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5 転校生は聖女

 恋、とか


 愛、とか


 一体いつからこの世界にあったんだろう。


 中庭にある桜の木。


 季節外れの満開の桜の木。


 その下で想いを告げて結ばれたカップルは永遠に幸せになれるという伝説の木。


 昨日出来た伝説の木。


 そこにね、呼び出してあるんだ。


 憧れのジークハルト先輩を。


 そう、私、告白するの。


 ジークハルト先輩、実は私、って。


 だから、今朝のメイクは超大事。


 お化粧は女の子の鎧なの。


 ノーガードでクロスカウンターもいいけど、デリケートで繊細な乙女だもの、明日のためにも無理はノンノン、禁物なのだっ。


 そうだティファニー、リップの色は桜の花びらとおんなじ、ピンクがいいわ。


 ピンクのリップは甘い魔法なんだよ。


 メイクがバッチリ決まったら次はオシャレ。


 オシャレは女の子の武器なんだから。


 真っ白なニーソックスに、ツインテールの赤いリボンがアクセント。


 セーラー服のリボンを結び直したら準備はオーケー。


 「レン様。ジークハルト殿下が中庭でお待ちです」


 よしっ、気合い十分!

 

 「わかりました。すぐ参ります」


 桜の木の下に佇むジークハルト先輩。


 先輩の涼しげな目が私をとらえると、心臓はもう爆発寸前。


 でも大丈夫。ちゃんと言える。


 「レン! この桜の木は一体?」


 ジークハルト先輩、実は私、



 「やり過ぎちゃった☆てへぺろ☆」


 

 ―******―



 「いや~そうかそうか。レンがあの桜の木をな~」


 ジークは上機嫌だった。朝からすこぶる上機嫌だった。

 桜の木について昨夜の事を説明した後、聖女エリアの食堂でジークと朝食を取ることになった。

 朝食の間ずっとジークはニッコニコである。

 理由は言わずもがな。昨夜俺が意図せずに聖女としての力を発揮してしまったからである。

 俺の魔力についてはクロームから太鼓判を押されていたが、実際に俺が咲かせてしまった桜の木をその目で見てほっとした事だろう。

 国をあげて喚び出した聖女が役に立ちませんでしたでは洒落にならない。

 そりゃあゴキゲンにもなるというものである。

 

 さて、件の桜の木。

 満開となってから一晩経ったが、どうやら花びら一枚も散っていないようなのだ。

 昨夜、治癒魔術を途中で止めてしまったせいかわからないが、まるで時間が止まったように咲いたっきり散ってないらしい。

 いつまで続くかわからないが、もしこれがずっとだとしたら紛れもない伝説である。

 聖女印の500年桜とでも銘打って拝観料でもとろうか。

 "散らない桜"として縁起を担いだ受験生達が殺到する事だろう。


 「召喚されたその日に、一度受けただけの治癒魔術を見よう見まねでやってあれとは…さすが聖女としか言い様がない。なあルミエールよ、これなら女子更を奢る話、考えてもいいかも知れぬな。おい、聞いているのかルミエール?」


 指先でコンコンと光の指環を叩きながらルミエールに話しかけるジーク。

 これをルミエールはガン無視。

 指環から出てくる気配はない。

 父親がどれだけ呼び掛けても部屋から出ようとしない思春期の娘のようである。

 まあ今のジークはうっとうしい、気持ちはわかる。

 ルミエールによると、俺の魔力のせいでルミエールの能力は俺には効かないらしいから、もう女子更の話は諦めているのだが……、ん?


 「ジーク、ちょっとその指環見せてくれない?」


 「光の指環か? ほら」


 ジークは右手の中指から光の指環を外すと、俺に渡してくれた。まじまじと見ないでもその特徴的なデザインはすぐにわかった。


 「これグリムハーツじゃん。チャームデザインリング、だよな」


 グリムハーツ。シルバーアクセサリーと革製品を扱うアメリカのブランドである。

 最初はライダースファッションから始まったグリムハーツだが今はシルバーアクセサリーの方が有名になつた。

 セラヴィスに召喚される前に妹に渡してくれと頼んだ俺のチョーカーもグリムハーツである。

 

 「グリム……? 500年前から王家に伝わるものらしいから、ひょっとしたら前の聖女様のものかもしれないな」


 グリムハーツはゴツいデザインが多い。グリムハーツ好きだなんて前の聖女様はなんとも渋いJK である。


 「うん、俺の世界の物だと思うよ。ほえ~、やっぱりグリムのリングもかっちょええなあ」

 

 チョーカーよりもリングの方が値段が大分高く、悩んだ末に俺はチョーカーを買った。グリムハーツのリングは憧れの品なのだ。


 「悪いがその光の指環と虹の宝剣は王位継承の証なんだ。聖女様といえど譲る訳にはいかない」


 俺がよっぽど欲しそうな顔をしていたのかジークにそう言われてしまった。


 「さすがにくれなんて言えないってば」


 光の指環をジークに返す。ま、女っぽい俺よりジークの方が似合うだろう。まして今の俺はJKスタイルだしな。


 「ツェーゲラ様がお見えになりました。お通ししてもよろしいでしょうか?」


 恭しく礼をしたデボラが告げる。

 ジークがいると四天王は猫をかぶったようにおとなしくなる。

 何故俺にはあんなに気安いのだろうか。


 「おおツェーゲラ! 何をしてる、早く入って来い!」


 デボラを飛び越え大声でツェーゲラを呼ぶジーク。本当に機嫌がいいなコイツ。


 「おはようございます聖女様。殿下」


 「ツェーゲラ! 朝食は済んだか? まだなら一緒にどうだ?」


 ここまで機嫌いいと気持ち悪いな。


 「私は済ませてまいりましたので」


 「そうかそうか。ツェーゲラ、見たか?あの桜の木を!レンがな、見よう見まねでかけた中級の、そう、中級だぞ!中級の治癒魔術であそこまで花開いたのだ!」


 中級言い過ぎだろ。何だろう、幼稚園のお絵描き大会で子どもが金賞をとった事を自慢してくる会社の上司ってこんな感じだろう。実にうざい。


 「私も満開の桜の木には驚きました。植物に治癒魔術など前代未聞ですからな。さすが聖女様でございます。ですが、怖くもありますな」


 うん。俺も怖いよ。適当にやってあれだからね。


 「怖い? 何がだ?」


 「あれほどの治癒魔術を人間にかけて大丈夫でしょうか?」


 「む、むぅ……」


 人にかけたらどうなるか。桜は花が咲いたが人間が耐えきれるのだろうか? アニーにかけたら盛大に鼻血を噴きそうだ。

 制御出来ない強大な力ほど怖いものはない。


 「ならばツェーゲラの頭にかけ…すまん私が悪かった。そんな悲しそうな顔をするな」


 「ジーク、人の頭を笑う奴は髪様に見放されるぞ」


 男は他人の薄毛をからかってはいけない。

 いつ自分も禿げるかわからないからだ。俺なんてこの先ずっとカツラを被っていなければならないのだ、頭皮に良いわけがない。

 だから他人事ではないのだ。

 それに、薄毛は男性ホルモンが影響するという。

 地球でも海外では薄毛は男らしさの象徴なのだ。

 薄毛の男性の方が女性にモテる国もあるらしい。

 じゃああれか? 女性ホルモンが脇毛に影響があるともし仮定するなら、世界のどこかに脇毛がモジャモジャの女性がモテる地域があるという事になる。なんてこった、こいつは大発見だ……。

 

 「悪かった。浮かれすぎていたようだ。反省する。確かに手放しで喜んでもいられないようだな」


 「はい殿下。予定通り本日より学園にて魔法の基礎から学んで頂くのがよろしいかと」


 「うむ。そうだな。レン、今後の予定なんだが…」


 今後の予定は以下の通り。

 半年後に魔神封印の為に南の大陸の各地にいるという精霊の協力を得る旅へ出発する。

 それまでの半年の間、学園に通い魔法について勉強、戦う術を身につけるとの事だった。

 500年前の聖女様は治癒魔術や結界魔術が得意で、その圧倒的な魔力量をベースに途切れる事のないサポートで仲間を支えたという。

 バルコニーで見せた祝福の光も、初代様が得意としていた広範囲治癒魔術であるらしい。

 俺にも治癒魔術から学んで欲しいとの事。 

 また、その間に旅の同行者を決めなければならないらしい。 

 もし目ぼしい者がいれば打ち上げて欲しいと言われた。

 今の所、隣国のルドラムへ国王の護衛として同行している俺の近衛騎士リリーナとアーガルムの筆頭魔術師クロームは確定しているようだ。

 半年しか時間がないのにまだ二人しか決まってないのかとも思ったが、どうやらこの二人、戦力としては他の者達と桁が違うらしい。

 黒の大陸へ乗り込むなら話は別だが、南の大陸を巡るだけならこの二人がいれば危険な事はないとの見解のようで、あとの者は聖女との相性などを考慮して俺にストレスがかからない人選をしていきたいとの事。

 なるほど。ここから半年は準備期間という訳か。

 いくら格闘技をやっていたからといって今すぐ敵と戦えと言われて出来る訳がない、俺としてもありがたい。

 しかし、半年間というのは決して長い時間ではない。頑張らないといけない。


 「クロームが教えられればいいのだがな。彼は治癒魔術が使えないのだ。治癒魔術と結界魔術に関しては治癒術士の候補生と一緒に学んで貰う事になる」


 クロームによると、まず治癒魔術の基礎がしっかり身に付いてから他の系統の魔術を勉強するべき、らしく当面は治癒魔術をきちんと使えるようになるのが目標である。


 治癒術士候補生というと昨夜のアンジェリークとも一緒になるかもしれない。

 桜を満開にさせたのは聖女ではなくセイという王家の客人がやった事になっているから、治癒魔術初心者として学園にいけば問題ないだろう。



 ―******―



 アーガルム王立騎士魔術師養成所、通称ソルミナ学園。

 騎士育成課程、魔術師育成課程に別れており、騎士や魔術師の卵たち、それに貴族の子弟たちが通っている。

 見た目は普通の学校という感じか。

 ソルミナに多いオレンジ色の屋根のついた2階建ての校舎が2つと、騎士用の練兵場や魔術の練習場などがある。


 聖女と王子を乗せた王家の馬車が校門へと到着。

 例によってジークにエスコートされて馬車を降りる、と同時に俺は聖女モードのスイッチを入れた。

 馬車を降りると養成所所長をはじめ、職員総出でお出迎えだ。

 ずらっと一列にならび頭を下げている。

 これが毎日続いたらきついなあ。先に釘を刺しておこう。

 

 「顔をあげてください先生方。今後私にこのような礼をする事は必要ありません」


 「は、いや、しかし」


 先頭の白髭の所長が口ごもる。そんなにびびらなくてもいいじゃないかと思う。


 「本日より私もこちらの生徒です。ただの生徒としてご指導ください。教育の場に身分は邪魔にしかなりません」


 そう言われてもなあ、と思っている事だろう。なんせ王子よりも敬意を払わなくてはいけない相手なのだ。俺はジークに視線を送り助け船を求める。


 「顔をあげよ。聖女様はこういうお方だ。学園内では教師と生徒、それで構わん」

 

 「かしこまりました、そのように致しましょう。ではこちらへ」


 ようやく顔を上げてくれた所長達に案内され、応接室にて簡単な説明と治癒魔術の講師を紹介される。


 午前中は治癒魔術の授業を他の生徒と一緒に受け、午後はクロームによる特別授業を俺一人で受けるとの事。

 午後からはクロームと一対一らしいから聖女モードを解いてもいいかもしれないな。


 「聖女様、イングリド・ロッセルでございます。厳しく指導させて頂きますね」


 治癒魔術講師のイングリド女史。ぽっちゃり、というかふくよかなおばさんである。確かに大地の精霊が似合いそうだ。

 イングリド女史には昨夜の桜の件を説明しておく。

 驚いてはいたが「わかりました、お任せください」と胸をドンと叩いた。

 体の大きい人がやると迫力がある。

 

 説明もそこそこにさっそく教室へと移動する。

 なんせ半年しかないのだ、治癒魔術以外にも覚えなければいけない事は山ほどある。

 治癒魔術ばかりに長い時間もかけていられない。

 ジークとはここで一旦お別れである。

 

 教室の中は長机がポンポンポンと等間隔に並べられており、20人程の生徒が席についていた。それぞれ同じ様にローブなどの魔術師風の格好をしている。当たり前だがセーラー服は俺一人だ。

 がやがやと騒がしかったが、イングリド女史がガラッと引き戸を開けるとピタッと静かになった。実に学校っぽい。

 治癒魔術だからだろうか、生徒は女性の方が多く、七割が女性だった。

 女性のイジメは陰湿だというし、出来るだけ角を立てないように、低姿勢で、なるべく目立たないようにしよう。 好きな歴史上の人物は? と聞かれたら徳川家康と答えるくらい無難な選択をしよう。

 よし、目立たない、俺は絶対に目立たないぞ。


 「えー、本日より聖女レン様が共に治癒魔術を学ぶ事になります。レン様、ご挨拶をお願いします」


 え? いきなり挨拶か。俺は2歩ほど前へ出て挨拶をする。


 「地球からリハウスしてきました。ぶっとび~」


 









 時間を止めてしまった。

 俺も両手の人差し指を顔の右側でピンと立てたまま固まってしまった。


 セラヴィスの人達には地球のギャグは早すぎたようだ。

 コホン、と咳払いをして俺は何事もなかったようにイングリド女史の隣へと戻る。


 「え、えー、本日より聖女レン様が共に治癒魔術を学ぶ事になります。レン様、ご挨拶をお願いします」


 よし、挨拶だな。任せておけ。俺は2歩ほど前に出て挨拶をする。



 イエエエェェェェイ!! 空! 前! 絶後のぉお! ってやんねえよ。


 「レンと申します。聖女という肩書きがありますが、ここでは皆様と同じ生徒です。特別扱いは必要ありません。よろしくお願いします」


 パチパチパチと鳴る拍手の音に、俺は頭を下げた。


 「治癒魔術のクラスではグループ分けをしております。レン様はアンジェリークさんとオルガさんのグループでお願いします」


 よく見ると長机はそれぞれのグループに別れているらしい。

 俺は一番後ろの長机へと促され、席についていた二人が立ち上がる。


 「首席と準首席のお二人です。なにかあればレン様、この二人を頼ってくださいませ」


 期待されているのかそれとも問題視されているのか、いきなり主席グループである。

 通常2年と言われる魔術師課程を半年で終えようというのだ、多少の無茶は仕方ないだろう。

 俺は二人に礼をする。


 「アンジェリークさん、オルガさん、右も左もわからぬ初心者ですがよろしくお願いします」

 

 アンジェリークは勿論、昨夜宮殿の中庭で会ったあのアンジェリークである。ストレートの長い髪が美しい。

 オルガはゆるふわ縦ロールのド派手な髪形とつり目が特徴の、きつそうなお嬢様といった感じだ。


 「オルガ・ジェリコーでございますわ。お会い出来て光栄です聖女様」


 オルガは洗練された優雅な礼をくれた。見た目通り良いとこのお嬢様なのだろう。

 一方アンジェリークはまじまじと俺の顔を見つめている。


 「あの、失礼ですが男性のご兄弟がいらっしゃいますか?」


 まあ、化粧をしているとはいえ、同じ顔だからな。どうやらセイを聖女の兄弟だと思ったようである。なかなか鋭い。

 しかし、兄弟だと思った? 残念! 同一人物でした~とは言えない。どうしたものか。


 「アンジェ? 突然失礼ではなくて?」


 オルガがアンジェリークに注意をする。


 「あ、ごめんなさい。最近知り合った方にとてもよく似た男性がいらっしゃったもので」


 「聖女様の興味を引こうとそんな嘘を! 成り上がりはどこまでもいやらしい事! 大体こんな美しいお顔の男性がいる訳ないでしょう?気持ち悪い!」


 目の前にいますよ、その気持ち悪い男。証拠にほら、脇毛ボー(ry

 オルガ嬢は分りやすい悪役令嬢だな。プライドも高そうだ。


 「アンジェリークさん、私には異世界に残してきた妹が一人いるだけです」


 「あっ、し、失礼しました! アンジェリーク・ディディエです。よろしくお願いします」


 慌てて頭を下げるアンジェリーク。

 挨拶も終え、アンジェとオルガに挟まれる形で席についた。

 両手に花、なのはいいが、なんとも先が思いやられる学園生活のスタートであった。

 





 キーワードに「脇毛」を追加すべきか悩んでいる。

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