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拝啓、人工知能さま  作者: anurito
第三章
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加害者(悪)のジレンマ

 拝啓、人工知能さま。

 善悪の基準を考察し続けていくうちに、結局は、最後はまた、「人間(動物)は自分優先の考え方をしてしまう」と言う部分に戻ってきてしまいました。実際のところ、全ての人間が、自分優先の考え方を控えさえすれば、(人間がもたらす)悪は、大幅に削減できるはずなのです。

 西洋の賢者イエス・キリストは、実にうまいアイディアを提唱いたしました。彼は、自分の信者たちに「自分がしてもらいたい事を他人にもしてあげなさい」(「マタイ伝」7の12)と説いたのです。なるほど。そうやって、自分と他人を対等に扱う限りは、相手に対しても不快な事はしなくなりますので、どちらも被害者にはなりません。こうして、被害者がいなくなると言う事は、理屈的には、辛い思いをする人がいなくなって、悪のない社会になる、と言う事にもなるのです。

 しかし、これとは、まるで正反対の発想に立った人もいない訳はありませんでした。そのような人々は、このように考えたのです。

「俺の方が相手に優しくしてやっても、相手が俺に優しくしてくれなかったら、どうなるんだよ?俺ばっかりが、不快な思いをして、損をするじゃないか!」

 人間が自分優先の考え方をしてしまう生き物である以上、こんな認識に陥ってしまうのも、確かに理解できなくもありません。

 でも、こうしたタイプの認識の人間は、相手のことを信用しないあまりに、ついには、自分から先手を打って、相手に積極的に危害を加えたりもするのです。あるいは、わずかに不快な思いをさせられただけでも、必ず、相手に仕返ししてやらないと、気が済まないものなのです。そして、こうやって、自分が加害者になる事に躍起になり出した時点で、もはや、被害者のいない社会なんて望めなくなってしまうのでした。

 まさに、これらのような、絶対に自分を優先する考え方にと取り憑かれ、日頃から実践しているような人たちこそが、人間的な悪の元凶だったのであります。

 もっとも、こんな生き方をして、常に加害者で居続けているからと言って、彼らが幸せなのだとも言えません。なぜならば、こうやって双方で危害を加えあっている限りは、いつ、自分が一方的な被害者になってしまうのかも分からないからです。それどころか、自分が加害行為をしている以上は、加害行為そのものを否定するような事もできないのです。つまり、加害者になった人間と言うのは、自分が被害者になったとしても、絶対に不平を言ったりはできない立場なのです!

 さあ、困りました。自分が被害者になりたくないから、積極的に加害者になったはずなのに、ちっとも、自分が被害者になると言う不安自体は消えていないのです。しかも、この手の人種ほど、自分以外の人間も、自分と同じ事を考えているだろう、と勘違いしているものです。現実には、世の中は、そんな自分本位のエゴイスティックな人間ばかりでもないと言うのに。

 一度、加害者側の理論に身を染めてしまった人間は、もはや、後戻りはできません。もう、加害者であり続けて、被害者にならない為に、あれこれと悪い形で奮闘し続けるしか、自分が不快な思いをしないで済む道がないのです。こうして、このような人々が、人間的な悪をどんどんと増やしてゆき、さらに悪を全世界へと拡散していく事になるのであります。

 そうした状況の中で、肝心の元凶である加害者たち自身も、相変わらず、自分も被害者になる恐怖に怯え続ける事となるのです。どうやら、結局は、自分も含めて、人間の全員が加害者にならないようにするしか、自分が確実に被害者にならないで済むような方法はないみたいなのでした。

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