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4 アンジェと桜の木の下で

 「聖女様のおなーりぃー!」


 絶叫にも近い兵士の大きな声と共に、バルコニーへと続く大扉がゆっくりと開かれる。

 完全に開ききった後、俺は颯爽とバルコニーへと出た。

 いつの間にか肩の上にはルミエールが乗っていた。モフモフしたい衝動を抑え眼下に広がる民衆の姿を眺める。

 その景色は正に圧巻の一言。

 アーガルムの王都ソルミナ。

 人口はおよそ10万人といわれる大都市である。

 その中心である王城のバルコニー下の広場には、ソルミナ中の人間が集まっているんじゃないかと思うぐらい、ものすごい人数で溢れかえっていた。

 日本一の山で行われる野外音楽フェスとか、そんな感じである。


 「いや~、すげえ人気だねこれ」


 「アーガルムにとって聖女の存在はそれだけ重要なのだ。ほれ、手を振らんか」


 ルミエールに促されて手を振るツインテニーソ聖女様。聖女スマイルも忘れない。


 「聖女様……なんて美しさだ!」

 「あれが伝説の聖衣……綺麗ね~」

 「見ろ! 聖女様の肩に乗っているの、光のルミエール様じゃないか?」

 「本当だっ! 精霊様だ! 初めて見たぜ!」

 「聖女様もルミエール様もなんと神々しいのだ!」


 口々に俺とルミエールを褒め称える声に、滅多に人前に姿を出さないと言っていたルミエールも嬉しそうだ。


 「仕上げといくか。レンよ、腕を広げよ」


 俺がバッと腕を広げると、光の玉が頭上に飛んでいき、閃光と共に弾け、民衆に向かって光が降り注いだ。

 何とも派手なパフォーマンスである。


 「おおっ! これは祝福の光っ」

 「万病に効くという伝説の光か!」


 民衆が大袈裟にありがたがるが、ルミエールは「光自体には何の効果もないがな、民衆の中に潜ませた治癒術士が頑張っておるだけだ」と舌を出して笑った。


 光がおさまると、ジークが俺の隣に立ち、民衆に向かって話し始める。


 「アーガルムの民よ! 聖女召喚の儀は無事成功した!」

 

 うおおおお! と民衆の大歓声。もはや地鳴りである。例えでなく、足元が揺れている。


 「黒の大陸の霧が晴れ、魔神が復活しようとも、何も恐れる事はない! 聖女レン様と精霊ルミエールがこのセラヴィスを、アーガルムを守ってくださるだろう!」


 王子の高らかな宣言に、民衆の地鳴りのような歓声はしばらく止むことが無かった。

 俺は歓声が止むまで笑顔で手を振り続けたのだった。




 ―******―




 夜、俺は宮殿の中庭のベンチに一人腰を下ろしていた。

 あの後、夕食をとって風呂に入り、火照った体を夜風に晒して涼めているところである。

 そうそう、宮殿だから当然なのかもしれないが夕食は非常に豪華だった。いわゆるおフランス料理である。逆に毎日あれが続くときついかもしれない。

 基本的に俺は庶民なのだ。身に余る贅沢はなんともくすぐったい。

 今着ている部屋着も、王族男子が着る伝統的なものらしい。上等な絹らしいが、肌触りが良すぎてこれも落ち着かない。

 そう思うと、やたらと騒がしいチームマリーダのメイド四天王の存在はありがたいのかもしれない。先程も誰が俺のメイクを落とすかで争っていた。結局俺が自分でやってしまったのでメイド四天王はブーブー言っていた。

 なんというか、教室でクラスの女子がやかましくしているのに近い。なんとなくほっとするのである。


 「はあ~、さすがに疲れたな」

 

 長い長い溜め息を吐く。

 とんでもない一日だったな。

 川に流されて死にかけて。

 異世界に召喚されて。

 聖女としてセーラー服を着る羽目になって。

 何故か行き着いたのはツインテールにニーソックスだ。

 改めて考えると訳わかんねえな。

 異世界まで来てツインテニーソってなんでやねん。

 妹があの格好の俺を見たらなんというだろうか。うわ、キモ、だろうが出来れば想像したくないな。


 「あ、あの……」


 人の声がして俺は辺りを見回すが、誰もいない。


 「あの、すいません!」


 声は頭上から聞こえてきた。上を見ると木の上で女の子がおかしな体勢になって枝にしがみついている。その手には白いタオルが握られていた。暗くて顔まではよく見えない。


 「あの、タオルが木に引っ掛かってしまって…取りに登ったはいいんですが降りられなくなってしまって」


 恥ずかしそうに女の子は言った。

 木の根元にはタオルが山盛り入ったバスケットが置いてあった。


 「いつからそこに?」


 俺がベンチに座ってから結構な時間が経っている。もっと早く言ってくれればいいのに。


 「10分ぐらい前でしょうか、王族の方に助けを求めるのもどうかと思い声を掛けられなくて。ただ、もうこの体勢で踏ん張るのも限界で」


 俺の服装は王族男子が着る物だそうだから、俺の事も王族だと思っているようだ。

 女の子は明らかに無理な態勢をしている。あれでよく10分ももったものだ。


 「誰か人を呼んで来ましょう」


 王族ではないが、俺は自分の素性について話せない。聖女だなんて言えるはずもない。

 召喚の時に居合わせた4人とチームマリーダ以外には聖女が男だというのは秘密なのだ。それ以外の人間と男の格好をしている時の俺が関わるのは良くないだろう。無責任かもしれないが誰かに任せよう。そう思い、ベンチを立った。


 「すいません、お願いし……キャッ!」


 俺に声をかけて気が弛んだのだろう、女の子はバランスを崩してしまい木から落ちてしまう。

 たまたま俺の真上だったから、手を伸ばしてお姫様だっこの格好でキャッチした。

 腕に落下の衝撃がかかるが、鍛えている俺の体はびくともしない。

 俺はなんともないが、女の子の方はひどく慌てていた。


 「ご、ごめんなさい! 王族の方にこんな……重いですよね?ごめんなさい」


 「いえ、全然軽いですよ」


 実際軽いのだ。50キロぐらいまでなら苦にならない。


 「嘘、私太りましたもの。王都の食べ物があまりに美味しくて。じゃなくて! いえ、じゃなくてじゃなくて、太ったのは事実なんですけど」

 

 「プッ…クク、アハハハハッ」


 ひどくテンパって一人で言い訳を始めたのが可笑しくて、思わず俺は笑ってしまった。確かにここの飯は美味い。太るのもしょうがない。


 「ハハ……本当に軽いんです。降ろしても大丈夫ですか?」


 「あ、すいません。足が痺れてしまって」


 といってもこのままいつまでもお姫様だっこをしているわけにもいかない。

 俺はゆっくりと女の子をベンチに降ろし座らせた。俺もその隣に腰を下ろす。


 「ありがとうございます、と、すいませんでした。男性にあんな風に抱かれるのは初めてだったので慌ててしまいました」


 窓から漏れる明かりが闇に隠れていた彼女の顔をくっきりと浮かび上がらせる。

 フランス人形のように綺麗な少女だった。

 俺自身がロシア人とのクォーターだが、やはり日本人はヨーロピアン美人に弱いと思う。そのヨーロピアン美少女が恥ずかしさから頬を赤らめて目を潤ませているのだ。

 やばい、超かわいい。

 意識しだしたら俺の方が恥ずかしくなってきてしまった。当然俺だって女の子をお姫様だっこするのなんて始めてである。さっきまでの自分のキザな言動を思い出して悶えそうになる。くっころ。


 「あ、申し遅れました。私、ディディエ子爵家の長女、アンジェリークと申します」


 貴族のご令嬢だそうだ。

 メイドの一人かと思ったがメイド服ではなく、光の洞窟に行った時に俺が着ていたローブのようなものを着ている。

 魔術師、といった感じだ。


 「俺は聖……セイと言います。アーガルムの王族ではありませんが、まあ、アーガルム王族の客人のようなものです」


 咄嗟にセイと名乗ってしまった。多くを語らずに濁していれば、事情があるのかと察してくれて深くは聞いてこないだろう。


 「王家の客人に大変な事を。本当に失礼しました」


 「いえ。で、子爵家のご令嬢が何故メイドのような事を?」


 俺が問うとアンジェリークは答えてくれた。

 アンジェリーク・ディディエ。17歳。

 治癒魔術師見習いだそうだ。

 地方にいたらしいが、治癒魔術の才能を見出だされ王都に半年前やって来た。

 宮廷治癒術士候補、という形で王妃の治療の補佐をしているとの事。

 今日は本来非番だったらしいが急に治癒術士が足らなくなったと呼び出されたそうだ。恐らく、祝福の光要因で駆り出された治癒術士の代わりだろう。

 更に、何故か宮殿内のメイドもバタバタしており、アンジェリークも雑用を手伝わなければならず、風に飛ばされたタオルを取る為に木に登った、という訳のようだ。

 聖女召喚での人不足が原因らしい。それは申し訳ないが俺が謝る訳にもいかない。


 「ああ、聖女様が召喚され宮殿内もバタバタしてますからね。国王様付きの護衛や侍女が帰国すれば次第に落ち着くでしょう」


 「召喚の儀は無事に成功したそうですね! 同僚がお姿を見る為に広間に行ったそうですが、それはそれは美しい方だったそうです。セイ様はご覧になられました?」


 「え? は、はい。拝見しました。聖衣、というのでしょうか?不思議な服を着ておられましたね」


 適当に合わせておく。

 まさか、俺がその噂の聖女本人なんです。証拠にほら、脇毛ボーボーでしょ? とは言えるはずもない。


 「きっと学園にも通われるのでしょうし、お会いするのが楽しみです。っと、痺れも大分とれたので戻りますね。ありがとうございました」


 学園? とは何だろうか。詳しく聞きたかったが、いずれ行く事になるのならジークから説明があるだろう。その時でいい。


 足の痺れも良くなったらしい。というか、治癒魔術を使えば良かったのではないか? 何故使わなかったんだろう?

 

 アンジェリークは立ち上がってバスケットを抱えようとして声をあげた。


 「あ、どうしましょう、枝を折ってしまってました」


 落ちた時に一緒に折れてしまったのだろう、大きめの枝が一本、幹の付け根からポッキリと折れていた。

 俺はそれを拾い上げる。


 「治癒魔術でくっつけますか?」


 なんとなく俺がそう言うと、アンジェリークは首を傾げた。

 

 「植物にヒーリング、ですか? 聞いた事がありませんが…」


 「試しにやってみましょうか」


 俺は折れた部分に枝をあてがって、朝のツェーゲラの言葉を思い出して詠唱する。


 「母なる大地の精霊よ その慈愛なる心で癒しを与えたまえ ハイヒーリング」


 すると、体の内側から何かうねりのようなものが溢れ出してくる。これが魔力だろうか。

 やがてツェーゲラの時と同じように枝を持っている俺の右手が光りだして熱をおびる。

 木に力を吸われているような感覚。ん?これどうやって止めるんだ?どんどん体から木に吸い上げられていく。

 右手、というか俺も木も眩しい程に光を放っている。あれ?これヤバいやつか?

 まだ吸われている感覚があるが怖くなって途中で手を放した。すると木は閃光を放ち、一瞬の後、信じられない光景が広がっていた。

 枝がくっつくどころか、葉が少しついていただけだった枝に所狭しとピンクの花が咲き誇っていた。

 木は桜の木だったようだ。満開である。満開の桜の花だ。


 なんじゃこりゃあああ!?

 と叫びだしたかったが隣でアンジェリークがへなへなと尻餅をつき、文字どおり開いた口がふさがらないようだった。その表情から読み取れるのは驚愕のみである。そんなアンジェリークを見て俺は冷静さを取り戻す。

 

 「え……?中……級? 嘘、だって、こんな」


 いや驚きすぎだろ。


 やり過ぎちゃった☆てへぺろ☆


 とかでごまかそうとしたがそんなレベルの話ではなさそうだ。

 というか、才能を見込まれた治癒術士でさえ腰を抜かしかけるような事を俺がやってしまった、という事か。


 どうしたものかと悩んでいるとドタドタと足音が聞こえてきた。近衛騎士ピエールである。


 「今の異常な光は一体?ディディエ家の長女殿、と聖……」


 聖女、と言い終わる前に俺は唇に人差し指をあててシーッのジェスチャーでピエールの言葉を止める。ピエールとアンジェリークは宮殿で働く者同士、面識があるようだ。


 「え? うわっ! 何故桜の花が?」


 桜の満開に気付き驚くピエールに近づき、耳打ちで経緯を説明する。

 ピエールは無言で頷き、親指を立てて見せるとわざとらしい演技を始めた。


 「全く! セイ様ったらまたこんないたずらをして、しょうがありませんな! 後でお尻ペンペンですよ! お尻ペンペン!」


 いや、どんないたずらやねん。


 「へ? いたずら? これが?」


 そりゃアンジェリークも理解できへんわ。

 ピエールの中でどんなストーリーが出来上がったのかとても気になるところである。


 「アンジェリーク殿、御苦労様です。後は侍女にやらせます。もう夜も遅い、兵士に屋敷まで送らせましょう。ささ、アンジェリーク殿」


 強引にピエールはアンジェリークの腕をひいて連れていってくれた。


 咲き乱れる桜の花を前にジークになんと言おうか少し悩んだが、フア~と大きな欠伸をした後、ま、明日考えればいいかと部屋に戻った。眠気には勝てない。


 部屋に戻るとジルベルトが「レン×ピエ、いえ、ピエ×レンもありだわ」とかアホな事をほざいていたのでその腐った頭にチョップして寝た。



 「聖女様のおいなりぃー!」


 と間違えて打ってしまって自分でクソ笑った

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