3 初めてのメイク
聖衣。
クロスと読んではいけない。そのまま、せいい、でいい。
聖なる衣というよりは、聖女が実際に着ていた衣、と言った方が正しいだろう。
聖女が召喚された時に着ていた衣服に精霊達が加護を与えたという。
ルミエールによると聖女の力を更に高めるものらしい。
しばらく歩き、隠された道の一番奥まで来たが何も無くまた行き止まりだった。
「しばし待っておれ」
ルミエールがジークの肩から跳び、なにやらぶつぶつ呪文のようなものを唱え出した。
すると何もないところから段々と何かの輪郭が浮かんでくる。
うおお、これは光学迷彩!
光学迷彩、詳しい理屈は知らないが物を透明になった様に見えなくする未来の技術である。
ルミエールは光を操り聖衣を隠していたようだ。
なんという事だ……。
ルミエールがいれば透明人間にもなれるということである。
つまり、つまりだ。ルミエールのご機嫌をとれば女子更を奢ってもらえるのではないか…?
女子更、女子更衣室を。
「すげえッス! 物を透明に出来るなんてさすがルミエール先輩! マジパねえッス!」
俺は必殺技の一つ、高速揉み手を発動。全力でヨイショする。
「む? そうかそうか。ワシの偉大さがようやくわかったようだな。そうだ、ワシは凄いのだ」
誉められて満更でもない様子のルミエール。もう一押しだ。
「最高ッス! 超かっこいいッス! 今度女子更奢ってくださいよ!」
「む? かっこいいか、悪い気はせぬぞ。いいだろう、女子更とやらが何かわからぬが……」
「おい」
ルミエールが了承しかけるがジークの底冷えするような声が遮った。
「覗きはアーガルムでも犯罪だ」
ジークの冷たい視線が俺を貫く。
「ですよね! いやあ冗談っすよ冗談! もう、ジーク委員長ってば冗談が通じないんだから!」
俺は「いやだなあ~もう」とジークの肩をバンバンと叩いた。
「覗き? なるほど、そういう事か。ワシの力をそんな事に使おうとするとはさすが異世界人だ。だが、ワシでも貴様の姿を隠す事は出来ん。そのふざけた魔力でかき消されてしまうからな。だからワシら精霊は聖女の衣に加護を与えたのだ」
夢は潰えた。いや、待てよ、段ボール箱にルミエールの力を使ってもらってそれを被れば俺でも伝説の傭兵に……。
「まったく……、レンの顔ならルミエールの力を借りなくても、メイド服を着て掃除婦の振りでもすればどこへでも入りこめるだろうに」
こいつ天才か。
しかし、こっそりでなければ価値がないのだ。堂々とする覗きになんの意味があるというのか。
透明になってこそこそしながら堂々とがっぷりよっつ。これが理想である。
おっとこれ以上はいけない。私は聖女ですの、あまり下衆な事は怒られますのよおほほ。
「ほれ、出てきたぞ」
くだらない事を考えている間にルミエールの作業終了のお知らせ。
遂に聖衣がその姿を現した。
聖衣はトルソーに掛けられていた。
色は黒。リボンは赤。スカート丈は意外と短い。
セーラー服(冬)だった。
俺は膝から崩れ落ちた。
これを着なければならないのか。
100キロのバーベルを担いでスクワットが出来るこのカッチカチの生足を晒せと。
どこの誰かわからないがたいそう美しいといわれた女子高生の使用済みを着ろと。
膝よりはるか上の丈のスカートを履いて人前に出ろと。
神はそう言うのか。
最高じゃねえか。
「レン。どう見ても女性用だ、抵抗があるのもわかる。しかし精霊の加護を受けた由緒正しき装備だ。どうか我慢してくれ」
「しょうがねえなあ、我慢してやるよ。俺は聖女だからな」
俺は立ち上がり渋々といった感じで聖衣の下へと歩いて行く。
「500年ここに置いてあったんだよね?カビとか虫食いとか大丈夫なの?」
「無論だ。ワシは光の精霊、太陽の使いだぞ。異世界人ならば紫外線と言えば通じるだろう。殺菌、消臭は完璧だ。この洞窟内全てな」
俺は聖衣へと手を伸ばしたがルミエールの返事に手を止める。
「消……臭?」
「うむ。だから安心して使うがいい」
匂いが無くなってたら意味がないじゃないか!
危ない、声に出てしまうところだった。
これ以上の変態的な言動は避けるべきだ。さすがに洞窟に入ってから飛ばしすぎだ。ジークがジト目の魔眼に目覚めてしまう。
大体ジークと出会ってからまだ数時間しか経っていないのだ。自重しろ俺。私は聖女。
美人女子高生の匂いは惜しいが諦めよう。
プリティスクールガールズスメルは諦めよう。
例え前の聖女様が召喚されたのが部活帰りで、スポーツで流した健康的な汗がたっぷりと染み込んだセーラー服だとしても、あき…
「匂いが無くなってたら意味がないじゃないか!」
俺の魂の叫びが洞窟内にこだましたのだった。合掌。
―******―
無事に聖衣を回収した俺達は洞窟をあとにした。
洞窟の外は空気が悪いと言って、ルミエールはジークの指に嵌められた、王家に伝わるという光の指環の中に入っていってしまった。
もともと精霊は滅多に人の前に姿を現すものでもないらしい。
必要な時には出てくるから心配ないそうだ。モフモフしたかったがしょうがない。
聖女に割り振られた部屋にトルソーごと聖衣を運んだ後、この後の予定をジークに確認する。
「あとは夕方からの国民への聖女様のお披露目で今日の予定は終わりだ。国民に聖女召喚の儀が無事に終わった事を発表せねばならんからな。美しい聖女の登場に国中が盛り上がるだろう」
「おお……、最後に大仕事が残ってるな」
「といっても城のバルコニーから手を振るぐらいだ。国民一人一人の前に出る訳でもないから、緊張しなくていい。さて、私はツェーゲラと打ち合わせをしてくる。レンはしばらくゆっくりしていてくれ」
そう言ってジークは俺を部屋に残して出ていく。
ゆっくりしろと言われてもなあ。
この部屋は落ち着かないのだ。
まず目に入るのは天蓋付きのベッド。
ソファーにはたくさんのハート型のクッション。
花の刺繍がちりばめられたレースのカーテン。
くまやうさぎのぬいぐるみ。
そして全体的にピンク色に染め上げられている。
これでもかというぐらい女の子女の子した部屋に仕上がっている。
初めて彼女の部屋に上がらせてもらった時のようにムズムズする。
ごめん、彼女いたことないから本当はわからない。見栄はってごめん。
まあ、部屋はちょっとずつ変えていけばいい。いずれグランドキャッスルとかプラクションとか飾れたら最高なんだけどな。
それにしても
「異世界。聖女かあ」
溜め息と一緒にそうこぼした。
多分、魔物みたいなものと戦っていく事になるのだろう。魔族ってやつとも命のやり取りをしなければいけないのかもしれない。
そんな事が俺に出来るだろうか。虫を殺すのも躊躇うくらいだ、自信はない。
しかし、前の聖女はやりとげたのだ。期限付きとはいえ世界に平和をもたらしたのだ。
その期限だって10年20年ではない、500年だ。十分だと思う。
俺は男だし、格闘技経験だってある。弱音なんて吐けない。
「前の聖女、か」
俺はソファーから立ち上がり、トルソーに掛かった聖衣に手を伸ばす。
聖衣は聖女が召喚された時に着ていたというセーラー服だった。つまり、前の聖女は俺とそんなに違わない時代の人間だという事。少なくとも戦後の人間だろう。
聖衣を手に取って見てみる。精霊の加護が与えられているというが、見た感じはいたって普通のセーラー服だ。
ん?背中の裏地に何かが縫い付けてある。
黄色いフェルト生地で作られた向日葵のアップリケだった。
あ、これ、クラスの女子共が言ってたやつじゃないか?
好きな花のアップリケを制服の裏地に縫い付けて、その中に願い事を書いた紙を入れておくとその願い事が叶うっていうおまじないだ。
いかにも女子が好きそうなやつである。
確か、クラスの女子は最近流行りだしたとか言っていた。最近、なのだからここ一年、いや半年ぐらいの話ではないだろうか。
だとすると、俺が召喚された時とそう変わらない年代から前の聖女様は召喚されたという事になる。
ルミエールも異世界人ならUVとかの知識を知ってるのが当然と思っているようだったし、その可能性は高いのではないだろうか。
ちょっとデフォルメされた可愛らしい向日葵のアップリケ。
この中に願い事を書いた紙が入っているのだろうか。
その願い事は叶ったのだろうか、叶っているといいなと思った。
コンコン
ノックの音。俺は聖衣をトルソーに戻し、ソファーに腰を下ろした。
「聖女様。マリーダでございます。聖女様のお世話をさせて頂く侍女を紹介させて頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
「あー、はい。どうぞ」
「失礼します」
開いた扉からぞろぞろとメイド服の女性が入って来る。
ツェーゲラとマリーダのお眼鏡にかなった侍女達。宮殿の侍女の中でもエリート達ではないだろうか。
「こちらより、デボラでございます」
マリーダが隣の女性から順番に紹介していく。
デボラが頭を下げる。マリーダを除けば一番の年長者だろうか。と言っても皆20代前半から半ばといったところだ。
すらっとした長身のキリッとしたデボラ。
垂れ目で眠そうな顔のティファニー。
ショートカットでボーイッシュなジルベルト。
三つ編みおさげにそばかすがチャーミングなアニー。
そして宮殿内のメイドを取り仕切っているアラフォー侍女長のマリーダ。
以上の5名が聖女の為に今回組まれた"チームマリーダ"である。
「ではレン様、私は一旦ジークハルト殿下の下に行かなければならないので、こちらの4名になんなりとお申し付けください。デボラ、私が不在の場合は貴女がまとめ役となりなさい、くれぐれもレン様に失礼のないように。頼みましたよ」
マリーダは「では失礼致します」と部屋を出ていった。
なんなりとお申し付けください、と言われてもなあ。数時間前まで一般庶民だった俺である。
妹にリモコン取って、とも命令出来なかった俺である。
まあ妹は俺にリモコン取って、プリン買って来て、チョーカーちょうだい、視界から消えて、などと色々申し付けてきたが。あれ?俺舐められてた?いや、気のせいだ、そういう事にしておこう。
只でさえ落ち着かないこの部屋が更に落ち着かなくなってしまった。
「あの、レン様、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」
おそるおそるといった感じで手をあげたのはボーイッシュなジルベルトだ。
「えーと、ジルベルトさんだっけ。何かな?」
「あの、その、レン様が男の子というのは本当でしょうか?」
「あー、うん、男だよ。ごめんね、こんな聖女で」
「いえ、最高です!」
「嘘? こんな可愛い男の子なんているの?」
「尊い!尊いわ!」
ジルベルトの声を皮切りにキャーキャーと騒ぎ出すチームマリーダの面々。あれ?この人達エリートなんだよな……?
「最初、聖女様付きの侍女に決まったと言われた時、あまり気が乗りませんでした。光栄な事ではありますが息が詰まりそうだなあって。でもよくよく聞いてみると聖女様が実は男の子だというじゃありませんか!もう4人でハイタッチしちゃいましたよ! イェーイ! って!」
興奮気味に話すのはデボラ。
「私なんて鼻血が」
そう言って鼻を抑えたのはアニー。
「むふー。むふー。むふー」
鼻息が荒いのはティファニー。
「ジークハルト殿下と並んでいらしたらいけない妄想をしてしまいますわ!」
腐りかけのジルベルト。
とんだ四天王である。
マトモな奴がいねえ。
「あら、あれが聖衣ですね? 見てみんな! この服も超可愛い!」
侍女達はトルソーの周りに群がった。
「俄然ヤル気が出てきたわ、レン様!」
「は、はいっ!」
もう、なんか怖い。勢いにのまれ返事もまともに出来ない。
「時間がありませんわ! さ、こちらへ」
ドレッサーへと促され、大きな鏡の前に座る。
「じ、時間? お披露目は夕方だよね?」
「もう5時間しかありませんわ!」
「完璧な聖女様をお披露目させるには足らないくらいですわ」
「ティファニーはこれでも王妃様のメイクを担当していたんです。お任せください!」
「むふー」
鼻息で返事をするティファニー。
病で床に臥しているという王妃の侍女だったらしい。元王妃付きという事は仕事に関してはやはりエリートなのだろう。
「では失礼しますね」
四方から手が伸びてきて俺の着ていた服を脱がそうとする。
「ちょっと! 着替えぐらいは自分でやれるよ!」
これでも思春期真っ盛りである。さすがに恥ずかしい。
「大丈夫。下着まで脱がしたりしませんから。あら? 足の毛は余計ですわ。アニー、脱毛クリームを持って来て」
「イエッサーデボラ!」
デボラの指示にアニーは部屋を出ていく。マリーダの言う通り、デボラはリーダーとしてまとめる力があるみたいだ。じゃなくて、脱毛?
「脱毛? そこまでする?」
「当然ですわレン様。見たところそちらの聖衣、結構丈が短いようです。見える部分は全て脱毛します」
もう、されるがままである。ティファニーが俺の睫毛にビューラーをかける。同時に鼻息もかける。
そしてアニーがクリームを持って戻ってきた。腕、腿、脛と塗られていく。
そして俺は考えるのをやめた。もうどーにでもなーれ。
―******―
「むふー。レン様、終わりましたわ」
メイクが終わったようだ。俺は閉じていた目を開けて鏡を見る。え? 嘘?
「これが……あたい?」
化粧を舐めていた。そんなに変わらねえだろうと。しかし、これはすごい。俺の口調すらも変えてしまった。
「キャー! 完璧ですわレン様!」
「さすがティファニー! いい仕事しますわぁ!」
「あ、鼻血が」
いつの間にか背後にたくさんのカツラが並べられていた。その中からひとつ、ストレートのロングヘアーのカツラを被せられた。
デボラが腕を組んで首を傾げる。このカツラが納得いかないようだ。
「うーん……いまいちしっくり来ませんわね。普通の髪型では美しすぎるお顔に負けてしまいますわ。そうだ、レン様! 異世界ではどんな髪型が流行ってますの?」
流行りの髪型……うーん。
「ツインテール、とか?」
俺はストレートの長い髪を手で持ち上げツインテールを作る。
「異世界人天才か! それにしましょう! 決定ですわ!」
デボラの言葉を受けてティファニーが赤いリボンで髪を縛り、ツインテールにする。
「あとは………そうですねえ、そのおみ足は隠したほうがいいですわね」
カッチカチの鍛えられた足。セーラー服の下から覗くゴツイ足は確かに不似合いである。
そこで俺は真っ白のニーソックスを提案した。ツインテールの時と同じく、秒で採用が決定される。
こうして、セーラー服にツインテール、ニーソックスの聖女がセラヴィスに爆誕したのである。
大事な事だからもう一度言おうか。
セーラー服にツインテール、そして白のニーソックスという属性てんこ盛りの聖女が異世界セラヴィスに降臨した。
なんでやねん。