もイジメられていた事がある。

 俺はイジメられている時に差し伸べられる手のありがたさを、優しさを知っている。

 俺も誰かがイジメられていたら力になろうとあの時誓ったのだ。

 

 「大丈夫ですか?」


 俺は膝をついて模擬剣をかき集めている少年に声をかけて、模擬剣を集めるのを手伝う。

 

 「大丈夫です。慣れてますので。僕に関わるとあなたにも迷惑がかかる。放っておいてください」

 

 こちらを見ようともせず、表情を変える事もなく淡々と言う。

 わかる、わかりすぎる。そうやって我慢してしまうんだ。でもそれはいらない我慢なんだ。


 「そうはいきません。私は聖女ですので」


 俺の言葉に少年はバッと顔をあげる。


 「せ、聖女様? 本当に?」


 学園では身分は関係ないと言った。聖女ではなくただの生徒だと。

 あれは嘘だ。

 俺は聖女だ。

 等しく優しく慈悲深くの聖女だ。

 聖女の全部を使ってでも学園からイジメなんてもんは絶対になくしてやる。


 「聖女レンです。遠慮なく頼ってください」


 俺は入り口の集団を一睨みする。集団は聖女の登場にたじろんでいるようだ。

 

 「聖女様にこんな事をさせる訳にはいきません。やめてください」


 俺の抱える模擬剣を奪い取ろうとするが俺は体をよじりこれを拒否する。


 「何事も一人で抱えてはいけません。辛い事があるなら半分お持ちしましょう。ほら、溢れそうだった荷物も分け合えば苦になりませんでしょう?」


 集団を押しのけ練兵場へと入る。傘立てのようなものに数本の模擬剣が入れられていた。そこへ抱えていた模擬剣を入れる。

 集団の一人が俺に声をかける。


 「聖女様。そちらのフリオニールは呪われた子なんです。関わるとうつりますよ」


 うつるもんかよ。

 呪われているのはお前らの性根の方だ。違いない違いない違いない違いない。

 この少年がオルガ嬢が気にかけているというフリオニールなのかな。アンジェが俺に言えなかった理由がその呪いにあるのかもしれない。


 「呪いならば私がはらいましょう。しかし、それと彼一人に雑用を押し付けるのは関係ありません」


 「くっ、忠告はしましたからね!」


 集団は捨て台詞を残して練兵場の奥へと行ってしまった。


 「フリオニールさん、お顔が汚れています。これを」


 フリオニールにハンカチを差し出す。


 「いえ、大丈夫です」


 「返さなくて結構ですので使ってください」


 いらないというフリオニールの手に無理矢理ハンカチを握らせる。

 俺の手とフリオの手が触れる。するとフリオの表情が驚いたものへと変化する。


 「っ!? 貴方は?」


 「どうかなさいましたか?」


 手汗でベトベトだっただろうか?そんな事もないと思うが…。


 「……なんでもありません。ありがとうございました、でももうほっといてください」


 フリオニールも練兵場の奥へと行ってしまった。

 まあ、こういうのは時間をかけて信用を得ないとな。じっくりいこう。


 

 さてと、第2魔法実習場だったな。

 俺は実習場を探し中に入るのだった。



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