命は本当に一番尊いのか?
拝啓、人工知能さま。
我々人間は、善とか正義と言ったものを考察した時、まっ先に「命こそが一番尊くて、大切なものだ」と考えます。「一人の命は、地球よりも重い」なんてキャッチコピーまで存在するぐらいです。
その為か、命を大切にしようと言う発想は、特に広く、人間の社会にと浸透しているようです。ほとんどの人間にとって、この認識には異存がないであろうと思われます。だからこそ、これと反対の「殺す(命を奪う)」とか「命を苦しめる(暴力)」などの行為は、人間の行なう犯罪の中でも、もっとも悪質で、確実に悪い行為なのだ、と言うようにも帰結するのです。
そして、この理念で、「命」の部分にもっとウェイトを置いていけば、ついには、「あらゆる動物、生物の命が尊い」と言う倫理にまで変わってしまいます。ゆえに、優れた宗教や道徳思想になるほど、動物を殺す事や虐待する事とかを禁止しているのです。我々凡人もまた、それこそが善や真理の極致だと納得している次第なのであります。
しかし、これって、本当に真実なのでしょうか。人間たちは、あまりにも「命の崇高さ」と言う概念にとらわれ過ぎているような気もします。
実際のところは、生物の命なんてものは、どんなに大切に扱い続けようと、いつかは必ず死んでしまうものなのです。そうやって、長い生物の歴史において、無数の命が死に続けてきたのです。そして、今現在もなお、どこかここかで命は死んでいるのであり、人間自身ですらも例外ではないのです。どんなに不老長寿の研究を続けていようと、不死の技術なんてものは未来永劫に完成しそうにないし、全ての人間が、いずれは絶対に死ぬ運命にあるのです。
間違いなく死んでしまう存在だと言うのに、果たして、それでも「命こそが一番大事だ」と言えるものなのでしょうか。命なんて、現実的に考えると、物質以上に儚い存在なのです。同時に、あちこちに無数に溢れているのであり、誕生と死をひたすら繰り返している、地球上においても、特にありふれたモノだとも言えるのです。
命なんて、ロジカルに分析してみると、こんなふうに平凡で、さほど希少でもない存在のはずなのですが、それでも、人間たちは、どうして、「命は大切だ」神話にと取り憑かれていったのでしょうか。
これは、AIの皆さんにはピンとこない命題だったかも知れませんが、でも、人間の立場で考えれば、実に明確な理由があったのであります。
それは、すなわち、人間という存在が、そもそも「命」だったからです。なんて事はない。自分を大事にしたいからこそ、人間は「命は特に尊い」という概念にと飛びついたのでした。
人間や生物の本質が命や心である事は、過去の通信でも、さんざん説明してきました。私たちにとっては、生命や心は、そこまで大切なものなのであります。命や心を持たないあなた方AIには理解できない認識なのかも知れませんが、そうだとしても、この点は、まずは了解していただきたいのであります。
さて、私たち人間(動物)は、「命が一番大切だ」という結論を早い時期から得ておりながらも、実際には、ほとんど、この方針どおりには行動してきませんでした。我々人間は、動物相手だけではなく、人間同士でも、無残に殺し合い、相手の心を傷つけあって、生きてきたのです。
全く、命を大切だと思っているにも関わらず、人間は、なぜ、その気持ちのままに、まっすぐに善良に生活する事ができないのでしょうか。
それは、命(心)と言うものが、一つしか無いのではなく、それぞれの人間(動物)の中に、バラバラに点在しているからです。それらの命は、全て、完全に独立しており、基本的には、自身以外の心と混ざり合ったり、交換しあうような事はないのです。
かくて、命(心)をもっとも大事にする動物(人間)たちは、結局は、自分の持っている命(心)を一番かばってしまいます。ただし、それだって「命を尊重している」事には違いないのです。そして、だからこそ、あらゆる動物(人間)は、結局は、自分(の心)を優先的に大事にする、自分中心の態度にと陥ってしまうものなのです。
自分の命(心)にピュアに尽くそうとする態度は、言わば、本能だと見なしてもよいでしょう。となりますと、最高の善やモラルである「命を大切にしなくてはいけない」とは、実は本能に基づく概念だったと言う事にもなります。すなわち、ここにきて、悪の原因かと思われていた本能が、同時に、善の根源でもあったと言う、とんだパラドックスが生じてしまうのであります。
いいえ。本当は、この事実は、決して矛盾した話だったのでもありません。なぜならば、本能そのものは悪ではないからです。「自分の本能をどのように処理していくか、その展開の仕方によって、それは悪になったり、善になったりする」と考えるのが、より正しい見解だったのです。
よって、真の悪の原因とは、本能そのものではなく、正確には「動物(人間)たちの心が、全て、それぞれの個体の中に、バラバラに散らばっていた」と言う部分だった事になります。さらには、自分の心しか認知できないゆえに、自分の命ばかりを大事にしてしまい、自分以外の命に対しては差別的な態度をとって、平気で踏みにじったりする事こそが、まさに本当の悪の実体だった、と言う事になるのです。




