憂名心霊スポット
いったい何があったのか、目を覚ますとそこは真っ暗な部屋だった。ここはどこだと思考を巡らせていると、あることに気が付いた。
――なぜ俺はここにいる……?
目を覚める以前の記憶がなくなっている。どれだけ悩めど、答えが出てこない。それどころか、だんだんと忘れていく感覚すらある。
…………
やはりどれだけ悩めど答えは出てこない。
何を考えようと、何を思おうと、何も浮かんでこない、自分の名前さえも、覚えていない。
しかし他のしょうもないことは覚えている。この記憶の障害はあり得るのだろうか?
そんなことを考えても仕方ないと、行動してみる。
こんな真っ暗な部屋でいきなり歩いて行動するにはリスクが伴うであろう。だから手を動かしてみた。
まずは右手、しっかり動いている。地面の冷たい感覚が手からも伝わってくる。すると、ある記憶が頭の中に舞い戻ってきた。
『今の季節は冬』
もしかすると、色々なことをしていけば、記憶がだんだんと戻ってくるのであろうか。
次に左手を動かしてみた。が、なぜであろう、地面に触れている感覚がない。
恐る恐る右手で左手を触る。肩から肘、肘から掌……と触っていくと、ゾワリとした感覚が体に押し寄せた。全身の毛穴が開く感覚を覚える。
――手首から先がなかった。
やばい、やばいやばい、パニックを起こしかけ何とか留まる。
なぜ左手首の先から手が続いていないのであろう。こればっかりはさっきの様に思い出せはしなかった。
周りを一通り触り確認した後、ようやく足を伸ばし、立つ。足の裏には冬だからであろう、ひんやりとした感覚がある。
尻をはたこうとすると、右手にねとっとしたものが付いた。
何かと思って右手を鼻に持ってきて、恐る恐る臭いを嗅いでみた。
仄かに香る鉄の臭い……なくなった左手の存在……
状況から考えて左手の出血後だろう。もう何を聞いても怖くない。
気温と共に感情が冷めていくのが分かる。
立ち上がって辺りを動き回っていると、体の平衡感覚が乱れた。
どうやら俺は足元にある何かに躓いて転んだらしい。
躓いたものの正体を知るべく、手を伸ばす。
手に触れた感覚は、固いところもあり柔らかいところもある。
これは、何だろう?
触っただけでは分からなかったので、臭いを嗅いだ。
……鉄の臭いがした。
俺の尻に染みついていたのは、きっとこれから流れたものだろう。鉄の臭いがするということは、これは人の何かだろう。そして、触った感覚では俺の左手などではなく、人の死体だろう。
すると頭の中に記憶が戻ってきた。今度は映像だった。
おい、もうやめとけって……
啓二が俺に弱気な声で話しかけてくる。
俺は周りに注意を利かせながら声を掛けてやった。
心配すんな、それにここまで来たらもう引き返せないぜ
なんで俺までこんな真夜中にこんな森の中……
まあ、こうなっても仕方がない。なんせ今から行くのは有名心霊スポットなのだから。ひと昔の俺なら確実に断っていた。それが今啓二がいるのは啓二が優しいからだろう。
本当に感謝だ。マジで。
すると足場が急になくなった。いいや、開いていた穴に、落ちていった。
いてーな、なんでこんなところに穴が……
少し冗談めかして言った言葉に返答はなかった。
おい啓二―、大丈夫か―?
少し大きめの声で言ったが、やはり返事はなかった。
だんだん心配になってきたので、動き回ってみると、少し小さめの部屋にいるのが分かった。
……後ろから物音がする。
ぅぅぉおおおおおおお!!!!
ッわ!
啓二の声がしたと思えば叫びながら包丁を切りつけてきた。
俺はそれをよけて現状を把握した。
きっと啓二が発狂したのだろう。
問題はここをどう切り抜けるか。
そう考えて静かに考えるポーズをとると、
……?
左手の感覚が、ない……?
血が流れている、ドクドクと、ただ流れている。
闇の中でも見える、包丁の切れ味が悪いせいで飛び出ている青い血管が。
左手が熱い、痛い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い。
これはもうどうすることもできない。恨まれても仕方ない。
――――コイツヲコロシテヤル――――
その後はただ無我夢中でコロした。包丁を奪い取り、幾度となく啓二を刺した。
息絶えるまで、毎日毎日……
何度刺しただろう、もうその数は覚えていない。外に出ても、人ゴロしの罪で捕まる。どっちみちここにいても飢え死ぬ。なら人に殺されるなんてまっぴらだ。
そんなことを考えていると、雪が降ってきた。手先がかじかむ。
もういっそ冬眠という名の永眠をしようじゃないか。そうして永い眠りについた。
全てを、全てを思い出した。
俺は啓二を殺した。そうして俺も死のうとした。
全てを知った途端、絶望した。
全てを諦めてから何時間過ぎただろうか。真っ暗な部屋に太陽の光が差し込んできた。
光が部屋を部分的に照らす。
照らした先にあったのは、すでに茶色くなってしまった包丁。
俺はこれで、啓二を……
絶望が背中を押す。
包丁を手に取る。すると光が今度は啓二の死体を照らした。
ッオロロロォォ……
見るに堪えなかった。真っ赤、というよりも赤黒く全身が染まっていて、穴が幾度となく開いている。臓物が飛び出ていて腸が光に反射して鮮やかなピンクに光っている。
その光景が脳裏に焼き付き、離れてくれない。
俺は手に持っている包丁をゆっくりと頭の裏に持っていく。
人間の視覚を司るのは後頭葉という頭の後ろ側らしい。
俺はそこめがけて包丁を、突き立てた。ザクッという効果音を立てた。
熱湯が流れている感覚がある。不思議と痛みは感じない。突き立てた瞬間、視界がプツンと切れた。
だが、あの光景はまだ消えてくれない。
ぁああああああああああああああ!!
消えろ消えろ消えろ消えろ消えろキエロキエロキエロキエロキエロ!!
とうとうどうかしてしまった。何度も頭の後ろを刺す。ついには頭の後ろでは事足らず、体中何度も刺した。何度も何度も。
なのに死なない、死ねない。
お腹の中がなくなる感じがある。きっと臓器が出たんだろう。
二時間ぐらい刺し続けただろうか、だんだん意識が朦朧となる。
ああ、やっと……
体を壁に預け、体温が下がっていく。
そうして、意識が、途切れた。
『今日のニュースです。昨日未明〇〇山の地面から死体が発見されました。
体には傷が幾度とあり、特に頭の裏の後頭葉辺りの傷が目立っている模様です。
警察は後ろから奇襲をかけたとして、殺人として調査を進めている模様です。
尚、現場に残されていた凶器は血に塗れ、DNA鑑定したところ、死体以外の血も付着していたとのことです』
物騒だなと感じながら俺は学校へ向かった。