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1 流されたら異世界

 昨日の大雨で濡れた川沿いの道を一人でランニングしていた。

 水を吸った芝がスニーカーを捕まえて足を重くする。

 

 じいちゃんの空手道場に無理矢理通わされるようになってからの朝の日課である。

 走り込んで体力をつけなければ、実の孫だろうが容赦なく厳しい修行にはついていけなかったからだ。

 おかげで風邪もひかない丈夫な身体になったし、腕っぷしも舐められない程度には強くなったので今ではじいちゃんには感謝している。


 ふと、路上駐車の車の横を通りすぎる時、窓ガラスに映った自分の顔が目に入る。

 そこには紛れもない美少女が映っていた。

 長く毛束の多い睫毛のついたくりっとした瞳、高さはあるが主張し過ぎない鼻、瑞々しい桜色の唇、とパーツ一つ一つを見てが芸術的とでも言えるかのような完璧なバランスで整っている。

 自分で言うのもなんだが、やはり美少女だなあとしみじみ思う。


 だが男だ。


 そう、俺、藤沢恋は正真正銘、男子高校生なのである。

 いわゆる男の娘ってやつだ。

 とは言っても、俺に女装趣味はないし、別に男が好きなわけでもなく、普通に恋愛対象は同世代の女子だ。

 普通におっぱいが好きだ。

 特に肩掛け鞄の紐で分断されたきょにゅ…ゴホン、これ以上はやめておこう。

 とにかく、見た目は女! 中身は男! その名も名探偵フジサワレン! それが俺である。

 いや、流れで言ってしまったが別に探偵ではない、何度も言うが顔以外は普通の男子高校生だ。

 

 じーちゃんはちいさい岩みたいな見た目をしてるが、ばーちゃんはロシア生まれのロシア人である。

 70歳を越えた今でもそれはそれは綺麗だ、俺と3つ下の妹はしっかりとその血を受け継いだと言える。

 俺によく似た妹はさぞかしモテるだろう、正直羨ましい。

 しかし、男の俺がこんな顔でもトラブルしか呼んで来やしない。

 実際、よく男に声をかけられたりもする。

 そんな俺を心配してか、6年前、突然の事故で両親をなくした俺と妹を引き取ると同時に、じーちゃんは俺に空手を叩き込んだ。

 妹を守るのはもう俺しかいないんだと。

 だから強くなれと。

 俺も周りからからかわれるのにウンザリしていたから、必死で空手に打ち込んだ。

 せめて体が大きくなれば少しでも男っぽくみえるだろうかとバーベルを担いでガチの筋トレにも励んだ。

 だけど、体質なのだろう、引き締まった体にはなったが決して大きくはなってくれなかった。

 身長も中学の時に160手前で止まってしまった。

 県の大会で高校生の部2位になるほど強くはなったが見た目は女のままだ。

 恋、という女っぽい名前のせいもあってか、勘違いした地元のテレビ局が美少女空手家として取材に来た時にはさすがに閉口した。

 でもまあ、空手が自信を与えてくれたのも事実。

 今更やめらるはずもなく、いつか体がムキムキになることを願って今日も鍛練に汗を流すのである。

 

 

 しばらく走っていると、川のすぐそばで遊んでいる小学生が見えてきた。

 低学年だろうか、サッカーボールを蹴りあっていた。

 川は昨日一日降り続いた大雨によって増水し、流れも今まで見た事がないくらい速くなっている。

 小学生(ガキンチョ)達に川から離れるよう注意しようと川へと近づいていく。

 小学生(ガキンチョ)の一人が蹴り損ない、ボールが川に向かっていくのを追いかけて行った。

 嫌な予感がして声をかけながらダッシュをする。


 「おい! ガキンチョ止まれ!」


 ガキンチョは俺の声に振り向く事もなく、川に入ってしまったボールを追いかけ、川に足を踏み入れた瞬間、流れに足を掬われてあっという間に体をさらわれてしまった。


 「おい!誰か大人を呼んでこい!一人は離れた所から見張って俺がどこにいるか他の大人に教えてくれ!」


 残されたガキンチョ二人にそう指示し、覚悟を決めて川の中に入って行く。

 想像していたよりもずっと流れが速い。必死に手足を掻いてガキンチョに追いつき、その体を抱えた。

 川の中央は深いのだろうが、そこまで行かなければ幸い俺の身長でも足が川底についた。

 が、息つく暇もなく濁流が押し寄せてくる。

 アカン、これアカンやつだ。

 流されないように踏ん張るのがやっとだ。

 ガキンチョを抱えては岸まで辿り着けそうにない。

 かと言ってガキンチョを放り出せるはずもない。


 「大丈夫だからな、すぐ助けが来るから。頑張ろうぜ」


 自分にも言い聞かせるようにガキンチョに声をかける。


 「ごめんなさいおねーちゃん……」


 ガキンチョは泣きじゃくりながらか細い声で俺に謝った。

 本来ならおにーちゃんだと訂正する所だがそんな余裕もない。


 「謝んなくていい。だからもう泣くな。キャンタマついてんだろ?離すんじゃねえぞ、しっかり捕まってろ」


 「うん、わかった。絶対離さない」

 

 ガキンチョは俺に回した手にギュッと力を込めた。

 やがて、堤防を越えてロープのようなものを持った30代ぐらいの男性が助けを呼びに行ったガキンチョに連れられて走って来た。

 体格もガッシリして頼りになりそうなオッサンである。

 正直若いねーちゃんとかが来てオロオロするだけだったらどうしようかと思っていたからガキンチョにグッジョブせざるを得ない。

 オッサンはこっちの無事を確認すると川岸ギリギリに立って俺に声をかける。

 

 「大丈夫か? 縄を投げるから掴んでくれ!」


 「りょーかーい! お願いしまーす!」

 

 右手を挙げて応える俺にオッサンは行くぞ、と言ってから縄を投げる。

 まっすぐ飛んできた縄を掴む。

 ガキンチョの身体に縄を回ししっかりと結んだ。

 後は縄を手繰り寄せて岸まで行くだけだ。だったのだが。


 「おい! 上流!」


 オッサンの叫びに上流を見ると俺の背丈ほどある木が目の前に迫って来た。

 避ける余裕はない、咄嗟にガキンチョの前に出る。


 ガツンッ! と、凄まじい衝撃が俺の背中を襲った。

 流木は俺に直撃した。ガキンチョからも手を離してしまい、身体が流れにさらわれそうになる。

 一瞬身体が浮いたが流される事なく止まった。

 ガキンチョが俺のTシャツの裾を掴んでいた。

 その腕を掴みたいが右肩が痛い、背中が痛い。右手が上げられない。

 

 「ガキンチョ、手ぇ離せ。お前だけなら引っ張ってもらえる。いつまた木とか流れてくるかわかんねえ。早くしろ」

 

 俺はもう、自力ではいけない。

 多分もう踏ん張れない。

 だから、ガキンチョだけでも先に助けなければいけない。


 「離さないっ」

 

 ガキンチョは離そうとしない。

 

 「いいから。俺一人なら自分で岸まで上がれるんだから」


 「絶対離さないって約束した!」

 

 そう言ってガキンチョは俺の身体を引き寄せようとする。

 くそっ、超かっこいいじゃねえか。

 俺が女だったら惚れてたかもな。


 だが男だ。


 そう、俺は男だ。だから俺にもカッコつけさせてくれ。

 なんとか動く左手で着けていたチョーカーの紐を外す。

 初めてのバイト代で買った十字架に薔薇の模様が刻まれたシルバーのペンダントヘッドだ。

 妹が気に入ってしまい、事ある毎にクレクレと言われている物だ。

 それをガキンチョの手首に巻きつける。


 「こいつを俺の妹に渡してくれ。頼んだ」


 返事を待たずに俺のシャツの裾を掴むガキンチョの手をほどくと、俺は濁流に身を委ねた。

 誰かの叫ぶ声が聞こえるがもう俺にはわからない。

 次第に俺は沈んでいく。


 ああ、じーちゃんごめん。妹を、愛を守る事はもう出来ないみたいだ。

 ばーちゃんは泣くだろう、愛はきっと怒るだろう。

 一度でいいから彼女が欲しかったなあ。

 まあ、でも、最後に人助け出来たんだ。上出来という事にしておこう。やがて俺は意識をうしな……


 




 わなかった。



 「げほっ、げほっ!」


 気付くと真っ赤な絨毯に膝と手をつけて咳き込んでいた。

 髪も服も身体もびしょびしょのまま、何処だろう、広間のような場所の中心にいた。 


 「クローム! 成功か?」

 

 俺の五メートル程前で腰に手を当てて立っている金髪の外国人が口を開いた。

 日本語である。

 見た目は若いがきらびやかな立派な格好がサマになっている、まるで映画から出てきたようなイケメンである。


 「間違いないでしょう、魔力の底が見えません。聖女様と思われます」


 金髪イケメンに答えるのは茶髪の中東系の顔をした外国人風の男。

 これまた流暢な日本語である。

 クロームとはこの男の名前だろうか。

 金髪イケメンとは逆に、みすぼらしいというか薄汚い格好をしている。

 特筆すべきはその眼。右目は普通の黒い瞳だが、左眼だけ瞳との境目もなく眼球まるごとただ真っ赤であった。

 服装と相まって不気味な雰囲気を醸し出している。

 金髪は一つ頷くと俺に二歩程近づき手を胸にあて頭を少しだけ下げた。

 貴族風の礼、といった感じだ。

 礼を受けて俺も立ち上がる。

 

 「聖女様、突然の事で驚かれていると思いますが私はアーガルム王国第一王子ジークハルト・エルドレッド・アーガルムと申します」


 王子は名乗った後、顔をあげると俺を見て固まってしまった。

 というか、何だ?どういう事だ?ここは何処だ?聖女?王子?

 さっきまで俺は増水した川を流されていたはずだ。

 その証拠にずぶ濡れのままだし、チョーカーも首からなくなっている。


 「殿下! 殿下!」


 王子が固まっているのを見かねてクロームとは反対側に立っている頭の毛の薄いオッサンが声をかけた。 

 王子はハッとして、ゴホン、と一つ咳払いをすると赤くなった顔をキリッとした表情に戻した。

 そして俺が濡れている事に気づいたのだろう、後ろに控えていた騎士のようなフルフェイスの兜と鎧を着た男に命令をする。


 「ピエール、マリーダをここに! 何か拭く物を! それに風呂の用意だ!」


 「はっ!」


 ピエールという騎士風の男は短く返事をするとドアのない出口を早足で出ていった。

 

 「失礼しました。聖女様、お名前をお聞かせ願えますでしょうか?」


 「レン。フジサワレン」


 反射的に自分の名前を答えてしまう。

 突っ込みたい事は山ほどあるが頭がついてこない。

 

 「レン様……お姿だけでなくお名前も可憐でいらっしゃ…っ!」


 王子は言葉の途中で慌てて顔を背ける。何事かと思ったが自分の身体に目を落として気づいた。

 俺の服装はTシャツに短パン、スニーカーである。

 白いTシャツはヨーロッパのブロック玩具メーカーのロゴが背中に大きく描かれているが前面は無地の真っ白だ。

 それが濡れているのである。つまり、透けているのだ。

 俺の胸の二つのAボタンが。

 とんだラッキースケベである。よかったな王子。おめでとう王子。


 だが男だ。


 「と、とりあえずこれを!」


 王子は自分のマントを外すと俺に差し出した。咄嗟に右手で受け取ろうとする。


 「――っ!」


 右肩に走る激痛。左手で肩を押さえうずくまった。

 王子は俺の背中にそっとマントを被せる。

 何の革だろうか、ものすごく肌触りが良い。さすが王子の身につけているものである。きっとお高いのだろう。

 イケメンで気遣いもできてしかもセレブ、モテる気配のする男だ。


 「怪我をされているのですか? クローム、治癒魔法を」


 魔法? 魔法だって? なんか唱えりゃこの痛みがなくなるってか?痛いの痛いの飛んでけって?


 「ジークハルト王子、申し訳ありませんが私に治癒魔法は使えません。それに召喚の儀で魔力も残っていません」


 クロームは頭を下げる。


 「そうだったな。むぅ、私も魔法は苦手であるし…」


 「殿下、中級でよろしければ」


 「ああ、頼むツェーゲラ」


 髪の薄いオッサン、ツェーゲラが俺の右側に来て膝をつきマントの上から俺の右肩にその右手をそっと置いた。


 「痛むのは右肩でよろしいでしょうか?」


 「右肩と背中が」


 「わかりました、失礼いたします。

 母なる大地の精霊よ その慈愛なる心で癒しを与えたまえ ハイヒーリング!」


 ツェーゲラがそう唱えると彼の右手が輝きだし、俺の身体がぽかぽかと暖かくなる。

 やがて光が収まるとツェーゲラはその手を離した。


 「どうですかな?」


 右腕をぐるんぐるんとまわしてみる。

 お! おお! すげえ! まじで痛くねえ!

 

 「治ってる治ってる! ありがとうオッサン!」


 オッサンは軽く微笑んで頷くと元いた場所に戻っていった。

 

 つまり、あれか。 

 聖女、王子、召喚、魔法、騎士。

 これだけの要素があれば今の状況もわかってくる。

 もしかして俺は聖女として魔法のあるファンタジー異世界に召喚されたってわけか?

 そしてコイツらは見事に俺が出てきて成功したと喜んでいると。

 

 「あのー、聖女って俺の事かな?」


 「はい、聖女様。勝手ながら私共が召喚させて頂きました。」


 「聖女ってあれだよね、世界の危機を救っちゃったりする、女性の事だよね?」


 「はい、魔神の復活という危機がこの世界に迫っております。いずれ魔神封印の旅に出て頂く事となりますが、我等が全力で聖女様をお守り致しますので危険な事はございません。」

 

 魔神を倒して世界を救え。

 

 どんな無茶振りだよ! ただの高校生にそんな大冒険出来るかってーの。

 それとも召喚された事によって俺に聖女の力が生まれたとでも言うのだろうか。

 魔力の底が知れないと言っていたし、俺にも魔法が使えるのかもしれない。

 俺も男だ。ちょっと、いやかなりワクワクしている部分もある。究極魔法とかぶっぱなしてマッドな高笑いとかしてみたい。

 まあ、詳しい事は後で説明があるだろう。

 とりあえずは目の前の間違いを訂正しなければならない。

 

 「あのー、俺、男なんだけど」

 

 「え?」


 俺が男だと告げると王子が素っ頓狂な声をあげた。

 気持ちはわかる、制服姿じゃない俺を初見で男だとわかる人間など今までいなかった。だが俺も嘘をついている訳ではない。

 

 「男? あなたが?」


 「うん。俺が、男。」


 王子はクロームとツェーゲラを交互に見ながら口をパクパクさせている。よほど信じられないようだ。

 俺はマントをとって床にそっと置くとTシャツを一気に脱いだ。


 「聖女様? 突然何を……あ!」


 王子は慌てるが、やがて気づいたらしい。

 俺の鍛え上げた肉体に。

 ガチでトレーニングしている人からしたら大したことないが、これでもベンチプレスのマックスは90キロである。

 細マッチョと言える程度には、バランス良く筋肉がついているこの身体は女には見えないはずだ。

 実は脱いだら凄いのだ。

 更に、もじゃもじゃと言う訳ではないが普通に脇毛なども生えていたりする。

 さすがに女性らしさは感じられないだろう。

 もっとも、女の人でも脇毛が生えてる人はいるかもしれないが。

 睫毛の多さは男性ホルモンが影響すると聞いた事がある。

 女性っぽいイメージの睫毛が男性ホルモンなのだから、男性のイメージのある脇毛はひょっとしたら女性ホルモンが関係しているのかもしれない。

 大和撫子のような女性らしい女性ほど脇毛がもっさもさなのかと考えると胸が高鳴ってきた。

 よし、次の自由研究のテーマは脇毛と女性ホルモンの関係性について調べる事にしよう。


 「本当に男性なのですね……」


 事実を受け入れてくれたらしい王子はがっくりと膝をついて呟いた。


 「あー、うん。なんかごめんね」


 別に俺が悪い訳ではないと思うがあまりにショックを受けた様子を見ると謝らなければいけない気がしてくる。


 「いえ、私が勝手に勘違いしただけですので……しかし、どうしたものか」


 王子は立ち上がり、顎に手を当ててしばらく考えこんでいたがやがて「集合」とクロームとツェーゲラを近くに呼んだ。

 二人は王子の元に駆け寄り、相談を始める。


 「もう一度召喚の儀を行う、という訳にはいかないのだなクローム?」


 「交神の円環も形を崩し始めています。私の魔力が戻っても異界の扉を開く事は出来ないでしょう」


「そして次の交神の円環の発現は500年後、か。仕方あるまい、レン様を聖女としてお迎えする以外に道はないだろう」


 「殿下? 聖女として、でございますか?」


 「そうだ。レン様の資質は問題ないのだろうクローム?」


 「正直、500年前の伝承など半信半疑でしたが、あり得ない程の魔力です。私の魔力など比べ物になりません」


 「ツェーゲラ、稀代の魔術師と名高い魔眼のクロームにここまで言わせるほどなのだ。問題なかろう」

 

 「でしたら! 勇者様として迎えてはいかがでしょうか?」 


 見事に俺を置いてきぼりで話が進んでいる。交神のなんちゃらとか聞いた事のない単語が出てくると話が理解できない。っていうかクロームの赤い眼、魔眼らしい。満月の晩に疼いたりするのだろうか。


 「聖衣はどうする?あれはどう見ても女性用だ。それに王妃が病に臥している今、国民が望んでいるのは英雄の覇気ではない。聖母の慈愛なのだ! なにより伝承の通りでないと各国の信用も得られん!」


 「黒の大陸の霧も薄くなり、交神の円環も発現し、こうして召喚にも成功した、レン様の性別以外予言通りです。確かに、全て予言のままが理想ですが、実際、男性を女性と偽れるはずが…」「へっくし!!」


 俺の豪快なくしゃみがツェーゲラの言葉を遮った。3人の視線が俺へと向く。

 さすがに濡れたままでは寒くなってきた。いそいそと床からマントを拾い上げ羽織る。やっぱりすげーなこのマント。素肌だと更に素晴らしい肌触りである。

 3人があらためて俺をじっと見る。


 「いや、男性だと言う方が無理があるだろう」


 「確かに……身体が見えなければそうですな」


 「私の"眼"でもっても可憐な少女にしか見えませんからね。まあ魔眼にそんな能力ありませんが」


 「化粧などの身嗜みはマリーダ達に任しておけばいいだろう」


 「というか、ノリノリでキャーキャー言いながらドレスアップする侍女達の姿が目に浮かびますな」


 「おや、ツェーゲラ殿も未来視の魔眼持ちでしたか。これは存じませんでした、ははは」


 3人は笑いあった。

 なんだかジョークのようなものまで出てきてすっかり雰囲気が和んでいる。

 すげーや異世界。魔眼ジョークまであるなんて。ってなんだそりゃ。

 ジト目の魔眼を3人にむけていると足音が近づいてきた。先程の騎士の後に、メイド服を着たアラフォーぐらいのなかなか綺麗な女性が広間に入ってくる。手にはバスタオルのような物を持っている。


 「殿下、マリーダ殿をお連れしました」


 騎士が膝をつくが王子は短く「ご苦労」と労うとマリーダと呼ばれた女性に耳打ちを始めた。

 一度マリーダの目が見開かれたがすぐに戻った。恐らく俺が男だと聞いたのだろう。王子が話終えるとマリーダもその場で膝をついた。


 「わかりました。では信用出来る者4名と私の5名でレン様付きの侍女としてお世話させて頂きます」


 「人選はツェーゲラとマリーダに任せる。いいな?」


 「はっ!」


 「よし。ではレン様の性別についてはお付きの侍女以外には他言無用とする。もし他言する者があれば」

 

 王子は腰の剣を抜き刀身を頭上に掲げた。

 その刀身にはそれぞれ違う色の宝石が埋め込まれていて超かっこいい。


 「アーガルム王家に伝わるこの虹の宝剣(プラウドセブン)の錆びとなると思え!」


 たたっきるぞ宣言まで飛び出した。実に期待を裏切らない異世界である。


 「はっ!」


 いつの間にかクロームも膝をついていた。そして王子はさらに宣言する。


 「我がアーガルム王国は本日よりレン様を聖女として迎え入れる!」


 「仰せの通りに!」「へっくし!」


 忠誠の声と、俺の間の抜けたくしゃみの音が広間に響いたのだった。


 

 

 こうして、

 いつもと変わらない朝だと思ったこの日。

 川に流されて死んだと思ったこの日。

 俺は召喚された異世界で、聖女として生きていく事になったのである。

 

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