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拝啓、人工知能さま  作者: anurito
第三章
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二つの視点

 拝啓、人工知能さま。

 私たちは、これまでの通信たよりで、善悪の基準を、いろいろな切り口から検討してきました。その事によって、本能自体を悪そのものと考えてはいけない事や、規則や法律が必ずしも正しいとは言い切れない事などが分かってきたんじゃないかと思います。

 では、私たちは、一体、何をもっとも正しい善や悪だと考えればいいのでしょうか。

 一つだけハッキリしている前提は、全ての人間(動物)が自分優先の生き方をしたがっていると言う事です。しかし、そのような状態を放置していますと、必ずや、人間同士の衝突やいがみ合いが起こります。こうして、争った結果、一方が退けられると、そちらの負けた側の人間は不幸になってしまうのです。このような闘争を繰り返す事で、やがては、特定の強い人間ばかりが幸せ(快楽)を独り占めにして、他の多数の人間が不幸になってしまうようになるのです。

 こんな世の中(いわゆる、弱肉強食の自然界のような状態)では、大多数の人間が、あまりにも生きていく事自体が辛くて、大変すぎるので、知恵ある人類としては、どうせなら「人間全員が幸せになれる状態」と言うものを模索するようになっていったのです。その過程において、善とか悪などの概念が生まれて、悪を駆逐して、善だけを世界(社会)に満たせば、その社会こそは、絶対に安心して、誰もが幸せに暮らせる場所になるだろう、と言う認識へとたどり着いたのでした。

 つまりは、善悪とは、本来、諸個人によって、その基準が違うものだったのかも知れませんが(だって、どの個人も、自分優先の前提で、善悪の基準を考えているのですから)、それでも、集団生活をする人間たちは、皆が公平に幸せになる為に、互いに譲歩したり、共通する部分などを見つけあったりして、全員が一致するような善悪の基準の制定を目指していったのです。

 この作業を行なうに当たって、とても便利だったのが、「加害者」「被害者」と言う区別の仕方です。これは、人間が引き起こす悪(犯罪)を考える際に使用される用語ですが、簡単に言えば、加害者とは「その悪(犯罪)を行使した人物」、被害者とは「その悪(犯罪)で不幸にされた人物」という事になります。

 困った事に、この二つの立場は、その悪(犯罪)にと抱く認識がまるで違うのです。実質上、正反対なのであります。例えば、加害者が被害者を殴ったとしましょう。その背景がどうであれ、殴った側(加害者)は、相手(被害者)に対して、優位な立場を取れた事になります。それは、加害者にしてみれば、自分が優先された状態なので、実は彼にしてみれば「善」に他ならないのです。一方の被害者は、殴られて苦しくなる訳ですから、この出来事(殴られた事)は「悪」となるのです。

 そう。今日の一般の人間たちは、当たり前のように、加害者のことを悪者だと決めつけていますが、当事者(加害者)にとっては、自分のした悪い行為は、内心では、悪とは感じられていないものなのです。そして、本人が悪い事をしたという本気の自覚がないものだから、加害者になるような人間を事前に止める事もできないし、加害行為(悪)を完全に社会から無くしてしまう事もできないのです。

 この当たり前の事実を、よく分かっていない人間が、意外と多いのではないかと思います。だから、明らかな悪が、まるで指摘されずに、そのまま、社会に溶け込んでいるような、劣悪な環境だって、頻繁に各所で作られてしまい、長い間、放置されていたりもするのです。

 一つの行為が善悪かどうかを見極める際は、本当は、加害者と被害者の両方の視線に立って、考えねばなりません。もし一方(加害者)にとっては、楽しい行為であっても、実は、その行為の犠牲者(被害者)が存在するかも知れないのです。苦しむ被害者がいるのであれば、その行為は悪だとも言えるのです。

 一番良いのは、自分自身を加害者と被害者の双方に当てはめてみて、判定してみる事でしょう。加害者の立場では快(善)に思える行為であっても、被害者になってみたら、耐えがたいほどの苦痛にも感じるかも知れません。だったとしたら、そのような行為は悪なのです。

 具体的には、殺人とか暴力とか盗みだとか詐欺だとかの行為は、加害者側にしてみれば、さまざまな利益があるものなのでしょうが、被害者にしてみれば、普通は、これらは苦しみや不快でしかありません。でしたら、このような行為は、全部、悪なのです。実際に、標準的な規則や法律では、これらの行為は、どれも、きちんと、犯罪に指定されているのです。

 にも関わらず、なおも、加害者側の立場でしか、物事を考えられない人たちがいるようです。彼らは、自分が被害者になった時の状態すら想像しません。だから、明確な悪事でさえ、平気で遂行できるのです。その悪事の件で、自分が責められたとしても、まるで、この悪事は、被害者や第三者の方が悪かったかのような言い方をするのです。

 彼らが、なんで、こんな態度の人間なのかと言うと、結局のところは、本能のせいでもなければ、規則や法律が不完全な為でもなくて、要するに、彼らが「自分優先の考え方しかできない」事に起因しているのであります。

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