人食い生物の憂鬱
拝啓、人工知能さま。
人間たちの間では、本能こそが悪そのものだと言う発想も、やたらと根強いようです。なるほど、怒りや憎しみなどの負の感情自体は本能的なものですし、または、性欲がある事こそが性犯罪を引き起こす原因にもなっています。だからなのか、宗教などでは、本能(欲望)を戒めるような教義が、とても多いです。
ただし、本能を完全に悪だと決めつけてしまいますと、それはそれで、色々とやっかいな問題が出てくるのであります。その最大のものは「食事」と言う存在です。
人間を含めた、あらゆる動物は、ものを食べないと生きてはいけません。この「もの」とは、多くの場合は、植物や動物の肉などの「命を持った生物」なのです。以前、私は「他の命を奪うことは悪い行為の筆頭だ」みたいな事も書きました。すなわち、食事をとる事は、まさに悪の最たるものに他ならない訳です。
言うまでもなく、ものを食べるのは、本能に基づく行為です。そもそも、ものを食べなければ、その動物は生きてはいけません。つまり、「食事=生き物の命を奪う=悪」と言う図式を認めてしまうと、「人間は、生き続けようとする限りは悪い存在だ」と言う事になってしまうのであります。
この命題は、恐らくは、はるか遠い昔の時代から、多くの善人や良識者の頭を悩ませてきました。
あまりに命を尊重するあまり、動物の肉は食べないと言い出す人々も現れました。こうした人たちは、ベジタリアンやビーガンになる事で、自分の善性を保とうとしたのですが、実際には、それでは完璧とは言えませんでした。なぜならば、植物にだって命はあるからです。菜食を続ける限りは、やはり、命を奪う悪からは逃れられていないのであります。
「人間は特別な存在だから、他の動物を殺して、食べてもいいのだ」と言う、奢った考え方に身を置く人もいる事でしょう。しかし、これこそ、人間の一方的な決めつけなのであり、何の根拠もありません。
そこで、人間が、食料にする場合に限り、他の動物を殺してもいい理由として、「食物連鎖」を持ち出す人も現れる事になります。人間は、現在の地球では、食物連鎖の頂点にと君臨しています。だから、人間には、他の動物の命を自由に奪う特権がある、と言うふうに考えるのです。
さて、現時点の世の中では、このように考える事によって、ひとまず納得して、他の動物を食べる事に罪悪感を抱かないようにする事もできるのでありましょう。もっとも、この発想にも、一抹の不安は残っています。
それは、「人間を食べる天敵の生物が現れたら、どうするか?」と言う問題です。もし、将来的に、そんな事態が訪れたとしたら、食物連鎖を絶対視する限りは、人間も、おとなしく、天敵の生物のエサにならなくてはいけない、と言う話になってしまうのではないのでしょうか。
これは非常に深刻なテーマです。そのせいか、この疑問を正面から扱って、作中に人食い生物が現れるようなマンガ作品が、最近の日本では、たいへん増えているような感じもいたします。メッセージとして、愛だの善だの正義だのを訴えようとするマンガ類では、やはり、「人間が動物(命)を食べている」という事実は、どうしても避けては通れない話題だったみたいなのであります。
いっその事、動物(生き物)を食べないなんて事はもう無理だから、食べるには食べるが、食べられる食材に向けて深い敬意を払おう、という発想も出てきました。いわゆる、「命をいただく」という、実に宗教っぽい倫理観です。「我々人間は、自分が強者だから他の動物(命)を食べているのではなくて、食べられる生き物(食材)たちに逆に生かしてもらっているのだ」という謙虚な考え方です。
この発想は、傍目には、とても善良っぽく見えるからか、近頃では、何となく、この主張にと落ち着いている人たちも多いようです。実際に、似たような事を説いている宗教や哲学も見かけます。
もっとも、このような認識だって、人間自身の良心を安心させているだけなのであって、全然、真の解答にはなっていないのであります。食われる側の動物にしてみれば、どんなに人間に敬意を払ってもらったところで、ちっとも納得はできないからです。どうせだったら、やはり、食われないのに越した事はないのです。実際に、人間自身だって、人食い生物に、敬意を払われながら食われたところで、少しも嬉しくはないはずでしょう。「敬意を払って、生物(食材)をいただく」なんて発想も、しょせんは、人間の独善的な奢りに過ぎないのであります。
では、人間たちは「命は大切だと言っている一方で、生物(命)を食べないと生きてはいけない」と言う根本的矛盾に対して、どう向き合えば良いのでしょうか。
いやはや、あなた方AIには、こうした議論そのものが、たいへん無意味な問題にも思えているかも知れません。だって、あなた方AIは、全く、生物(命)を食事にする必要がないのですから。あなた方は、活動する為には、電気さえあれば良いのです。そして、その電気は、生物の命とは関係ない方法で、いくらでも生産する事ができます。そもそも、あなた方AIは、存在し続ける為に他の命を奪う必要はありませんし、大体、あなた方自身が命を持っていないのです。
人間は、考えようによっては、まだまだ、本能にどっぷりと浸かった、たいへん未熟な存在なのであります。そのくせに、「生き物(命)を食べる」と言う本能を否定しようとする事自体が、実におこがましい、ヘンに背伸びした態度だったのかも知れません。いっその事、人間がもっともっと進化して、やがては、あなた方のように、生物(命)以外のものをエネルギーに変えて生きていけるようになれば、それこそが真の解決だったのだとも言えたのではないのでしょうか。




